Sheep (2017-2018) by Samak Kosem
Issue 28 Sept. 2020

มานุษยวิทยาของศิลปะและเรื่องเล่าเกี่ยวกับอมนุษย์/เควียร์ในพื้นที่ชายแดนภาคใต้

เมื่อต้นปี 2560 ผู้เขียนเริ่มทำงานด้านชาติพันธุ์วรรณาทัศนา (visual ethnography) เพื่อการศึกษาพื้นที่ชายแดนภาคใต้ในจังหวัดปัตตานีในโครงการเกี่ยวกับการเป็น “เควียร์มุสลิม”  นับตั้งแต่ผู้เขียนเขียนบทความไตร่ตรองสะท้อนคิดในชื่อ “ปอแนใต้ปอเนาะ” (Samak 2017a) เล่าถึงความทรงจำในวัยเด็กเกี่ยวกับความประพฤติแบบรักร่วมเพศในโรงเรียนสอนศาสนาอิสลาม ซึ่งผู้เขียนเองศึกษาศาสนาในโรงเรียนปอเนาะเป็นเวลาหกปี  ประสบการณ์ในช่วงเวลานั้นยังย้อนกลับมาทำให้ผู้เขียนตั้งคำถามเนืองๆ ว่า เรื่องแบบนี้เกิดขึ้นได้อย่างไรในสถานที่ที่ดูเหมือนต่อต้านการรักร่วมเพศอย่างรุนแรง? ในปีเดียวกันนั้นเอง มีการถกเถียงวิวาทะกันอย่างใหญ่โตในหมู่นักวิชาการและนักกิจกรรมทั้งภายในและภายนอกพื้นที่สามจังหวัด “ชายแดนภาคใต้” ของประเทศไทยเกี่ยวกับการนำประเด็นความรักเพศเดียวกันมาอภิปรายอย่างเปิดกว้างต่อสาธารณะ รวมทั้งการทำให้เควียร์และอัตลักษณ์ของเควียร์มีตัวตนในชุมชน (โปรดดู Anticha 2017)  ในตอนนั้น การพูดถึงการเป็นเควียร์ในอิสลามกลายเป็นหัวข้อที่อ่อนไหวมาก  ครั้นแล้วอยู่มาวันหนึ่ง อดีตเพื่อนนักเรียนจากโรงเรียนปอเนาะก็ตั้งคำถามกับผู้เขียนว่า เคยเห็นแกะจรจัดในปัตตานีหรือไม่?  ผู้เขียนนึกฉงนว่าทำไมไม่เคยสังเกตเห็นแกะเหล่านี้ทั้งที่มันดำรงชีวิตอยู่ท่ามกลางพวกเรา  ทันใดนั้น คำถามก็ผุดขึ้นมาในใจอีกครั้ง  ทำไมที่นี่ถึงมีแกะเยอะ แล้วทำไมมันถึงดูสกปรกมอมแมม เดินเร่ร่อนไปทั่วเหมือนหมาจรจัด […]

Sheep (2017-2018) by Samak Kosem
Issue 28 Sept. 2020

南部国境におけるアートと人間以外の存在、あるいはクィアのナラティブの人類学

2017年の初頭に、私は「クィアのムスリム」のあり方に関するプロジェクトで、自分の新たなパッタニでの境界研究として、視覚民族誌(visual ethnography)に取り組むようになった。自分が6年間宗教を学んだイスラーム学校の、子供時代の同性愛者の姿の思い出について、「ポンドック(Pondok/イスラーム寄宿塾)のポンダン(Pondan/トランスジェンダー)」(Samak 2017a)という内省的な記事を書いて以来、これらの経験は、今でも私に疑問を抱かせ続けている。このように反同性愛の気風が極めて濃厚な場所で、このような事態が生じたのはなぜなのだろう? これと同じ年に、タイ「深南部」三県の内外の学者や活動家の間で大きな議論があり、同性愛をどのように公の場での議論とするか、クィアの人々やアイデンティティを、コミュニティの中でどのように可視化するかが論じられた(see Anticha 2017)。当時、イスラーム教徒のクィアの存在を口にする事は極めてデリケートな話題となった。ある日、イスラーム・カレッジ(Islamic college)の私の元学生から、パッタニで迷子の羊を見た事はあるか?と尋ねられた。私はなぜ、これまで一度も、自分たちの間で暮らす羊たちに気が付かなかったのか不思議に感じた。突然、あの疑問が再び生じてきた。なぜ、これほど多くの羊がここにいるのか、迷子の犬のように歩き回る羊が、あれほど汚れて見えたのはなぜなのか? 人間以外の主体 ハラウェイ(Haraway)(1991)を読めば、社会的主体や、日常生活における人間と人間以外の存在のハイブリディティに関する我々の思い込みを揺るがす、人間以外の主体というものが理解できる。タイ深南部のムスリム社会の、社会的、文化的背景を理解するのに、ポストヒューマニズムのオブジェクト志向存在論(object-oriented ontology)の枠組みを利用するという手段がある(Ming 2019)。自分のプロジェクトを練り直し、ムスリム社会のクィアのあり方を調査する上で、我々、人間と同じ環境に暮らす存在として、社会、文化生活を物語る社会的主体の一つである人間以外の主体にも目を向けてみる事にした。 羊たちの様子を3カ月間追った後、彼らが迷子ではなく、モスクの隣の共有の囲いの中で、コミュニティの人々が所有する他の羊や動物たちと共に暮らしている事に気が付いた。GPSを使って羊たちが近所で歩き回った地点に印を付けた。これは人類学者が村人の代表について行き、村の状況を把握するやり方と似ている。私の場合、羊たちは彼らが普段行く場所の全てに私を連れて行った。その中には墓地や、イスラーム教の学校、モスク、市場、商店や軍の検問所などがあった。羊の所有者によると、羊たちは自分たちがどこへ行けて、どこを渡れないのかを知っていると言う。つまり、動物たちには動物たちの場所感覚があり、時には、路傍のタイ人仏教徒やムラユ人(Melayu)ムスリムの居場所を見て、彼らの境界を察知する事もできるのだ。 羊たちは動物であり、人間以外の存在だが、後に、他にも考察するべき人間以外の主体の存在に気が付いた。喫茶店で夜を過ごすうちに、人々がしきりにジン(djinn/元々はアラビア語で、神によって創られた超自然的存在を指す言葉。彼らは人間界とはパラレルな世界に住むが、目には見えない。現地の人々は時々、これをピー“pi”と呼ぶが、これはタイ語で精霊を意味する)の物語を話している事に気が付いたのだ。 ファーマン(Fuhrmann)の “Ghostly Desire” (2016)を読んだ事で、クィアという個性について考えてみる気になり、これをイスラーム教信仰のジンと比較して、目に見えないクィアの人々とジンを比べてみた。鮮やかなほど対照的に、地元の人々が好んで語る話題があれば、他方の話題は全く論じられない。 私が三つ目に注目した人間以外の主体は「波」だ。私は南部の浜辺が地元の人々や、そこで食べ物を売って生活する多くのムスリム女性にとって、一種の「安全地帯」である事に気が付いた。私は浜辺でプラスチックごみを集め、自分の作品の中で「波」を表現した。これらの物体は、私にその場で営まれた暮らしの痕跡を語り聞かせる語り手にもなり、私にとっての波は、ジェンダーと生活の象徴となった。数名の美術学生に付いて、隣のソンクラー県テーパー(Thepha)村を訪ねた際、我々はタイ語とマレー語の両方で、地元の人々が様々な波の種類を表現するのに使う、それぞれの言葉を学び、それがいかに村人たちの暮らしの一部である環境とのかかわり方や、日々の自然とのかかわり方を表しているかを学んだ。だが、これらの村落は、新たな発電所の建設のため、政府から移転を命じられており、多くの人々がデモをしにバンコクへ行った。私はドキュメンタリー映画を作って、この状況と南部の波の持つ意味の両方を、アートという形で記録して伝える事にした。 実践としてのアートと人類学 アートは人類学者が物質文化に取り組むための題材であるだけでなく、変化のための能動的な基盤でもある。その変化とは、アートの概念の変化と、文化的意識に結びつく社会参画的なアートを定義する議論の変化だ(Morphy and Perkins 2006)。私のビデオ作品「羊(Sheep)」(2017-2018)は、ヒエラルキーと宗教的暴力を暗示した作品で、深南部の文化におけるムスリム社会のもう一つの顔を描き、人間がいかに人間以外の存在と人間目線で接しているかを示すとともに、タイ国家の中の深南部の人々と暴力の隠喩にもなっている(Thanavi 2018)。犠牲祭に捧げられない「穢れた羊」の通念を作り上げる事は、国家が深南部の人々の定義を試みる手法と何一つ変わらないのだ(Samak 2017b)。 この「人間以外の存在の民族誌(nonhuman ethnography)」プロジェクト(2017-2020)では、人類学と写真という芸術実践の横断的な作品として、学術研究の知識と方法論を現代アートと組み合わせた「フィールドノート」を作成した。フィールドノートは2018年の第一回バンコク・アート・ビエンナーレ(BAB/ Bangkok Art Biennale)で、学芸員のパトリック・D・フローレス(Patrick D. Flores)と「翻訳不可能性(untranslatability)」を論じた後に展示された。私は元々タイ語で書かれていた自分のノートを、ジャウィ文字を使ってムラユ語に翻訳する事に決めた。この私なりのやり方で、観客との対話を開始させ、ナラティブや知識が、いかに我々の理解にとって負担や限界となるかを示そうとした。また、無知や我々の文化的相違の複雑な感じも出したかった。たとえ同じ国の住民であっても、現地のムラユ語とジャウィ文字は、地域外から来る「普通の」タイ人にとっては、今も乗り越えられない溝なのだ。理解するための唯一の手段は、写真や映像の使用だ。この作品は、何とかしてこの関係の隔たりを伝え、タイ人観客にこれらの暮らしがいかに顧みられてこなかったかを示そうするものだ。 例えば、「波(waves)」プロジェクトでは、波が意味するものについて論じた。波は通常、声を意味するが、それは誰も聞きたがらないような雑音にも、ムラユ人ムスリムの地元の人々の声にもなる。「薄いベール(A Thin Veil)」(2018)は無言のビデオ作品で、人間以外の存在が「波」の環境や社会、文化、人々とのかかわりの物語を語る。このドキュメンタリーの無音の波は、ほとんど顧みられる事の無いマラユ文化の社会生活の波の隠喩である。テーパー村の人々は、国家を相手に石炭火力発電所による沖合の波の汚染を防止しようと闘っている。波が原理主義者をめぐる状況を指す事もある。南部では、人々が「ニュー・ウェーブ」について語れば、イスラーム教原理主義者の話をしているのだ(Willis […]

Issue 28 Sept. 2020

รายการสุดท้ายในบัญชีหางว่าวของการเริ่มต้นผิดพลาด? ความริเริ่มมาราปาตานีเพื่อแก้ปัญหาชายแดนภาคใต้ของประเทศไทย (2558-2562)

ในบทความนี้ ผู้เขียนต้องการเสนอข้อคิดเห็นว่า ถึงแม้มีความแตกต่างในบางแง่มุม แต่การเจรจาสันติภาพระหว่างคณะตัวแทนผู้ก่อความไม่สงบกับรัฐไทยระหว่างปี 2558-2562 มีจุดอ่อนข้อผิดพลาดซ้ำรอยเดิมกับความพยายามผลักดันการเจรจาสันติภาพครั้งผ่านๆ มาในปัญหาสามจังหวัดชายแดนภาคใต้ (2549-2557)  ผู้เขียนต้องการชี้ให้เห็นด้วยว่า ความริเริ่มมาราปาตานีคือครั้งล่าสุดของการเริ่มต้นผิดพลาดซึ่งมีบัญชียาวเหยียดเป็นหางว่าวในการสร้างกระบวนการสันติภาพที่น่าเชื่อถือเพื่อแก้ปัญหาภาคใต้นับตั้งแต่ความขัดแย้งปะทุขึ้นในปี 2547 การรัฐประหารของกองทัพในปี 2557 คือการเปิดฉากยุคสมัยการปกครองแบบอำนาจนิยมครั้งใหม่สำหรับประเทศไทย  ถึงแม้การเลือกตั้งปี 2562 เราจะได้เห็นการเกิดขึ้นของพรรคอนาคตใหม่ ซึ่งกลายเป็นศูนย์กลางใหม่ในการต่อสู้คัดง้างกับอำนาจกองทัพ แต่พรรคก็ถูกยุบไปแล้ว  ภาพโดยรวมนับตั้งแต่ปี 2557 เป็นต้นมา ดูเหมือนประเทศไทยตกอยู่ในวงโคจรของการค้ำจุนอำนาจทหารไว้หรือกระทั่งเพิ่มบทบาทของกองทัพในการบริหารประเทศ  นับตั้งแต่ปี 2557 ระดับความรุนแรงในกลุ่มจังหวัดชายแดนภาคใต้ก็ลดลงอย่างต่อเนื่อง  จำนวนผู้บาดเจ็บล้มตายและเหตุรุนแรงลดลงอย่างต่อเนื่องในทุกปีที่ผ่านไป  นักวิเคราะห์หลายคน ทั้งนักวิชาการที่คร่ำหวอดและนักวิชาการรุ่นใหม่ พยายามอธิบายปรากฏการณ์ที่ความรุนแรงลดลง  กระนั้นก็ตาม โดยรวมแล้วยังไม่มีคำอธิบายที่น่าพอใจหรือสมบูรณ์เนื่องจากเหตุผลหลายประการที่จะลำดับให้เห็นในอีกบทความหนึ่ง  ในปี 2556 ความขัดแย้งในภาคใต้มีผู้บาดเจ็บล้มตาย […]

Issue 28 Sept. 2020

開始時点で失敗した最後の事例?タイ南部のMARAイニシアチブ(2015-2019)

本論で提示する議論は、武装勢力代表とタイ国家の2015年から2019年にかけての和平交渉が、いくつかの点で異なるにせよ、南部各県のそれ以前の和平交渉の試み(2006-2014)と同じ欠点のために難航したというものだ。2004年に紛争が始まって以来、南部の確かな和平プロセスの構築において、MARAイニシアチブが出だしの失敗を伴った最後の事例である事も論じよう。 2014年の軍事クーデターは、タイに独裁的統治という新時代の到来を告げた。 2019年選挙では、新未来党(The Future Forward Party)という、軍部優位に対する新たな反対拠点の台頭も見られたが、その後、同党は活動を禁止されている。概して2014年以降、タイは軍部優位を維持する、あるいは、国家運営における陸軍の役割を拡大させる方向にすら向かっている様子だ。2014年以来、南部各県での暴力事件の発生率は着実に減少しつつあり、死者数や暴力事件数は、年々低下し続けている。古参の学者も若い学者も、アナリストたちは、この減少について幾らか説明を試みているが、概して、納得のいく完璧な説明はまだ出て来ていない。その理由については、また別の文献で概要を述べる。2013年には南部紛争で574名の死者が観測されたが、2019年に同紛争で生じた死者は174名だ。 2015年から2019年にかけて、タイ国家が数多くの会談を行ったMARA(Majlis Syura Patani)は、かつての紛争(1960-1990)のメンバーが高齢化した元武装勢力の連合体で、その会談には現地で活動する武装勢力を統制する効果がほとんど、あるいは全く無い事が広く知られている。現地で活動する武装勢力は(現)パッタニ・マレー民族革命戦線(BRN/Barisan Revolusi Nasional)によって召集され、洗脳され、訓練された者達である。BRNは急進的な分離独立主義組織で、2000年代初期から残忍な暴力的作戦を実行している。 現BRNは事実上、ヤラー旧市場地区の組織として、1990年代半ばに始まった。 結局、MARAは数々の失敗したイニシアチブの最新事例となった。この失敗事例の第一番はランカウイ会談だ。2005年後半から2006年初頭にかけ、タイ官僚と以前の紛争の武装勢力のメンバーとの会談が、マレーシアの物議を醸すマハティール・モハマド首相によって召集され、ランカウイ島で開かれた。以前の紛争の武装勢力が出した提案は無難なものだったが、当時のタクシン政権は反政府街頭デモに気を取られ、これに取り合わなかった。タクシンを失脚させた2006年クーデターの3日前、武装勢力はハジャイ(Hat Yai)にある多数のデパートを爆破して、和平イニシアチブに対する反意を表明したが、これは同じ日に和平集会が予定されていた場所だった。 2008年にはインドネシアのボゴールで、ソムチャーイ政権の代表と、様々な武装勢力グループの代表の間で秘密裏の会談が開かれた。だが、この会談は間もなくタイ軍部の有力者による激しい批判を受け、断念された。2010年には、イスラム協力機構(OIC/the Organisation for Islamic Cooperation)が南部のムスリムに自分たち自身の政治運動を組織するよう提案し、分離独立派とタイ国家との会談を設ける手助けを申し出た。この提案を批判し、拒否したのは、アピシット政権とタイ軍で、彼らはタイの政治と保安の両機構が内政問題と見なす事柄に、部外者が関与する事を一切許さなかったのだ。 ヨーロッパのNGOの調停により、2006年から2011年にかけて、国家安全保障会議(NSC/the National Security Council)と武装勢力との間で断続的な会談が行われた。これらは「ジュネーブ・プロセス(‘Geneva process’)」と呼ばれるもので、会談はタイ貢献党(Pheu Thai)政権が権力を握る2011年まで続いた。結局、これらの会談には成果がない事が判明した。武装勢力代表団のスポークスマンで、現地戦闘員の70%以上を指揮すると豪語したカストゥリ・マフコタ(Kasturi Mahkota)は、2010年の夏にナラティワートの3地区の停戦合意を取りつけた。この停戦合意の発表後も攻撃は続き、間もなく、カストゥリが自身の影響力の度合いを完全に誇張していた事が明らかとなった。 同様の「停戦」は、2008年7月にも軍部から発表されている。 2013年2月、クアラルンプールで「和平対話プロセスに関する合意書(General Consensus on Peace Dialogue Process)」が、BRN下級メンバーのハサン・タイブ(Hassan Taib)とタイ国軍代表のパラドン・パッタナターブット(Paradorn Pattanatabut)中将によって署名された。これに続く半年間には、クアラルンプールで数多くの会合が開かれた。このクアラルンプール会談は、以前のイニシアチブとは幾らか異なり、タイ首相の支持の下、公共の場で開催されたし、BRNもこのプロセスの期間中は絶えずYouTubeを通じて、数々の公式声明を発表していた。これらの会談は、2013年のラマダーン中に両者の間で停戦の試みが失敗した後に決裂した。 […]

Civil Society Southern Thailand
Issue 28 Sept. 2020

Masyarakat Sipil di Thailand Selatan dan Negara yang Lemah

Idealnya, peran pemerintah adalah menjamin kebahagiaan dan kesejahteraan bagi warga negara; membuat aturan untuk melindungi warga dari konflik serta memastikan penegakan hukum dan tata tertib. Jika tidak, konflik kekerasan antara pemerintah dan warga negara dapat […]

Civil Society Southern Thailand
Issue 28 Sept. 2020

ภาคประชาสังคมในสามจังหวัดชายแดนภาคใต้ของประเทศไทยกับรัฐอ่อนแอ

ในอุดมคตินั้น บทบาทของรัฐบาลควรอำนวยความสุขและสวัสดิภาพแก่พลเมือง  วางกฎกติกาเพื่อคุ้มครองพลเมืองจากความขัดแย้ง รวมทั้งบังคับใช้กฎหมายและสร้างความเป็นระเบียบเรียบร้อย  มิฉะนั้นแล้ว ความขัดแย้งอย่างรุนแรงระหว่างรัฐบาลกับพลเมืองอาจเกิดขึ้น  ในทางทฤษฎีนั้น ภาคประชาสังคมอยู่นอกภาครัฐ  แต่การมีธรรมาภิบาลที่ดียากจะแยกขาดจากภาคประชาสังคม  กระนั้นก็ตาม รัฐที่อ่อนแอคือผลที่ตามมาเมื่อรัฐบาลไม่สามารถจัดการความรุนแรงภายในประเทศและเมื่อรัฐไม่สามารถกระจายจัดสรรผลดีทางการเมืองแก่พลเมืองของตนอย่างถ้วนหน้า  นี่คือกรณีที่เกิดขึ้นในประเทศไทย นับตั้งแต่วันที่ 4 มกราคม 2547  พื้นที่จังหวัดชายแดนภาคใต้ของประเทศไทยต้องเผชิญกับความปั่นป่วนทางสังคม  องค์กรภาคประชาสังคมเติบโตอย่างต่อเนื่องเพื่อตอบโต้ต่อการที่รัฐบาลไม่สามารถคุ้มครองชีวิตและทรัพย์สินของประชาชนในสามจังหวัดชายแดนภาคใต้  รัฐบาลไทยมักกระทำการลับๆ ล่อๆ  ยุยงให้ประชาชนในพื้นที่คอยสอดแนมกันเองโดยใช้ยุทธศาสตร์กองทัพที่เรียกว่า “ยุทธการข้อมูลข่าวสาร (Information Operations—IO)  การใช้ IO ผ่านเพจปลอมในเฟซบุ๊กที่เน้นการสร้างเนื้อหาเพื่อเผยแพร่และกระตุ้นให้เกิดความเกลียดชังต่อเครือข่ายของฝ่ายกบฏขบวนการแนวร่วมปฏิวัติแห่งชาติมลายูปาตานี (Barisan Revolusi Nasional Melayu Patani) หรือ  BRN-Coordinate นอกจากนี้ […]

Civil Society Southern Thailand
Issue 28 Sept. 2020

タイ深南部の市民社会と弱い国家

理想を言えば、政府の役割は国民に福利をもたらす事、すなわち、規範を作り、国民を紛争から守り、法と秩序をもたらす事であるはずだ。 そうでないなら、政府と国民の間には武力衝突が生じる可能性がある。理論上、市民社会は国家の枠外に存在するが、これを良い統治と切り離して考える事は難しい。だが、政府が国内紛争への対応に失敗し、政治財を国民に供給する事ができなければ、最終的には弱い国家となる。タイの場合がこれに当たる。 2004年1月4日以来、タイ深南部は社会不安に直面してきた。市民社会団体は、南部国境県の住民の生命や財産を保護する力の無い政府に対処するように、着実に成長してきた。タイ政府は秘密裏の行動をしている。政府は「情報作戦」(IO/Information Operations)という軍事戦略を用い、この地域の人々が互いに監視し合うように仕向けた。 架空のFacebookページを通じて行われるIOは、コンテンツの拡散と、反政府ネットワークであるパッタニ・マレー民族革命戦線(Barisan Revolusi Nasional Melayu Patani)、BRNコーディネート(BRN-Coordinate)に対する憎悪の扇動を中心としている。架空ページは、BRNコーディネートを支援する個人や組織(学者やNGOなど)の割り出しにも利用される。タイ王国国内治安維持部隊(Internal Security Operations Command)は、IOが10年以上にわたる軍事行動の一環である事を認めた。これはより多くの問題を市民社会にもたらし、国民がこの地域の和平プロセスに関与する事を一層困難にしている。 コロナウイルス感染症まん延の渦中は、タイ政府とBRNが敵対するタイ深南部の和平構築の絶好の機会があった。2020年4月3日にBRNコーディネートは、医療援助が必要な人々を救助する余地を設けるため、武力衝突を終結させるという声明を発表したが、この唯一の条件は、タイ政府が軍事活動を再開させない事であった。 …「今回、BRNは人道的理由により、全ての活動を停止させる。理由は、全人類の大きな敵がコロナウイルス感染症であると気が付いた事だ」BRN中央事務局(BRN’s Central Secretariat)のものとされる声明は、そのように伝えた。 南部国境県の平和を目指す仏教徒ネットワーク(the Buddhist Network for Peace in the Southern Border Province)の代表で、タイ最南部市民社会協議会(the Civil Society Council of Southernmost Thailand)の元副議長でもあるルクチャット・スワン(Rukchat Suwan)氏は、4月5日、個人のフェイスブックに「タイ政府関係者が攻撃を仕掛けていない限り」、誰もが参加することを喜んでいるためタイ政府はこの声明を無視してはならないとのコメントを投稿した。2004年にタイ南部各県で武力衝突が発生して以来、「南部国境県の平和を目指す仏教徒ネットワーク」は、南部国境の県に住む仏教徒で結成された。南部国境の3県で平和的に共存する方法の理解を深め、問題解決のための方法としての暴力を拒否するために、平和を目指し、すべての仏教徒のための援助を行っています。 権威主義的な国家の姿は、2020年4月30日のパッタニ県ノーンチック群(Nong Chik […]

Issue 28 Sept. 2020

Review– ตาสว่าง [Ta Sawang]

Title: ตาสว่าง [Ta Sawang] Author: Claudio Sopranzetti, Sara Fabbri and Chiara Natalucci Translation (to Thai): Nanthawat Charnprasert Publisher: Reading Italy, 2020 Ta Sawang is a graphic novel by a group of Italian anthropologists. There are […]

Issue 28 Sept. 2020

Review–Thailand: History, Politics and the Rule of Law

Title: Thailand: History, Politics and the Rule of Law Author: James Wise Publisher: Singapore: Marshall Cavendish International, (2020), 312 pages Why has Thailand chronically remained mired in instability, continuously struggling to mediate and adjudicate its […]

Issue 28 Sept. 2020

Review– A Life Beyond Boundaries: A Memoir

Title: A Life Beyond Boundaries: A Memoir Author: Benedict Anderson Publisher: Verso Book (2016), 205 pages Known for his trailblazing contribution to nationalism studies, Chinese-Born Benedict Anderson enjoyed a distinguished intellectual career that knew no […]