動員と二極化をもたらすソーシャルメディア フィリピン2022年選挙への若者の参加

フィリピン人は、世界でも極めて熱心なオンライン・コンテンツの消費者とされる。2022年のWe are Socialの報告書によると、フィリピンは、一日にネット上で過ごす平均時間が世界一長い(10.5時間)国だ。また、同じ団体の報告では、全フィリピン国民の82.4%がソーシャルメディア・プラットフォームを活発に利用している。 1 なお、当然ながら、これらの数字は2.000万人以上にもなる15歳から24歳の若者たちの間に集中している。また、ある研究の指摘では、フィリピンの若者の94%がインターネットを利用しているか、スマートフォンを所有している。 2

このため、フィリピンが情報・通信技術の利用と、市民の政治的関与の関係を示す明らかな例だとしても不思議はない。少なくとも、選挙を通じたフィリピン人の政治参加率はかなり高く、過去数十年の間の平均的投票率は80%だった。 3 現在、ソーシャルメディアは、人とつながる手段というだけでなく、致命的な二極化の状況において、政治的党派性に強い影響を及ぼすツールとしても利用されている。ここにも情報・通信技術の利用と、市民の政治的関与の相互作用が明らかに見られる。 4

Rizal park open air auditorium in Manila, Philippines.

すでに、2016年の大統領選挙は、フィリピンで最初の主要な「ソーシャルメディア選挙」として広く認識されていた。この選挙では、ソーシャルメディアの熱烈なフォロワー「集団」と見られる存在の助けを得たロドリゴ・ドゥテルテが圧勝し、政権に就いた。また、ソーシャルメディアは急速に進歩し、古い規制の枠組を回避し、セキュリティ対策を潜り抜けることもできる。このため、ターゲット・オーディエンス側が規制するには困難な規模で、偽情報の獲得に最適な環境が生じた。 5

こうして、フィリピンは、選挙を目的とするフェイクニュースの拡散が大きな影響を及ぼす場となった。あるソーシャルメディア・プラットフォームの上級幹部は、国内のインターネット普及率や、フィリピン人が英語に堪能な事、二極化の著しい政治を考慮し、この国を「選挙期間中のデジタルプラットフォームの武器化に関しては、患者第一号」と評した。 6

では、フィリピンの若者たちの2022年国政選挙への関与と、あるいは、フェルディナンド・「ボンボン」・マルコスJr.(Ferdinand “Bongbong” Marcos Jr.)の選挙の勝利には、ソーシャルメディアはどのような役割を果たしたのか?この記事では、ソーシャルメディアが二つの重要な政治上の役割を果たしたと主張する。一方で、選挙キャンペーンの(偽)情報源となったソーシャルメディアは、ネット上の若いフィリピン人有権者を動かした。つまり、ソーシャルメディアは、オンラインとオフラインの政治的関与の形態の橋渡しをし、有権者を投票所に向かわせた。だが、他方では、2022年選挙のキャンペーン中に出現した偽情報のナラティブが、若い有権者たちを二極化させた。こうして、若者たちは、この国のかつての独裁者と同名で、その息子である大統領候補、フェルディナンド・マルコスJr.をめぐり激しく対立する二陣営に分裂した。この際、「権威主義への郷愁と、民主主義への失望」という相乗的なナラティブが、デジタルネットワークで結ばれた国民の共感を呼んだ。また、このナラティブは、マルコスJr.の支持に重大な影響を与え、その他の候補者の立場には悪影響を及ぼした。

こうして、マルコスJr.は、選挙人票の59%にあたる3,100万人以上もの票を獲得し、ここにソーシャルメディアのとてつもない影響力が示された。これは2022年選挙と、おそらくは、今後の選挙運動にも影響を及ぼすと見られる。ソーシャルメディアは、主に、規模の拡大や、マイクロターゲティング、偽情報拡散の場となり、動員と二極化をもたらすが、これがフィリピン民主主義の状況や健全性に広範な影響を与えている。

Baguio, Benguet, Philippines. Photo: Nathaniel Sison, Unsplash

ネチズンの若者たちの動員

2022年国政選挙キャンペーンの背景には、ソーシャルメディア環境のさらなる定着があったが、これにはまだ、ポリシー規制体制が伴っていなかった。今日のフィリピン人は、これまで以上に、ソーシャルメディア・アプリによって結ばれており、これらに以前よりも長い時間を費やしている。また、彼らは、アプリで政治情報を収集し、誰に投票するかを決めるヒントも、ここから得ていると思われる。 7 2021年のYoung Adult Fertility and Sexuality Surveyによると、フィリピンの若者の93%が、スマートフォンを所有し、ほぼ10人中9人の回答者が、インターネットを利用できる環境にある。この模範的ともいえる数字は、10年前に比べて30%増加している。 8

さらに、フィリピンは、「ネチズン」がネット上の大半の時間をソーシャルメディアに費やすことにかけて、世界でも有数の国の一つだ。2021年に、フィリピン人がネット上で過ごした時間のうち、ソーシャルメディアに費やした平均時間は38.7%で、これは世界平均の36.1%をわずかに上回る。 9 2021年のWe Are Socialの報告書では、フィリピンの主要なソーシャルメディア・アプリはFacebookだったが、同年にはYouTubeがこれに取って代わった(表1参照)。

表1。2021年にフィリピンで最も利用されたソーシャルメディア・プラットフォーム

Social Media PlatformPercentage
YouTube97.2
Facebook96.8
Facebook Messenger92.1
Instagram73.4
Twitter ("X")62.7
TikTok48.8
Pinterest39.1
Viper36.9
Data: Simon Kemp, “Digital 2021: The Philippines,” 11 February 2021, https://datareportal.com/reports/digital-2021-philippines.

また、予備調査から、2022年選挙に向けたソーシャルメディア環境のさらなる多様化も明らかになった。例えば、選挙運動の世界では、比較的新参アプリと言えるTikTokやYouTube、それに、ViberやFacebook Messengerなどのメッセージ・アプリもあった。 10 特に、TikTokとYouTubeは、フィリピンの他のどの年齢層よりも、若年層に人気がある。

この他、今回の選挙キャンペーン中に、ソーシャルメディア・プラットフォーム全体で見られた明らかな傾向として、ソーシャルメディア「インフルエンサー」の計り知れない影響力があった。 11 実際、フィリピンは、2022年にソーシャルメディア「インフルエンサー」をフォローしていると認めた回答者数が世界一多い国でもある。世界平均がわずかに22.6%なのに対し、この国のインターネットユーザーの51.4%は、政治や選挙の情報でさえ、インフルエンサーを主な情報源として頼りにしている。

表2. 政治参加のタイプと投票したい候補者
(Survey question: Here are some of the things that people do during elections to support their candidates of choice. Which of the following have you done in this lection period? Choose as many as you can.)

Voting Preference
Type of ParticipationMarcos, Ferdinand Jr. Others
Watched interviews/debates of candidates33%31%
House to House campaigns6%4%
Volunteer in campaign8%6%
Attend a rally19%13%
Talk to people to vote for your candidate/s of choice18%14%
Wore/used candidates' clothing merchandise13%11%
Put up posters13%13%
Leafleting2%2%
Monetary donation1%0%
Volunteer in campaign8%6%
None31%41%
Other2%1%

3が示すように、今回の大統領選挙戦中のオフラインにおける行動には、桁外れの差ではないにせよ、一つの大きな違いがあった。それは、マルコスJr.支持者の方が、その他の有権者より政治集会に参加し、自分の選んだ候補者と話をしている傾向が強い点だ。さらに、この調査からは、マルコスJr.支持者の方が選挙戦に深く関与している事も判明した。また、候補者への支持表明を、表に示された様々な関与の方法で行わないと答えた者は、マルコスJr.支持者では31%にとどまったが、同候補に投票しない有権者では41%だった。また、討論を見守る、ポスターを貼るなどについても、同様のレベルの関与が報告されている。

これらの調査結果によると、より手のかかる関与法により、相当な時間と労力を費やしているのは、フィリピン人有権者のごく一部の少数派(10%以下の)だ。そのような関与の例には、選挙活動のボランティアや、パンフレット配布、寄付、戸別のアドボカシー・キャンペーンなどがある。だが、野党のレニー・ロブレド(Leni Robredo)候補の草の根運動に励まされたフィリピンの大勢の若者たちが、これらの活動を実施した。 12

有害・奇妙・醜悪なる偽情報の二極化

こうして、ソーシャルメディアは、虚偽のナラティブが、かつてない規模と範囲で、本物の信頼できる情報を圧倒する舞台となった。あまねく横行する偽情報の拡散により、マルコスJr.と、ロブレドを中心とする他の候補者たちのキャンペーンの間に、二極化する選挙の雰囲気が生じた。

2022年選挙が迫る中で、広まったナラティブの一つに、フェルディナンド・マルコスSr.の下での独裁者支配という「黄金期」への郷愁がある。学識者・マスコミ・市民社会のコンソーシアムであるTsek.phは、マルコス一族のイメージ回復を試みる一連の膨大な投稿の存在を発見した。これらは、縁故主義や人権侵害など、文書による裏付けのある歴史問題の否定や、マルコスSr.の大統領としての功績の誇張などを通じた試みだ。 13 また、短い動画のプラットフォームで、新たに出現した偽情報のプラットフォームとされるTikTokにも、独裁主義への郷愁を謳うコンテンツの種がまかれた。特に、最も多く報告されたのが、マルコスSr.大統領時代のフィリピンは、アジアで「最も豊かな国」だったという類の偽情報だ。 14

さらに、マルコスJr.の選挙戦スローガンである「Babangon Muli」(再び立ち上がろう)は、父親の戒厳令体制と、1986年以降の「ポスト・エドサ期(post-EDSA)」の大統領の腐敗とされるものをそれとなく対比させた。ちなみに、「エドサ」とは、マルコス独裁政権を終わらせた大規模デモが行われた場所にちなむ名前だ。また、このトピックで最も多いのが、1986年以降の(マルコスを打倒したアキノ一族の色である)「黄色」の下での、自由主義体制の「失敗」を取り上げたナラティブだ。例えば、遅々として進まない公共事業や、自由主義を弱さや優柔不断と結びつけようとする試みなどがある。 15 2022年選挙では、これらの主要な話題がフェイクニュースだけでなく、YouTubeやTikTok上のマイクロインフルエンサーの合法的な政治解説を通じて拡散された。また、一部のライフスタイル・チャンネルでは、しばしば、主要野党の支持者である有名人が議論や嘲笑の対象となっている。だが、これらのチャンネルが政治家の資金援助を受けているかどうかについては、明確に開示されていない。

3 February 2022. Robredo-Pangilinan election campaign at Quezon Memorial Circle. Wikipedia Commons

結論

2022年5月のフィリピン国政選挙では、フィリピンの若者たちの間での、ソーシャルメディアのより一層重要な役割が示された。もはや、ソーシャルメディアは補完的な存在ではなく、今後の選挙サイクルにおける有望で勝算のある全ての選挙運動に必要不可欠な要素と見られる事に、まず間違いはない。そのようなソーシャルメディア戦略は、様々なデジタルプラットフォームの性質や、ユーザー層の特徴、テクノロジーの進歩に応じ、近いうちに構築され、データ集約型で、多様で、微妙な違いのある、カスタマイズされた戦略となるだろう。

また、マルコスJr.の選挙運動を支え、他の候補者たちの立場に悪影響を及ぼした様々なナラティブの大々的な拡散により、フィリピンが、ソーシャルメディアの偽情報に極めて脆弱なことが示された。これらの偽情報の影響力は歴史を偽って描き、史実をゆがめ、ばかげた主張を生み、民主主義の規範を否定した。目下、教育危機に直面するフィリピンの若者たちに、二極化した偽情報は遠大な影響を及ぼす。しかも、最近の研究から、若者たちの多くがフェイクニュースと事実を上手く見分けられないことも判明した。 16 かつて、「国家の希望」と呼ばれた若者たちは、偽情報を吹き込まれても、この期待に応えられるのだろうか?

Aries A. Arugay
Professor and Chairperson of the Department of Political Science
University of the Philippines in Diliman

This piece is a modified version of the article by Aries A Arugay and Justin Keith A. Baquisal. 2022. “Mobilized and Polarized: Social Media and Disinformation Narratives in the 2022 Philippine Elections.” Pacific Affairs 95(3), 549-573. DOI: https://doi.org/10.5509/2022953549

Notes:

  1. 一日にインターネット上で費やされる時間の世界平均は約7時間。Simon Kemp, “Digital 2022: April Global Statshot Report,” 21 April 2022, https://datareportal.com/reports/digital-2022-april-global-statshot.
  2. Gelo Gonzales, “Big divide in internet use in Philippines by age, education level – report,” Rappler, 3 April 2020, https://www.rappler.com/technology/256902-pew-internet-use-report-philippines-march-2020/.
  3. Björn Dressel, “The Philippines: How Much Real Democracy?” International Political Science Review 32, no.5 (2011): 529–545.
  4. Lee, Jae Kook, Jihyang Choi, Cheonsoo Kim, and Yonghwan Kim, “Social Media, Network Heterogeneity, and Opinion Polarization.” Journal of Communication 64, no. 4 (2014): 702–722; Jennifer McCoy and Murat Somer, “Toward a Theory of Pernicious Polarization and How It Harms Democracies: Comparative Evidence and Possible Remedies.” The ANNALS of the American Academy of Political and Social Science 681, no. 1 (2019): 234–271.
  5. Petros Iosifidis and Nicholas Nicoli. “The Battle to End Fake News: A Qualitative Content Analysis of Facebook Announcements on How It Combats Disinformation.” International Communication Gazette 82, no. 1 (February 2020): 60–81.
  6. Craig Silverman, “The Philippines Was a Test of Facebook’s New Approach to Countering Disinformation. Things Got Worse,” Buzzfeed News, 7 August 2019, https://www.buzzfeednews.com/article/craigsilverman/2020-philippines-disinformation.
  7. Filipinos remain most active internet, social media users globally—study, ” Philippine Daily Inquirer, 1 February 2021, https://technology.inquirer.net/107561/filipinos-remain-most-active-internet-social-media-users-globally-study#ixzz7NZZqAlMI; “PH remains top in social media, internet usage worldwide – report,” Rappler, 28 January 2021, https://www.rappler.com/technology/internet-culture/hootsuite-we-are-social-2021-philippines-top-social-media-internet-usage/.
  8. University of the Philippines Population Institute (2022, October 14). Zoom in, zoom out: Filipino youth in focus [PowerPoint slides]. Population Institute, College of Social Sciences and Philosophy, University of the Philippines, https://www.uppi.upd.edu.ph/sites/default/files/pdf/YAFS5_National Dissemination_Slides_FINAL.pdf.
  9. Simon Kemp, “Digital 2022: Global Overview Report,” 26 January 2022, https://datareportal.com/reports/digital-2022-global-overview-report.
  10. メッセンジャー・アプリのチャットグループは、一般にアクセスができないため、その用途や、これらのアプリ上の偽情報の研究さえ困難だ。また、これらのソーシャルメディア・アプリは、その性質上、事実検証などの規制の実施も困難となる。例には、以下を参照。 “Viber says to fight ‘fake news’ as Halalan 2022 heats up,” ABS-CBN News, 17 January 2022, https://news.abs-cbn.com/business/01/17/22/viber-says-to-fight-fake-news-in-halalan-2022
  11. ソーシャルメディア・インフルエンサーとは、特定の話題に関する専門知識や技能を備えて評判を確立した人物と定義される。インフルエンサーは、ある話題について、気に入ったソーシャルメディア・チャンネルに定期的な投稿を行い、多くのフォロワーを生み出す。これらのフォロワーは、熱心で、インフルエンサーの意見を注視し、これと関わりを持とうとする人々だ。In https://influencermarketinghub.com/what-is-an-influencer/#toc-1
  12. Mara Cepeda, “‘Mulat na’: Young voters show off wit and grit for Leni in Isko’s turf.” Rappler, 3 March 2022, https://www.rappler.com/nation/elections/young-voters-show-off-wit-grit-robredo-moreno-turf-manila/.
  13. Tsek.ph, “Firehose of disinformation floods run-up to election”.
  14. Jose Lanuza, Rossine Fallorina, and Samuel Cabbuag, “Understudied Digital Platforms in the Philippines,” Internews, December 2021, https://internews.org/wp-content/uploads/2021/12/Internews_Understudied-Digital-Platforms-PH_December_2021.pdf.
  15. Mark Thompson,“Bloodied Democracy: Duterte and the Death of Liberal Reformism in the Philippines, Journal of Current Southeast Asian Affairs 35, no. 3 (2017): 39–68.
  16. Imelda Deinla, Ronald Mendoza, and Jurel Yap, “Philippines: diagnosing the infodemic,” Rappler, 1 December 2022, https://www.lowyinstitute.org/the-interpreter/philippines-diagnosing-infodemic.