スハルト後の20年: 世襲政治とサブナショナル権威主義の兆し

Yoes C. Kenawas

スハルトが失脚した1998年から20年後、世襲政治(dynastic politics)がインドネシアのサブナショナル(地域)政治に目立つ特徴となった。 1 2013年にインドネシア内務省は、少なくとも60の政治王朝(political dynasty)がインドネシア全土に存在する事を発見した。この数字はこの国の県や市、州の合計数に比べて少なく思われるかもしれないが、サブナショナル政治王朝のまん延は時と共に拡大している(Djohan 2017)。 2世襲政治を考慮した上で、我々は新秩序の終わりから20年後のインドネシアのサブナショナル政治をどのように理解するべきであろうか?

著者の主張は、目下我々が目にしているものが「サブナショナル権威主義(“subnational authoritarianism”)」(Gibson 2013)の何らかの兆しであり、世襲政治がこの種の体制の創造と維持に重要な役割を担っているという事だ。インドネシアのサブナショナル権威主義の兆しと度合いには、ラテンアメリカの数か国に見られる様な勢いは無いが、世襲が多発する地域でのサブナショナル権威主義の兆しを全面的に否定してしまっては、ポスト新秩序時代のインドネシア政治の完全な理解を誤らせる事となる。

従って、我々はインドネシア政治の理解をさらに深め、インドネシアが確固たる民主主義国だと主張する者に対し、少数のオリガークが自らをゲームの新たなルールに適応させる事で政治経済上の利益を追求する事のできる選挙民主主義国だと主張する者との単純な二分法を越えて行く必要がある。 3

分析の目を国家からサブナショナルに移す事で、我々はギブソン(Gibson (2013)が、「体制併存(“regime juxtaposition”)」と呼ぶもののいくつかの兆しを見る事ができる。体制併存とは、国家レベルでの選挙競争が熾烈で、どのようなものであれ、大規模操作が社会、政治、法的な反発を確実に生じさせる一方、サブナショナルレベルでは、特に世襲政治がまん延する地域で競争的権威主義(competitive authoritarianism)の兆しが明白な状況を言う。 4

Suharto is appointed President of Indonesia at a ceremony in March 1968.

スハルト政権時代のサブナショナル・エリート

 スハルト政権時代、世襲政治は村落レベルを除くサブナショナルレベルには存在しなかった。新秩序のインドネシアの国家機関は、「地域の有力者」がサブナショナルレベルで公式に権力を独占する機会を制限していた(Sidel 2005)。地域に自分たちの地域の首長を選出する重要な権限が無かったのは、その多くが現役、あるいは退官した軍人であった州知事や市長、県知事が、実質的にはジャカルタ中央政府によって任命されていたためである。法律上は地方議会(DPRD)に地域執行部の候補者を指名する権限があったが、実際にこれを決定するには中央政府による「諮問」と「承認」が必要であった。これらの公式、非公式の制度上の取り決めによって、サブナショナルレベルの政治家は誰一人、政治王朝を築く事ができなかったのだ。

公式的にはサブナショナル・エリートに政治王朝を築く機会は無かった、とは言え、新秩序の国家機関はある程度、地方エリートが権力基盤を築く機会を提供していた。シデル(Sidel (2005)とハディズ(Hadiz (2011)が指摘したように、様々な経歴を持つエリート、例えば下級・中級の軍人や地方高級官僚、地方のギャングや起業家などで、政府や軍部のプロジェクトから利益を得ていた者たちは、スハルトの中央集権的で権威主義的な国家権力機構の真っただ中で非公式の政治経済的基盤を築く事ができた。したがって、これらの地域の有力者は新秩序時代に正式な政治王朝を築く事は出来なかったが、その政治経済基盤は、彼らが正式の政治活動を開始させ、ひいては世襲政治を通じた支配も含め、地域の政治的アリーナを支配する(Hadiz 2011)事を促したのである。

ポスト・スハルトのインドネシアにおけるサブナショナル世襲政治の出現と持続

1998年のスハルトの失脚は政治的プロセスの連鎖を引き起こし、インドネシア政治に重大な節目をもたらした。この重大な時に主な政治的アクターは新たな制度を作り出したが、これらはサブナショナルレベルでの行政のあり方に長期的影響を及ぼすものであった。三つの制度がサブナショナル世襲政治の出現と持続に道を開く上で極めて重要であった。それらは(1)地方分権化、(2)サブナショナルレベルにおける民主化、特に地方直接選挙制度(Pemilukada)、そして(3)国民の政治的権利、法の前の平等、いかなる差別も受けない権利の保証である。

最初の2つの制度がサブナショナル世襲政治の出現に道を開いた。ハディズによって論じられたように(2011)、地方分権化とサブナショナルの民主化は、他者を食い物にする地方政治家に権力や物質的な富を蓄積させ得るものだ。政党と政治家、有権者の間のイデオロギー的な結びつきが弱まる中(Mujani and Liddle 2010)、そのような蓄積を維持する一つの手段が政治王朝の形成だ(Buehler 2007)。

Suharto reads his address of resignation at Merdeka Palace on 21 May 1998. Suharto’s successor, B. J. Habibie, is to his right.

世襲政治は地方政治への支配を長引かせ、これを強化しようと望む政治家にとっては合理的な選択肢だ。世襲政治はサブナショナルレベルの現職議員が任期制限の問題に対処する事を可能としている。世襲政治には、一族全体の単位で公職を失うリスクに対する保険のような作用もあるだろう(Chandra 2016)。これに加え、世襲政治は地域の政治家が権力を自分たちの地域地盤の外へと拡大させて行く上でも役立つ。現職の世襲政治家が勢力を同州・同県・同市の地方議会に拡大させる選択をした場合、この政治形態は彼らが計画を議会に承認させる上でも役立つであろう。地方議会に議席を占める事はまた、現職議員の家族(たち)がさらなる出世のための実績作りをする上でも役に立つだろう。

最初の2つの制度と共に、3番目の国民の政治的権利、法の前の平等、いかなる差別も受けない権利の保証は、サブナショナル世襲政治を、1998年に始まったリフォルマシの20年後にもインドネシア政治の中に長らえさせるものとなった。2015年には世襲政治家によって請求された司法審査に応じ、インドネシア憲法裁判所(the Indonesian Constitutional Court /MK)が、サブナショナル選挙に関する2014年法律第一号(Law 1/2014 on Subnational Elections)に代わる政府規制に関する2015年法律第1号(Law 1/2015 on Government Regulations)の法改正に関する2015年法律第8号(Law 8/2015 on the Amendment of Law 1/2015)の反世襲条項を廃止した。この理由は同裁判所によると、この条項が特定の市民にとり、彼らが現職議員の親族であるというだけで、憲法で保障された諸権利を行使する際の憲法上の障壁となっていたためだという(Parlina 2015)。この裁判所の判決が政治王朝の構築を志す政治家の法的根拠を裏付ける事となった。この判決はMKと世襲政治家を特殊な関係に置いた。つまり、MKはインドネシア民主主義の守護者として知られているが、世襲政治家はインドネシアの民主的憲法の擁護というMK本来の目的を覆す事で、自分たちの家族の政治的利益を守ってきたのだ。この事はサブナショナルレベルでの健全なエリートの循環を妨げ、地域の民主主義の質を損ないかねないものだ。

サブナショナル世襲政治とサブナショナル権威主義の兆し

インドネシアにおけるサブナショナル世襲政治の出現と持続は、サブナショナル権威主義のいくつかの兆しを示している。ラテンアメリカやフィリピンの政治王朝よりは限定的だが、インドネシアの世襲政治家は地域競争のレベルを管理するために「操作メニュー(“menu of manipulation”)」(Schedler 2002)を展開した。これには買収選挙、有権者および競争相手の脅迫、政党公認(political parties’ endorsements)の独占、官僚の動員、地域メディアの統制、票操作、その他多くの合法とも違法ともつかぬグレーゾーンに入る手段が含まれる。その結果、選挙活動の場は世襲政治家に有利な方向に大きく傾く事となり、もはや平等なものではない。

世襲政治家に関するサブナショナル選挙議論の多くには、現職議員が自分たちの家族を支援するための「操作メニュー」の兆しが明白だ。例えばバンテン州(Banten)元知事は、積極的にパンデグラン(Pandeglang/2010)や南タンゲラン(South Tangerang/2010)、セラン市(Serang City 2013)での選挙に関与していたが、これらの地域では彼の家族が地方選挙で争っていた。その手法は、紛らわしい知事の指示を流す(セラン市)事に始まり、地域官僚機構の大々的で体系的な職員入れ替え(南タンゲラン)や、大勢の村長たちに金子を配る(パンデグラン)など、様々であった。東ジャワ州ではバンカラン県(Bangkalan)の元県知事が自分の息子を選挙に当選させるための手助けとして、地元の国家官僚を動員したり、地方自治体の社会福祉基金を悪用したり、政党公認を独占化したと言われている。さらにチレゴン(Cilegon/2010)と西バンドン(West Bandung/2018)の選挙では、現職議員がその権力を行使して不正資金を捻出し、これを自分たちの家族の選挙運動に当てたらしい事が示されている。このような選挙活動の場を歪めるようなやり方は、世襲政治家が地方選挙を争う他の地域でも目にする事ができる。

問題は、このような操作の手口が明らかであっても、憲法裁判所で地方選挙が組織的、体系的、大々的に不正操作されている事を証明するのが至難の業だという点だ。ほとんどの場合、世襲政治家による「操作メニュー」の適用は巧妙に行われる。その上、憲法裁判所はサブナショナル選挙が不正操作されたか否かという判決に一貫性と透明性の欠如を示してきた(Butt 2013)。地域の法執行機関と選挙関連機関の限られた能力や責任の弱さもまた、組織的、体系的、大々的な選挙違反の証明を困難にする一因だ。このような状況があり、サブナショナル世襲政治家は選挙活動の場を自らに有利となるように曲げ続ける事ができるのだ。

結論

国家レベルにおいて、特に市民の自由に関しては様々な不備があるにせよ、インドネシアは民主主義国、あるいは少なくとも選挙制民主主義国である。国家レベルでは、たとえ過去の国政選挙で有権者登録の問題が幾分あったにせよ、インドネシアの選挙体制は概ね開放的で競争的だと言って差し支えない。

ところが、サブナショナルレベルでは、世襲政治家が容易く「操作メニュー」を用いて、自分たちの地域支配を強化する事ができる。サブナショナルレベルにおいて、世襲現職議員には選挙活動の場を自らの家族に有利となるように操作するためのより大きな権限がある。この国家レベルとサブナショナルレベルの間の矛盾は、ギブソン(2013)が「体制併存」と呼ぶものに似ている。

確かに、インドネシアの世襲政治家がサブナショナル権威主義体制を築くために境界統制を十分に発揮できる範囲は、ラテンアメリカやフィリピンの同範囲に匹敵するものではない。これには特に連邦制の国家構造対単一国家構造、という異なる制度のあり方が反映されている。インドネシア中央政府は、各省庁や国内の法執行機関、例えば汚職撲滅委員会(the Corruption Eradication Commission /KPK)などを通じて、世襲政治家が領域支配を拡大、強化させるための流動性を制限する事ができる。その上、インドネシアの世襲政治家の物質的基盤は、そのほとんどが土地持ちのオリガークで、植民地時代からの有力一族を家族に持つ、ラテンアメリカやフィリピンの同輩のものとは異なる。そのような事から、インドネシアの地方政治家一族が政治王朝形成に失敗するケースも多々見受けられる。

だが、これらの違いがあるからと言って、世襲政治の存在するインドネシアの諸地域におけるサブナショナル権威主義の兆しを完全に無視できる訳ではない。そのような事をすれば、我々インドネシア人が20年前に始めた民主化と地方分権化の本来の目的を損ねる事となるだろう。新秩序の終わりから20年、インドネシアには民主主義を全国的に、そして何よりもサブナショナル的に機能させるために、しなくてはならない事がまだ沢山ある。

Yoes C. Kenawas
イリノイ州エバンストン ノースウェスタン大学 政治学 大学院生

文献リスト

Buehler, Michael. 2007. “Rise of the Clans.” Indonesia Resources and Information Program (IRIP), Last Modified October 2007, accessed April 2. http://www.insideindonesia.org/rise-of-the-clans.
Butt, Simon. 2013. Indonesian Constitutional Court Decisions in Regional Head Electoral Disputes. In CDI Policy Papers on Political Governance. Canberra, Australia: Centre for Democratic Institutions.
Chandra, Kanchan. 2016. “Democratic Dynasties: State, Party, and Family in Contemporary Indian Politics.” In Democratic Dynasties: State, Party, and Family in Contemporary Indian Politics, edited by Kanchan Chandra, 12-55. Cambridge, UK: Cambridge University Press.
Dal Bó, Ernesto, Pedro Dal Bó, and Jason Snyder. 2009. “Political Dynasties.”  The Review of Economic Studies 76 (1):115-142.
Djohan, Djohermansyah. 2017. Pembangunan Politik Indonesia. Jakarta: Institut Otonomi Daerah.
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Hadiz, Vedi R. 2011. Localising Power in Post-Authoritarian Indonesia: A Southeast-Asia Perspective. Singapore: ISEAS Publishing.
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Mujani, Saiful;, and R William Liddle. 2010. “Voters and the New Indonesian Democracy.” In Problems of Democratization in Indonesia: Elections, Institutions, and Society, edited by Edward; Aspinall and Marcus Mietzner, 75-99. Singapore: ISEAS Publishing.
Parlina, Ina. 2015. “Possibility of Local Dynasties After Court Ruling.” The Jakarta Post, Last Modified July 9, 2015, accessed April 20. http://www.thejakartapost.com/news/2015/07/09/possibility-local-dynasties-after-court-ruling.html.
Robison, Richard, and Vedi R Hadiz. 2004. Reorganizing Power in Indonesia: The Politics of Oligarchy in an Age of Markets. New York, NY: Routledge Curzon.
Schedler, Andreas. 2002. “The Menu of Manipulation.”  Journal of Democracy 13 (2):36-50.
Sidel, John T. 2005. “Bossism and Democracy in the Philippines, Thailand and Indonesia: Towards an Alternative Framework for the Study of ‘Local Strongmen’.” In Politicising Democracy: The New Local Politics of Democratisation, edited by John Harriss, Kristian Stokke and Olle Tornquist, 51-74. New York, NY: Palgrave Macmillan.

Notes:

  1. 世襲政治(Dynastic politics)とは、政治戦略の一様式であり、同一の家族のうち2人以上の人間が同一区域内で選出公職を占めている場合を指す(Dal Bó, Dal Bó, and Snyder 2009)。
  2. インドネシアは542の地方単位によって構成されている。インドネシア全土の政治王朝の実数の把握が困難な理由は、インドネシアにアクセス可能なデータベースとして、公職者とその家族で、同様に選出公職に就く者たちとの家族関係を記録したものが存在しないためである。
  3. 参照例 Robison and Hadiz (2004).
  4. 競争的権威主義とは、正式の民主主義的制度が存在しながらも、選挙活動の場が現職者の利益のために著しく操作されている体制の様式を言う(Levitsky and Way 2010))

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