Vietnam Eve Hanson KRSEA
Issue 26

มรดกจากสงครามเย็น: ความมั่นคงของระบอบการปกครองและการใช้กำลังข่มขู่บังคับในเวียดนาม

ความเป็นจริงทางการเมืองในเวียดนามทุกวันนี้เป็นผลลัพธ์จากการปะทะกันของมหาอำนาจผ่านตัวแทนที่เป็นผู้นำในฮานอยและโฮจิมินห์ซิตี….[มัน]เป็นการปะทะกันที่ส่งผลลัพธ์ร้ายแรงมาก (Dr Nguyễn Đan Quế, interview, August 11, 2015) สี่สิบปีผ่านไปหลังจากสิ้นสุดสงครามเวียดนาม ดร.เกว๋ นักกิจกรรมสนับสนุนประชาธิปไตยที่มีชื่อเสียงคนหนึ่งในเวียดนามยุคปัจจุบัน นำเสนอทัศนะเกี่ยวกับความเป็นไปของลัทธิอำนาจนิยมและฝ่ายต่อต้านในประเทศของตน  เขาเริ่มเคลื่อนไหวเพื่อสิทธิมนุษยชนและประชาธิปไตยมาตั้งแต่ต้นทศวรรษ 1970 ก่อนที่จะมีการรวมเวียดนามเป็นประเทศเดียว  ในสมัยนั้น ดร.เกว๋กับปัญญาชนคนอื่นๆ ได้ส่งเสียงวิพากษ์วิจารณ์สภาพของการกักขังหน่วงเหนี่ยวในสาธารณรัฐเวียดนาม (ใต้)  นักเคลื่อนไหวด้านประชาธิปไตยและสิทธิมนุษยชนหลายคนในปัจจุบันเป็นกลุ่มที่ทำกิจกรรมมาตั้งแต่ก่อนการรวมประเทศ หรือมองว่าตัวเองสืบทอดสานต่อกลุ่มและขบวนการในยุคก่อนที่เคยจัดตั้งต่อต้านเผด็จการในเวียดนามใต้ เช่นเดียวกับประเทศอื่นๆ ในโลกอาณานิคม เวียดนามก็ต้องต่อสู้เพื่อเอกราชของชาติ  การต่อสู้นี้ผสมปนเปและไหลเลื่อนจนแทบกลายเป็นอันหนึ่งอันเดียวกับความขัดแย้งในสงครามเย็นโดยมีความเกี่ยวเนื่องพัวพันระหว่างประเทศเป็นปัจจัยชี้ขาด  ในเวียดนามก็เช่นเดียวกับประเทศอื่นๆ ในเอเชีย การสังหารหมู่ การกดขี่ปราบปรามทางการเมืองและความป่าเถื่อนโหดร้ายเกิดขึ้นในระดับที่แทบจินตนาการไม่ถึง  ตั้งแต่ปี 1955-75 มีผู้เสียชีวิตมากกว่าสามล้านคน กว่าสองล้านคนเป็นพลเรือน (Bellamy […]

Vietnam Eve Hanson KRSEA
Issue 26

冷戦の遺産:ベトナムにおける体制の安全保障と暴力機構

現代ベトナムの政治情勢は、超大国がハノイとホーチミン市の指導者を通じて衝突した結果である。この衝突には非常に残念な結末が伴った (Dr Nguyễn Đan Quế, interview, August 11, 2015) 戦争終結から40年、現代のベトナムで民主化運動の活動家として注目されるDr. Quếは、自国の権威主義とその反対派の展開について自身の見解を述べた。彼が人権と民主化のための活動を始めたのは、1970年代初頭のベトナム統一前の事で、当時、彼は他の知識人たちと共に南部の旧ベトナム共和国での拘禁の状況について非難した。現代の民主主義や人権問題の活動家には、その活動の起源を統一前の時代に見る者や、自らを南部の独裁主義に対して組織された初期の運動や集団の系統と考える者がいる。 ベトナムでは、植民地化されたその他の社会と同様に、国家独立のための闘争がほぼ途切れることなく国際関与を伴った冷戦の対立へと移行して行った。この国際関与は決定的に重要な要因となった。また、これもアジアの他の地域と同様に、大量殺戮や政治的迫害、大量残虐行為が想像を絶する規模で行われ、1955年~75年までには300万人以上が死亡、そのうち200万人以上は民間人だった(Bellamy 2018)。社会科学の理論、イデオロギー、資金と銃で身を固めた二つの冷戦ブロックは、国内政権と連携して独裁政権を形成し、これが双方で展開された事から、幾世代にもまたがる政治的遺産が残った。一方ではアメリカ合衆国とその同盟国の、他方ではソビエト圏と中国の直接関与が、その設立の手助けをした排他的政権は市民の支持を必要とせず、外部からの多大な資金的、戦略的支援によって保護されていた。双方で政治的浄化計画、すなわち、対立する思想に同調する恐れのある反対派を排除する試みが実行にうつされた。彼らは国内の政治的支配のための暴力機構の設立とその近代化を支援した。これらの動きが重なった事で、この時代に出現し、政治的権利や公民権を要求し始めていた市民社会の団体や組織、運動など、あらゆるタイプの政治的アクターが活動する政治空間が大幅に制限された。 民主化や権威主義、体制構築(regime-development)に関する政治学的研究が悩まされてきたのはひとつのバイアスである。そのバイアスは、権威主義的な政治体制に回復力(レジリエンス)が存在することや、そこから民主化に至るまでのあらゆる事柄を国内的要因で説明しようとするバイアスである。実際には、海外のアクターが大規模な直接関与によって独裁体制をつくりあげ、その後、反対する市民からその体制を護ってきたにもかかわらず、である。国際的な影響力に関する研究は、西側とのつながりや西側の影響力を民主主義体制の建設に貢献するものと見て、ポスト冷戦の権威主義の一因とは考えない傾向にある(se e.g. Levitsky and Way 2002; 2010)。ベトナムでは、アメリカとその同盟国が連携と影響力の両方を行使したが、これらを用いる事で、南ベトナム共和国の反共産体制を確実なものに強化しようとした事は明らかだ。ベトナムの例が示唆するのは、冷戦の政治的遺産が複雑な事、これに国家と市民社会の間のひどく偏った力関係が含まれ、それが政治的権利や被選挙権を要求する市民や団体を損ねるほどのものだという事だ。暴力機構は、政治体制や政府をそれ自身の市民から守る事を目的としたもので、海外のアクターの積極的な支援から利益を得ていた。だが、Dr. Quếが上で示唆する通り、外国の支援を受けた独裁政権は、自らの反対勢力も育む事となった。 ベトナムの分断、政治的浄化と暴力 1949年に共産勢力が国民党に勝利を宣言し、毛沢東が中華人民共和国設立を宣言した後、アメリカは東南アジアに調査団を派遣した。東南アジアの他の地域から「反乱鎮圧」のテクニックと経験をもつCIA職員が関与させられるようになったのは、ベトナムが世界規模の冷戦の一部で、世界的な共産主義拡大に対する闘いの要地と見なされるようになってからだ。第一次インドシナ戦争を終結させたジュネーブ合意(Geneva Agreement)は6年後、現在、ベトナム社会主義共和国として知られている領土を17度線のところで二つの暫定的な「再編成区域(re-grouping zones)」に分割した。これはイデオロギー上の分断を地理化したもので、間もなく双方はこれを国境として認識するようになった(Devillers 1962)。この境界線の両側の政府には、いずれもその領土に対する主導権が無く、両者はむしろ、自らを対立する政治勢力の列島の中の小島と考え、何とかしてこの支配権を握る必要があると考えていた。 ジュネーブ合意が国政選挙を約束したのに、これが一度も実行されなかった訳は、アメリカもゴ・ディン・ジェム(Ngô Đình Diệm)首相のアメリカによって設置された政府も、自分たちに勝ち目が無いと思っていたからだ。その代わり1956年3月4日には、南ベトナム共和国の憲法制定議会が選出され、CIAの協力の下で憲法が作成され、ジェムに「事実上の絶大な権力」が付与された(Boot 2018)。北部のベトナム民主共和国がソビエト連邦や中国に支援とインスピレーションを求める一方、アメリカはCIAその他の組織を通じた独裁的な南ベトナム政府の創設に大いに携わっていた(Boot 2018; Chapman 2013)。領土の支配権も、当てにできる国民の支持も無い両政府とその国外の同盟国は、敵対勢力の一掃を図ろうと、急進的な計画に着手した。17度線の両側で行われた政治的浄化の取り組みは、ついに明白なポリティサイド(政治的自殺)に至った。. 南部では通常の戦争と並行して、CIAが1967年にPhượng hoàng、フェニックス・プログラムに着手した(CIA […]

YAV

Rising Environmental Awareness in Vietnam

Rewind to the early days of January 2016 when the famous Cu Rua, or Great-Grandfather Turtle, that had inhabited Hanoi’s Hoan Kiem Lake for decades (some say centuries) passed away. This occurred a week prior […]

Issue 20

สวรรค์ของกาฝาก: การลบความทรงจำในภาพยนตร์เรื่อง The House of Guava (Mùa ỏ̂i) ของดางเญิตมินห์

ความทรงจำ ความอาลัยและความโศกเศร้าแสดงบทบาทเด่นชัดในภาพยนตร์ของดางเญิตมินห์ (Dang Nhat Minh) ผู้กำกับภาพยนตร์และนักเขียนบทภาพยนตร์ระดับชาติของเวียดนาม เขาเกิดในเมืองเว้เมื่อ ค.ศ. 1938 แล้วไปศึกษาต่อในสหภาพโซเวียต ซึ่งเป็นสถานที่ที่ทำให้เขาเรียนรู้การสร้างภาพยนตร์ (Cohen, 2001) ผลงานที่ได้รับทุนสนับสนุนจากรัฐมีอาทิ When the Tenth Month Comes (1984), Nostalgia for the Countryside (1995), The Girl of the River (1987) และ Don’t Burn (2009) […]

Issue 20

寄生者達の楽園:ダン・ニャット・ミン『グァバの季節(The House of Guava (Mùa ỏ̂i)』における記憶の消去

記憶、哀悼、そしてメランコリーは、ベトナムの国民的映画監督で脚本家でもあるダン・ニャット・ミン(Dang Nhat Minh)の映画の中で、一際重要な位置を占めている。1938年にフエに生まれたダンは、ソビエト共和国で学び、そこで映画製作に出会った(Cohen, 2001)。国が出資した彼の作品群、『十月になれば(When the Tenth Month Comes (1984)』、『ニャム(Nostalgia for the Countryside (1995)』、『河の女(The Girl of the River (1987)』そして『きのう、平和の夢を見た(Don’t Burn (2009)』などは、概して国家の共産主義的イデオロギーを宣伝し、戦争の英雄たちを称え、国民の福祉のための集団的な社会闘争を謳ったものである。本稿の焦点となるダンの1999年の作品『グァバの季節』は、この作品群(とその出資者たち)とは相容れぬもので、党路線から外れている(Bradley, 2001: 201-216)。『Mùa ỏ̂i(文字通り、「グァバの季節」)』と題された本作は、ダン自身の短編小説『昔の家』を映画化したものである(Lam 2013: 155)。この作品は、二年がかりのお役所仕事を片付けた後にようやく撮影開始が可能となり、1999年の封切以来、ベトナム国内では上映された事がない(Cohen, 2000)。 『グァバの季節』はフランスで教育を受けたベトナム人弁護士と、彼の親仏的な中流家庭の物語で、背景は1954年から1980年代後期の歴史的大断絶の時代である。弁護士は自ら設計した現代的な屋敷をハノイに建てさせる。物語の中心はこの弁護士の三人の子供たちである。真ん中の子、ホアは、家族が庭に植えたグァバの木の実を採る最中に木から落ちて頭に怪我をする。物語はホアが50歳のところから始まる。彼の一番上の兄のハンはドイツへ移民し、ホアの妹のトゥイが彼の面倒を見ている。現在と過去が静止したままぶつかり合う。頭に怪我をした事によって、ホアの記憶と知能は時間の中に凍結され、1959年から1960年に北部を席巻した土地改革で一家が追い出され、家財を没収された後も没落を拒む(Cohen, 2000)。 筆者の主張は共産主義の神話、共同所有権に対するダンの大胆不敵なカウンター・ナラティブと、個人の記憶の映画的表現が相まって、国家と個人の記憶の間に数多く存在する亀裂を浮彫にしている事である。もう一つの記憶の舞台を設ける事で、『グァバの季節』は個人の記憶の大規模な消去に光を当て、国家の集合的な歴史と記憶の二段階での正当化や、さらにはその「記憶」の背後にある新旧の政治体制にも疑問を投じる。さらには『グァバの季節』が共産主義体制の非情さを拡大してみせるため、中流家庭の家財没収だけでなく、記憶の諒奪の試みによって、等しく腐敗し、矛盾した社会的平等と集団性という共産主義のイデオロギーに余地を作ろうとした事に焦点を合わせる手法も示す。記憶にまつわる政治体制の変化という複雑な物語に対するダンの語り口と視覚表現の想像力に富んだ映画的言語を、三つの主要な局面を通じて分析する。それらは忘却、消去、そして隔絶である。最後に、ダン映画の中で記憶がどのように経験として具現化されるかを示す。 『グァバの季節』は、サンダルを履いた一組の足が、ハノイの現代的な屋敷のフェンスに沿って忍び歩きをする35ミリのクローズアップから始まる(図 1)。このシーンに続くのは屋敷の中から見たフェンスのロングショットである。ホアの顔と目がフェンスの穴から覗き、彼の父親がかつての自宅に植えた一本の背の高いグァバの木を見ようとしている。現在の住人は政府高官と彼の甘やかされた大学生の娘のロアン、そして彼らのために料理や掃除をする年配の女中である。残りの家族は皆、ホーチミン市(サイゴン)にいる。50歳のホアはフェンスをよじ登り、再び自分のグァバの木を訪れようとするのだが、不法侵入で捕まり、警察署へ行くはめとなる。彼の妹のトゥイは、彼を助け出すためにホアが精神障害者であるという確認書に署名をする。 心の痛むようなシーンが繰り広げられ、我々は程なく、ホアが自分の思い出の中に生きている理由を理解する事になる。トゥイは警察署からホアを自転車の後ろに乗せて自宅に連れ帰る。彼女はまるで彼が小さな子供であるかのように服を脱がせるのを手伝い、シャワーを浴びるように言いきかせる。彼の汚れたズボンのポケットの中身を出している時、彼女は彼が父親の植えた木からもいできた一つの緑色のグァバの実を見つける。彼女がそれを手の平に乗せていると、グァバの重みと手触りがトゥイの記憶を呼び覚ます。彼女の家族に何が起きたのか、とりわけ、何がホアの精神を危機的状態に追いやったのか(図2と3)。トゥイはそこで、自分たちの家族の歴史とホアの人生の物語をナレーションで語り、背後には家具がある、彼らの暮らしていた30年前の家の回想シーンの映像が流れる。 『グァバの季節』は、サンダルを履いた一組の足が、ハノイの現代的な屋敷のフェンスに沿って忍び歩きをする35ミリのクローズアップから始まる(図 1)。このシーンに続くのは屋敷の中から見たフェンスのロングショットである。ホアの顔と目がフェンスの穴から覗き、彼の父親がかつての自宅に植えた一本の背の高いグァバの木を見ようとしている。現在の住人は政府高官と彼の甘やかされた大学生の娘のロアン、そして彼らのために料理や掃除をする年配の女中である。残りの家族は皆、ホーチミン市(サイゴン)にいる。50歳のホアはフェンスをよじ登り、再び自分のグァバの木を訪れようとするのだが、不法侵入で捕まり、警察署へ行くはめとなる。彼の妹のトゥイは、彼を助け出すためにホアが精神障害者であるという確認書に署名をする。 心の痛むようなシーンが繰り広げられ、我々は程なく、ホアが自分の思い出の中に生きている理由を理解する事になる。トゥイは警察署からホアを自転車の後ろに乗せて自宅に連れ帰る。彼女はまるで彼が小さな子供であるかのように服を脱がせるのを手伝い、シャワーを浴びるように言いきかせる。彼の汚れたズボンのポケットの中身を出している時、彼女は彼が父親の植えた木からもいできた一つの緑色のグァバの実を見つける。彼女がそれを手の平に乗せていると、グァバの重みと手触りがトゥイの記憶を呼び覚ます。彼女の家族に何が起きたのか、とりわけ、何がホアの精神を危機的状態に追いやったのか(図2と3)。トゥイはそこで、自分たちの家族の歴史とホアの人生の物語をナレーションで語り、背後には家具がある、彼らの暮らしていた30年前の家の回想シーンの映像が流れる。 […]

Issue 19

การศึกษาศาสนาพุทธในเวียดนาม: ข้อคิดเห็นบางประการเกี่ยวกับแนวโน้มในปัจจุบันและอนาคต

ภายในสาขาการศึกษาเกี่ยวกับพุทธศาสนานั้น ศาสนาพุทธในเวียดนามได้รับความสนใจน้อยเกินไปจากแวดวงนักวิชาการยุโรป-อเมริกัน ส่วนหนึ่งเกิดมาจากอคติทางวิชาการที่นิยมศึกษาศาสนาพุทธโดยรวมศูนย์อยู่ที่ตัวบทพระคัมภีร์มากกว่าการแสดงออกด้านวัตรปฏิบัติของพุทธศาสนาในชีวิตประจำวันจริงๆ อคติดังกล่าวนี้มีพื้นฐานมาจากวิธีการศึกษาทางวิชาการแบบเก่าที่ให้ความสำคัญแก่ตัวบทบางอย่างมากกว่า แล้วสร้างภาพของศาสนาขึ้นมาจากทัศนะดังกล่าว โดยมักละเลยการตีความและการแสดงออกของปัจเจกบุคคลและวัฒนธรรมของศาสนิกชน วัฒนธรรมเชิงตัวบทของศาสนาพุทธในเวียดนามมิได้พัฒนาไปถึงระดับเดียวกับประเทศพุทธศาสนาอื่นๆ และได้รับความสนใจจากวงวิชาการค่อนข้างน้อย นอกเหนือจากนี้ ยังมีอุปสรรคหลายประการสำหรับผู้ที่ต้องการศึกษาวิจัยศาสนาในเวียดนาม ซึ่งยังถือเป็นหัวข้อที่อ่อนไหวภายใต้ระบอบการปกครองในปัจจุบัน ยกตัวอย่างเช่น การกำหนดสถานที่และการเข้าถึงบุคคลที่ต้องการสัมภาษณ์ การติดต่อกับระบบราชการที่ล่าช้าจุกจิกมากเพื่อเข้าถึงแหล่งเก็บเอกสารสำคัญ ปัญหาเหล่านี้อาจมีความยากลำบากมากกว่าในประเทศอื่นที่ประชากรส่วนใหญ่นับถือศาสนาพุทธ ถึงแม้มีข้อจำกัดดังกล่าว แต่ก็มีผลงานชั้นเยี่ยมที่ศึกษาเกี่ยวกับเวียดนามและสร้างความกระจ่างแก่ประเด็นหลายอย่างในประวัติศาสตร์พุทธศาสนาและการปฏิบัติในปัจจุบัน กระนั้นก็ตาม ถึงแม้มีงานวิจัยที่โดดเด่นอยู่บ้าง แต่ก็ยังมีช่องว่างไม่น้อยในประเด็นสำคัญๆ หลายประการภายในงานวิชาการที่ศึกษาศาสนาพุทธในเวียดนาม ประเด็นหนึ่งคือการเปรียบเทียบกับศาสนาพุทธในที่อื่นๆ การวิจัยหัวข้อหนึ่งในหลายหัวข้อที่น่าศึกษาเกี่ยวกับศาสนาพุทธในเวียดนามก็คือการสำรวจตรวจสอบ “ความเป็นมหายาน” ของศาสนาพุทธในเวียดนามโดยเปรียบเทียบกับศาสนาพุทธนิกาย “มหายาน” ในประเทศอื่นๆ รวมถึงเปรียบเทียบกับรูปแบบของพุทธศาสนาที่เรียกกันทั่วไปว่า “เถรวาท” ด้วย แนวคิดที่มีมายาวนานเกี่ยวกับคุณลักษณะที่ใช้ในการจัดแบ่งนิยามนิกายและใช้กันซ้ำๆ ในพุทธศาสนานี้ยังคงใช้ได้หรือไม่? การนิยามศาสนาพุทธในเวียดนามว่าเป็นนิกาย “มหายาน” มีความเหมาะสมหรือเปล่า? […]

Issue 15: The South China Sea

Northwest Vietnam’s Coffee Boom and Food Security

Today, coffee is currently one of the hottest boom crops in Vietnam. Coffee trees were first introduced to Vietnam at the end of the 19th century by French missionaries who established coffee plantations around churches in the provinces of Ha Nam, Quang Binh, and Kon Tum; however, it wasn’t until the early 20th century that coffee started to be grown on a large scale. […]

Issue 4: Regional Economic Integration

Will Vietnam’s Growth Last?

Since 1986, when the Vietnamese government began the policy of “economic renovation” called doi moi, and especially from the early 1990s, when it opened up to the west, Vietnam has been deeply involved in globalization. The […]

Book Reviews

Book Review: Confucianism in Vietnam

Confucianism in VietnamHồ Chí Minh City / Vietnam National University and Hồ Chí Minh City Publishing House / 2002 This interesting collection of papers is the fruit of a series of three international conferences held […]