Issue 5 Mar. 2004

Young Muslims Speak Out

A young man sat calmly in front of judges in a court room in Denpasar, Bali. With long hair and a beard, he looked different when he was arrested in West Java a couple of months earlier. Imam […]

Issue 5 Mar. 2004

Women and Islam in Malaysia

There is tremendous preoccupation with Islam in Malaysia today. Unfortunately, much of it is focused on form rather than substance, the effects of which are largely felt by Muslim women. Malaysia portrays itself as a […]

Issue 5 Mar. 2004

Beyond the Jilbab

Yuli Suriani is a student at the Banda, Aceh-based Syiah Kuala University, who also works as a radio broadcaster. She is petite and usually wears blue jeans and a canvas jacket. Like most women in Banda, […]

Issue 5 Mar. 2004

“A Plural Peninsula” at Walailak University

Historical Interactions among Thai, Malays, Chinese, and Others A workshop organized by:Asia Research Institute, National University of SingaporeRegional Studies Program, Institute of Liberal Arts, Walailak UniversityInstitute of Asian Studies, Chulalongkorn University Held at Walailak University, […]

Issue 5 Mar. 2004

สายใยแห่งภราดรภาพ: บนสายรากวัฒนธรรมไทยทักษิณกับมลายูตอนบน

ความเป็นตัวตนของผู้คน/ชุมชนย่อมผสานด้วยส่วนที่เป็นองคาพยพทางกายภาพและองคาพยพทางจิต  อันได้แก่ส่วนที่เป็นรูป หรือรูปแบบ (Form) องค์ประกอบ (Element) บทบาท (Role) หน้าที่ ( Function) และความเข้มแข็ง (Strength) ความเป็นอัตลักษณ์ที่แท้จริงของชุมชนจึงประกอบด้วยองคาพยพ(อวัยวะ)น้อยใหญ่ที่เป็นรูปธรรมตามสายรากแห่งชาติพันธุ์ด้านพันธุกรรมหรือเชื้อชาติสายรากหนึ่ง และอีกสายรากหนึ่งคือส่วนที่เป็น  “บุคลิกภาพ” ซึ่งสำแดงผ่านพฤติกรรมและวิถีคิดตามครรลองแห่งจารีตนิยมของกลุ่มอันอนุโลมว่าเป็นชาติพันธุ์ด้านวัฒนธรรมซึ่งมี “เจตนา” หรือธรรมาพยพเป็นตัวกำกับและขับเคลื่อน  ดังนั้นความเป็นตัวตนของผู้คน / ชุมชนจึงมีการเปลี่ยนแปลง เคลื่อนไหว หรือพลวัตอยู่ตลอดเวลา ไม่มีการหยุดนิ่ง ความเป็นคนไทยภาคใต้ตอนล่างและความเป็นคนมาเลเซียตอนบนจึงต้องมองผ่านทั้ง๒ องคาพยพ  โดยการมองทั้งส่วนที่ย้อนอดีต  ส่วนที่กำลังก่อตัว และส่วนที่พึงพยากรณ์ได้ในอนาคต มองการร่วมสายรากแต่ดึกดำบรรพ์ ชุมชนในพื้นที่ภาคใต้ตอนล่างและในมาเลเซียตอนบนมีโครงสร้างระดับรากเหง้าร่วมกันเพราะต่อ เขตแดนกันและตั้งอยู่ในเขตใกล้เส้นศูนย์สูตรด้วยกัน ต่างก็มีสภาพอากาศร้อนชื้นและลมมรสุมพัดผ่านตลอดทั้งปี  โครงสร้างทางกายภาพจึงเอื้อให้โครงสร้างทางชีวภาพเหมือนและคล้ายคลึงกัน  เหมือนคนร่วมสายโลหิตกันมาและพลวัตเคียงคู่กันมาโดยตลอด เช่น ความหลากหลายคล้ายคลึงของประชากรพืช  ประชากรสัตว์ และความหลากหลายทางชีวภาพอันเป็นปัจจัยให้เกิดความหลากหลายทางภูมิปัญญาและวัฒนธรรมของชุมชน  อันเนื่องแต่ทรัพยากรธรรมชาติและสภาพแวดล้อมที่ใกล้เคียง / เหมือนกัน มองในแง่ประวัติศาสตร์ทางชาติพันธุ์  ย้อนรอยประวัติศาสตร์ไปเมื่อประมาณ ๓๕๐๐ […]

Issue 5 Mar. 2004

Yunnanese Muslims along the Northern Thai Border

In the northern reaches of the modern Thai nation-state, along the borders of Myanmar and Laos, people have been on the move since ancient times following seasonal migration routes, pursuing trade, and making new settlements. […]

Issue 5 Mar. 2004

Comment on ARMM Education Policies

First I would like to express appreciation towards the movement within the Autonomous Region in Muslim Mindanao (ARMM) to develop a high quality and relevant basic education system, including the madrasah that will prepare students […]

Book Reviews

Book Review— Malaysia: Islam, Society and Politics

Malaysia: Islam, Society and PoliticsVirginia Hooker and Norani Othman, editorsSingapore / ISEAS Series on Islam, Institute of Southeast Asian Studies / 2003 This collection of essays has been prepared as a tribute to Clive S. […]

Book Reviews

Book Review: The Pondok and the Madrasah in Patani

The Pondok and the Madrasah in PataniHasan MadmarnBangi / Universiti Kebangsaan Malaysia Press / 1999 The study of traditional Islamic institutions in Southern Thailand has not received much systematic and scholarly attention. Institutions such as […]

Issue 5 Mar. 2004

Book Review— The Transformation of Chinese Society in Postwar Singapore: Localizing Process, Regional Networking, and Global Perspective

The Transformation of Chinese Society in Postwar Singapore: Localizing Process, Regional Networking, and Global Perspective战后新加坡华人社会的嬗变:本土情怀,区域网络,全球视野刘宏(Liu Hong)Xiamen / 厦门大学出版社(Xiamen Daxue Chubanshe) / 2003 Liu Hong’s recent Chinese-language monograph, published in the Xiamen University Press series on Southeast Asia and […]

Issue 5 Mar. 2004

After the Fall of Baghdad

Defeatism is an internalized feeling of defeat, a melancholic mournfulness that eventually imprisons one in a dark web. It is like a labyrinth or a path that splits endlessly. Taking a lesson from the bitter […]

Issue 4 Oct. 2003

An Assessment of the Philippine Economy

This report discusses the cyclical and unsustainable pattern of Philippine economic growth, the factors precipitating the economy’s cyclical downswings, the contribution of the various sectors and implicit growth strategy, the effect on employment by gender, and the state of the country’s natural resources and environment. It argues that the cyclical pattern of growth and movement in income are related not only to the pattern of spending at the macro level, the nature of electoral politics, and developments at the sectoral and regional level. They are also affected by the unsustainability of the implicit growth strategy prior to the 1980s, limitations of the current liberalization strategy, and the state of the country’s natural resources and environment. […]

Issue 4 Oct. 2003

An Assessment of the Philippine Economy (October 2013 —Abstract)

This report discusses the cyclical and unsustainable pattern of Philippine economic growth, the factors precipitating the economy’s cyclical downswings, the contribution of the various sectors and implicit growth strategy, the effect on employment by gender, and the state of the country’s natural resources and environment. It argues that the cyclical pattern of growth and movement in income are related not only to the pattern of spending at the macro level, the nature of electoral politics, and developments at the sectoral and regional level. They are also affected by the unsustainability of the implicit growth strategy prior to the 1980s, limitations of the current liberalization strategy, and the state of the country’s natural resources and environment. […]

Issue 4 Oct. 2003

Penilaian Ekonomi Filipina

         Laporan ini mendiskusikan siklus dan pola tak berkelanjutan pertumbuhan ekonomi Filipina, faktor yang menjerumuskan siklus ekonomi ke bawah, kontribusi beberapa sektor dan strategi pertumbuhan tersirat, pengaruh lapangan pekerjaan berdasarkan jender, dan keadaan sumber daya […]

Issue 4 Oct. 2003

フィリピン経済に対する評価

         この報告で論ずるのは、フィリピン経済が持続的に成長するのではなく、周期的に成長と停滞を繰り返すのはなぜなのか、そして停滞を招く要因は何なのか、また多様な経済部門とあまり考え抜かれてはいない成長戦略が経済成長にどのような効果を与えているのか、雇用におけるジェンダーの影響、そしてフィリピンの天然資源と環境の状態である。経済成長に周期性がみられることと、収入が上下することは、マクロ経済レベルでの支出傾向や、選挙政治の性質、地方の発展にだけ関係があるのではなく、1980年代以前の大して考え抜かれていない成長戦略が長続きしないことや、現在の自由化戦略に限界があること、そして国の天然資源と環境の状態にも影響をうけているのである。 経済成長の周期性 一人当たりのGDP成長率で測ってみると、60年代以降、経済は75年から82年までの7年間をのぞいて、4年から5年ほどの短い成長サイクルを6回繰り返してきた。経済が停滞することで、財政面では負債が増大し、収支バランスと国際通貨準備上の地位が悪化し、民間投資の低下を招いた。投資が落ち込むことについては、前年度のGNPと通貨価値、国内の信用が低下していること、利子率が高いことなどが密接に関係している。投資は大統領選の前年にも落ち込んだが、これはGDPがより低くなることが予想されたからである。政府の支出が増大することと民間の投資が低下することは、経済の停滞を解決するとも考えられてきたし、引き起こす原因であるとも考えられてきた。 83年から85年にかけての政治経済上の危機は、それ以前と以降の経済成長を分ける分水嶺となっている。成長率がマイナスであった時期を除けば、82年までは一人当たりの実質所得が絶えず上昇してきた。しかし、86年以降は成長率が頻繁にマイナスになるため、所得の上昇は遅々として進まなかった。結果として一人当たりの実質的なGDPが、82年のピーク時の状態に戻るのに20年もかかってしまった。85年以降の経済回復が遅々として進まず、経済状態自体もよりいっそう不安定になったのは、政治体制が変わるごとに経済成長戦略が政治上の争いを伴って変更されたことと、自然環境と天然資源に限界が訪れたことを反映している。 80年代以前、経済成長に刺激を与えてきたのは、通貨価値を過剰に高く維持し、関税保護をかけ、政府の援助を与えることで輸入代替産業を補助してきたことと、天然資源と農産物の輸出であった。しかしながら、80年代までにこの成長戦略は機能停止に陥った。鉱業を除く天然資源部門と農業部門が産業発展の源を提供することを困難にしたのは、森林と漁業資源が枯渇し、比較的低開発であった農業部門が安い食料と新しい輸出品を提供できなかったためである。さらには、政府がインフラ投資と成長を維持するために海外から借り入れと赤字の財政支出をおこなったことが、通貨価値が過大に評価されていたこととあいまって、徐々にインフレを引き起こし、社会コストがかさむ状況を生み出した。このような中で80年代初期までには、新しい成長戦略が絶対的に必要となっていた。 83年から85年の政治経済危機と国内の天然資源の枯渇は、経済政策のフレームワークとして世界的に自由化が重要性をましてきていたことと一致した。外資を導入して輸出志向型産業の設立促進のためにフィリピン政府が自由化を採用したことが、80年代以前の保護主義的な経済政策からの主要な転換であった。しかしながら、これは上手く機能するために必要な制度的な調整を欠いた危険な転換であった。  環境悪化の中でのサービス業部門主導の経済成長そしてさえない農業 近隣諸国と異なり、フィリピンは70年代以来安定した高度成長期を持ったことがない。成長が周期的で不安定であったのは、先に述べたようにマクロ経済と政治が不安定であったことに加えて、特定部門の成長パターンが低く不規則であったこと、80年代までの戦後の成長戦略が無思慮かつ不安定であったこと、そして現在の輸出志向型の産業化戦略に限界があることなどに起因する。 サービス業部門はもっとも安定した成長の源泉であった。しかし、穀物部門の成長率が低かったことと、林業、漁業、工業部門の成長が不安定で凋落傾向を示していたことが、経済の潜在的な成長を妨げてきた。農業がふるわないのは、不効率であるというばかりではなく、森林を非生産的な森や薮、農地に転換してきたことも原因である。移住が急速かつ無制限に行われ、それに付随して道路建設や採鉱、高地栽培が進み、そして木が伐採されて裸になった川の流域を修復し損ねたことにより森林は荒れていった。そして森林の荒廃により、気候状態や降水量、川の流量が変化し、森林が持つ水を蓄え、土が流れ出さないようにする力と、堆積作用が減退し、結果として灌漑や水力発電機能が低下し、収穫と収入も減少することとなった。 環境破壊は貧困と移住に密接な関係がある。森林面積が急激に減少し、農地が占める割合が増加したにもかかわらず、灌漑された農地が少ない地方は、貧困状態にある家庭の割合が非常に大きい。こういった地方では、貧困や農業部門・林業部門以外に雇用機会がないことが外への移住を引き起こしてきた。地方からの移住者は好んで高地や海岸地方、都市の中心部へと移っていった。しかしながら、こういった場所への急速でむやみな移住は環境に破滅的な効果を及ぼした。 典型的な例として、魚に対する需要が急激に伸びたので漁師や町で漁業を営む人の数が増え、魚が乱獲された結果、70年代後半から80年代の初めにかけて漁業資源が枯渇してしまったことがある。そして漁業資源の枯渇は、一回の漁での漁獲高が減少し、儀装を転換できなかった漁師の貧困化を導くこととなった。養殖は90年代に新たな成長の源泉を提供したが、マングローブの減少や沿岸部に土砂が沈殿したこと、湖や川が汚染されたことにより、その持続的な成長は脅かされている。漁業資源が枯渇し、漁師の貧困化が加速しているだけでなく、移住してきた人がスラムを形成するために、沿岸地域はいまや貧しい地方からの移民に対するセーフティーネットとしての機能を低下させている。  90年代、農業、産業部門に対してサービス業部門は比較的安定した成長を続け、比較的大きな雇用機会を生み出した。しかしながら、そのような機会を活かせるのは主に首都圏やコルディレラ自治区、南部タガログ、ヴィサヤ中央部に限られたものであった。また雇用機会は男性に比べて女性のほうがより高いように思われる。女性はコミュニティーや社会、そして個人に対するサービス、卸売りや小売に主要な役割を果たしており、女性労働力の約50パーセントはこういった業種で占められている。以前は地方の非賃金家族労働者であった女性が、いまや移民として都市サービス産業の余剰労働力のとりわけ重要な源泉となっているのである。 サービス業部門の成長は銀行や金融機関への外資の流入、海外からの送金、そして都市の人口とマーケットが拡大した結果である。地方の農業と製造業がふるわないために、下層中流階級に属する人と貧しい地方からの移民が都市の中心部で増加した。その数はあまりに膨大であり、とても公的なサービス業部門で吸収することが出来なかった。その結果、インフォーマル部門市場が拡大し、スラム人口が増大することになった。 サービス業部門への雇用の増加は、小数従業員にごくわずかな給料を支払って運営される企業が増えていることに対応している。これは規模が小さいほどサービス業部門に比較的参入しやすいこと、インフォーマル部門が成長していること、そして労働者が90年から92年にかけて失業と不完全雇用を経験したことを反映している。活動の幅を広げ規模を小さくすることで、インフォーマル部門が失業者と不完全雇用者を吸収し、他の部門や地方での限られた雇用機会を補完するという姿は、ギアツが述べたインボリューション・プロセスが進行しているように見える。 サービス業部門が先導する成長にはいくつかの限界がある。ひとつには他の経済部門を成長させることができないということである。また都市に集中するサービス業部門の孤立性は都市環境の悪化を促進した。都市が経済的に繁栄し、より多くの人を惹きつけるため、莫大なエネルギーと水資源が消費され、ごみが発生し蓄積されることとなった。このような事態を予想し適切な保護を打ち出すことが全くなかったため、都心はいまや地下水が枯渇し、沿岸部では地盤が沈下し、ごみが散乱して、大気汚染と水質汚染が進み、人々の健康が蝕まれていくという問題に直面している。 製造業と外資、自由化の限界 外資導入と同時進行した、産業保護から自由化政策への転換は残念なことに期待されたような恩恵を製造業部門にもたらさなかった。外資の大部分が90年代前半は化学や化学製品、食品に、96年には機械、器具、電化製品、生活必需品、非金属鉱物製品に流入したにもかかわらず、雇用機会や輸出能力はたいして増大しなかった。 82年から98年にかけて、特定の産業では雇用が純増した。これは、これまで大規模産業であった繊維、ゴム、ガラス、木材製品、製陶業の規模が縮小したために雇用が減少したのに対して、電子工学や科学的・専門的な器具製造産業の規模が拡大し、雇用が増大したためである。また皮革、プラスティック、非金、合金、機械といったいくつかの小規模産業でも雇用は増大した。食品加工やアパレル産業でも比較的雇用機会は大きくなった。こういった増加にもかかわらず、過去16年間の雇用の純増量は大したものではなかった。平均して、毎年新しく生まれる就職口はたかだか30,511であった。これは98年の新規労働人口1,013,000人のたかだか3パーセントに過ぎない数である。それゆえ、部門毎の雇用割り当てを改善し損ねたといえる。 外資は食品加工産業の輸出向け製品にもたいした貢献をしなかった。むしろ外資は国内都市市場向け製品により集中した。輸出向け製品への投資は主に電子光学産業に集中した。機械部品といった関連商品の生産と共に、電子工学製品は90年代の商品貿易全体の拡張に貢献した。実際、商品輸出のほぼ70パーセントを電子工学製品が占めていたのである。残念なことに、製造や貿易のなかで電子工学製品の輸出が主要な役割を果たしたことのよってもたらされた経済効果は限られたものであった。重要な部品を輸入する必要があるので、電子工学製品は付加価値産業や純貿易余剰に対して実質的な貢献をなさなかった。また、他の産業から孤立した生産形態をとっているために、フィリピン経済全体にほとんど結びつくことがなく、成長にも微々たる貢献しかなさなかった。さらには、仕入れという名目で部品を輸出入することにより、資本の逃避が生じていた可能性もある。 貿易自由化による恩恵は農業部門でも限られた物であった。農作物輸入の増加はGNPに対する輸入の割合が高くなるということと、価格の低下を招いた。消費者には恩恵があったわけだが、安い農作物の輸入は国内の農業生産者に有害であった。安い外米も国内のコメ生産の比較優位をなくしてしまった。 失業を別として、貿易自由化は農業部門の不公平を際立たせてしまったかもしれない。大規模生産者のように規模の経済を達成することも出来ず、公的な資金貸付にも市場にも接触機会が限られている小規模生産者は、金融業者に依存せざるを得ず、作物を廉価で売らざるを得なかった。そのほか、所有権を確実に主張できるのかどうか、灌漑、肥料にたいする助成金やインフラ投資、そして近年はMAV (the Minimum Access Volume) 輸入から生み出された基金などにアクセスできるのかどうかについての差が不平等を生み出している。小規模生産者に対するセーフティーネットという意味があるにもかかわらず、MAV輸入から集められた歳入にアクセスしやすいのは大商人の方で小規模生産者の要求に対しては厳しすぎるという批判がある。 貧困と貧困緩和対策の限界 経済部門や産業に歴史的に栄枯盛衰があるため、解雇されたりはじき出されたりして有給雇用につくことが出来ない家族や集団があり、その中から国の貧困層の中枢をなす集団が生まれてきた。それは次のように分類することが出来る。  木こりや抗夫、低地からの移住者によって内陸へと押しやられた、高地にもともと住んでいた人々のコミュニティー。 食糧生産者として高地に再入植したもとの伐木搬出労働者。 漁獲高が減少した、もしくは昔からの漁場を商業漁業によって荒らされ、よりよい漁場を見つけ出したり移住していくことが出来ない町の漁師。 砂糖や材木といった経済的に凋落した部門や産業から解職され高地や沿岸部に移住した農業や非農業労働者。 カガヤン峡谷やビコル(Bicol)、ヴィサヤ東部、ミンダナオといった農業が立ち遅れ、干ばつや自然の大災害、気候状態の変化などにさらされている地域の農家。 十分な水がないか適切な灌漑システムがない、もしくは農業生産そのものが凋落している地方の農民や農業労働者。 […]

Issue 4 Oct. 2003

การประเมินภาวะเศรษฐกิจฟิลิปปินส์

         รายงานฉบับนี้กล่าวถึงรูปแบบความเป็นวัฏจักรและความไม่ยั่งยืนของการเจริญเติบโตของเศรษฐกิจฟิลิปปินส์ ปัจจัยที่ซ้ำเติมภาวะเศรษฐกิจในรอบวัฏจักรขาลง ผลจากภาคธุรกิจต่าง ๆ และกลยุทธ์การเจริญเติบโตทางเศรษฐกิจโดยนัย ผลกระทบต่อการจ้างงานตามเพศของแรงงาน และสถานะของทรัพยากรธรรมชาติและสิ่งแวดล้อมในประเทศ รายงานฉบับนี้เสนอความคิดว่ารูปแบบความเป็นวัฏจักรและความไม่ยั่งยืนของการเจริญเติบโตทางเศรษฐกิจ และการเปลี่ยนแปลงของระดับรายได้ไม่เพียงสัมพันธ์กับรูปแบบการใช้จ่ายในระดับมหภาค ลักษณะของการเมืองที่อิงการเลือกตั้ง และการพัฒนาในระดับภาคธุรกิจและระดับภูมิภาคเท่านั้น แต่ยังได้รับผลกระทบจากกลยุทธ์การเจริญเติบโตทางเศรษฐกิจที่ไม่ยั่งยืนที่ใช้ก่อนช่วงเวลาระหว่าง พ.ศ. 2523-2532 ข้อจำกัดของกลยุทธ์การเปิดเสรีในปัจจุบัน และสถานะของทรัพยากรธรรมชาติและสิ่งแวดล้อมในประเทศด้วย  ต่อไปนี้เป็นรายงานฉบับสังเขป สำหรับเนื้อหา ข้อมูล และบรรณานุกรมที่ครบถ้วน สามารถดูได้จากรายงานฉบับสมบูรณ์  รูปแบบการเจริญเติบโตทางเศรษฐกิจที่เป็นวัฏจักร ตั้งแต่ช่วงเวลาระหว่าง พ.ศ. 2503-2512 ภาวะเศรษฐกิจที่วัดจากการขยายตัวของผลิตภัณฑ์มวลรวมในประเทศ (จีดีพี) ต่อประชากร ประกอบด้วย 6 รอบวัฏจักรสั้น ๆ โดยแต่ละรอบมีระยะเวลา 4-5 […]

Issue 4 Oct. 2003

Isang Pagtatasa sa Ekonomyang Pilipino

         Tinatalakay sa ulat na ito ang paikot-ikot at di-makayanang padron ng pag-unlad ng ekonomyang Pilipino, ang mga salik na tumutulak sa paikot-ikot na pagbulusok ng ekonomya, ang ambag ng iba’t ibang sektor at di […]

Issue 4 Oct. 2003

Malaysian Chinese Business: Who Survived the Crisis?

         In the not so distant past, as economic growth was gathering pace in East Asia, Chinese enterprise was widely considered a significant factor in the process described as the Asian economic miracle (World Bank […]

Issue 4 Oct. 2003

Malaysian Chinese Business: Who Survived the Crisis? (Abstract)

         The authors examine how the 1997 Asian financial crisis affected Chinese-owned businesses in Malaysia. They suggest that size, sector, debt, and diversification were important factors in determining which businesses succeeded and which failed. Large […]