高まる東アジア大国間の戦略的競争:東南アジアと南シナ海への影響

Aileen San Pablo-Baviera

東シナ海及び南シナ海の最近の出来事は、領土や海洋資源をめぐる中国とその他様々な地域諸国の間の論争について、物事が好転するよりも先に悪化する運命にあるという事を示唆している。

中国が2013年11月23日に宣言した東シナ海の防空識別圏は、日本と係争中の釣魚島/尖閣諸島の地域に重なっており、近隣諸国、主に日本と韓国を苛立たせるものであった。このために、これらの国々とアメリカ、オーストラリアなどは、中国政府が新たに課した規定に挑戦し、中国に飛行計画を通告する事も、身元証明のための常ならぬ手続きを踏むこともなく、宣告されたADIZ内に飛行するという行為に到ったのである。中国の弁護にまわり、中国の消息筋の論じるところでは、各国家にはADIZを宣言する権利があり、日本自身もこれと同地域に対して、40年前からこれを宣言しているし、アメリカやその他約20の国々にもそのような領域がいくつかあり、他国から尊重されている。さらに、この動きは自己防衛であったし(defensive)、日本領空を飛行する無人機を撃墜するという日本の政治家たちの脅迫(threat)に応じたものであった。

一方、観測筋の中には、アメリカ国務省のジョン・ケリー国務長官や、防衛相のチャック・ヘーゲル国防長官などのように、中国の最近の動きに対する反応として、これは中国が長年、中日間で緊迫している海域論争を、空域にまで拡大し、現状を変えようとする試みである(change the status quo)と非難する者もいる。この領海問題の争点は、権利主張諸国やその他の海洋利用者たちにとっては、主権、海洋生物及び無生物資源の開発、重要な海上交通路へのアクセスであり、また大国の場合には、これに地域のリーダーシップをめぐる戦略的競争も絡んでくる。加えて中国の立場では、歴史的不正の認識を訂正する必要性が認識されている。一方で、管轄権を係争中の島々や海域の上空領域に対して、一方的に行使しようとする試みは、新たな争点を生み出したようだ。評論家たちは領空通過の自由に対する脅威を、過度な海洋管轄権の主張が海上航行の自由を脅かすのと変わらぬ程、重要であると見ている。

航行の自由は、長らく、アメリカによって南シナ海におけるアメリカの核心的利益と認識されてきたものであるが、これを浮き彫りとしたのが、中国船がアメリカ軍艦カウペンス号に接近した12月5日の事件であった。この誘導ミサイル装備巡洋艦は、中国が南シナ海に展開させていた新しい空母(遼寧)を付け回していると非難されたものである。ヘーゲル米国防長官は、中国の行動を「無責任である」とし、この事件が「何らかの偶発的誤算」の引き金になり得るものであったと述べた。一つの問題は、海洋法会議で未解決の案件に、各国が海上で軍事活動を行う諸権利に関する条項の解釈があり、これに関して中国とアメリカが相反する政策を実行している事である。
この事件は、この二つの大国が、互いの軍事的存在や活動に対して挑発し合う傾向がある事を示す、もう一つの証拠であり、これに対処するには、双方の二国間協議を通じて行う以外に術がない。

Air Defense Identification Zone of Japan (blue), China (pink), and Korea (green)
Air Defense Identification Zone of Japan (blue), China (pink), and Korea (green)

東南アジアに近づいてみると、中国の東シナ海に対するADIZ宣言の後、中国がこれに似たADIZを南シナ海にも宣言する事を考えているのではないかという推測があった。海南に本拠地を置く国立南シナ海研究所のWu Shicun所長は、南シナ海に対するADIZは実行不可能であると論じた。その根拠としては、より広範な領域が対象となる必要がある事、中国が九つの破線に対する法的主張を明確にしていない事を考慮すると、中国にこれを実施するだけの法的、技術的用意が欠如している事、この影響を受けるであろう係争国の数、そしてこれらの国々の反応が中国の東南アジアにおけるその他の戦略的目標を侵害し得るものである事などが考えられる。
Wu氏はさらに、悪質な西洋のマスコミ連中が、ADIZ問題を大々的に報じる事で恩恵を得ていた事、また中国がSCSに対して行うがごとく、事実無根の主張を助長する事で、中国を悪者扱いしたという事を主張した。
彼の姿勢は、中国の東シナ海における日本に対するアプローチと、南シナ海におけるASEAN諸国に対するアプローチを区別しようとするものである。

ところがつい今年、中国はまた、海南省人民代表会議の政策を施行し、「外国の漁業従事者たち」が係争中のスプラトリー諸島やパラセル諸島の域内で操業する際に、中国の許可を求めた上で、海南省の「管轄」下、南シナ海の3分の2にあたる水域での漁や調査を行う事を要求すると発表した。実のところ、中国は2012年の後期にこれと似た、しかし、より強硬な声明を発表しており、その際には外国漁船に乗船して検査を行うと述べている。その他の報告は、つい先日の声明を30年前の法律(thirty year-old law)の繰り返しであると主張するものだ。米国務省のジェン・サキ報道官は、南シナ海の係争水域内における他国の漁業活動を制限する最近の動きについて、「挑発的で危険をはらんだ行為である(a provocative and potentially dangerous act)」と言っている。

客観的にみて、海南省が宣言したこれらの規定の実施が不可能に近い事は、そのリスクを考えてみればわかる。中国軍だけでなく、少なくとも他に4カ国の政府がこの水域で活動しており、これを実施する事によって、中国が公然とUNCLOSの公約を違反しているとの非難が高まるからである。この種の漁業権の制限こそは、フィリピンが国際海洋法裁判所(ITLOS)で正式に中国を起訴した際に回避を望んだものであった。もし中国が乗船措置を実施する、あるいはその他にも、沿岸諸国が自国の排他的経済水域内で行う通常の漁業活動を妨害するような事があれば、それがフィリピンの主張に正当性と重要性を与える最強の支えとなるであろう。

目下、法廷戦術に集中しているフィリピンは、賢明にも過剰反応をしない事を選択した代わりに、中国に新たな措置の意義を説明するよう求めた。一方で、ベトナムの漁業従事者たちは、パラセル諸島における漁業を続けているが(continue to fish)、中国当局が一隻の漁船を停止させ、その漁獲を押収したという一つの事件(one incident)が報告されている。

ADIZ論争が猛烈な勢いで進行し、影響を被る国々が中国の漁業規制への対応に苦闘する中、ある「不可解な」一件の報告が、1月13日に中国の雑誌Qianzhanによって発表された。それは、中国が2014年にフィリピンのパグアサ(中業)島に侵攻する準備をしているというもので、その要約はChina Daily Mail に「中国とフィリピン:中業(パグアサ)島をめぐる戦いが回避不可能とされる理由」という見出しの下で発表された。現在のところ、中国当局筋からこれが事実であるとの確証はとれていない。他の中国のアナリストたちは、このような見解を批判して、これが何者かの偽情報で、中国をさらに悪者扱いするためのものであると仄めかす者もいた。

フィリピンに対する特定の威嚇は、今年の3月に向けての前哨戦というコンテキストでなら納得できる。3月にはフィリピンによる中国の九段線の適法性を問う訴訟が、ITLOS仲裁法廷の陪審員たちの初審議にさらされる。
これは中国がこの仲裁裁判を自分達の領土や海域に対する主張を大きく損ねる可能性のあるものと捉え、そのために国際規範や自らの公言する政治・外交上の基本方針を犠牲にして、このような自暴自棄の手段で宣戦布告を行わんとしている事を推測させる。だが、暴力の行使などという威嚇の実行は、人命の損失を意味するのであり(武力の不均衡を考慮すると、フィリピン側にその可能性が高い)、中国・ASEAN間の信頼醸成のための協定の多くを公然と違反して現状を変える事であって、中国とASEANの関係にかかってくる政治的負担が高すぎる。あまりにも負担が高いため、専門家アナリストのCarl Thayerなどを含むコメンテイタ―たちは、この報告を「虚勢である」と退けている。

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虚勢はともかく、最近の中国の強い主権の主張や、戦略上の権益増進の行為が増々顕著となって行く事には、他の域内国や域外国にまで、中国が東アジアの強国で、東南アジアはその戦略上の裏庭であるという、中国の新事実を認めさせる目的があり、そのためには、中国の印象に民族統一主義的、覇権主義的との反響があってもお構いなしなのだ。だが、中国の最近の行動は、中国が強国であるとの受容と認識を、ASEANや日本、韓国、オーストラリアやアメリカ合衆国などの間で獲得するための役に立つのだろうか。中国の行動は、将来、中国が責任あるリーダーシップの役割を演じ、自制を働かせ、近隣の小国や同類たちの感性に等しく気を配れるとの自信を抱かせるものなのだろうか。あるいは、これが自身の目には防御的、他者の目には挑発的と映るにせよ、この行動の結果は、中国自身が最も恐れる日本の攻撃的な再軍備や、アメリカの全面的な軍事的封じ込め政策となるのであろうか。

そのような結末は、事によるとASEANの何カ国かだけには受け入れられたとしても、東南アジアやASEANに利益をもたらすものではなく、おそらくは取り返しのつかぬ程、数十年来の協力的安全保障や包括的多国間主義の原則に沿った地域の安全保障構造の構築努力を後退させることになるだろう。また、軍事対立のリスクが高まる事によって、中国と日本の協力が継続的な経済活力には不可欠と見なされているASEAN+3を直接的に損ねる事となろう。さらに、東アジア首脳会議では、新たなアプローチを開発して東アジア地域に集団型戦略的リーダーシップを用意するという課題が未だに果たされていない。

ASEAN自身にも、たとえ2015年という節目が急速に近づきつつあるにせよ、これらの新展開を無視して、単に自分達のコミュニティの構築計画にのみ集中するような余裕はない。2015年の象徴する、より強力な地域統合の推進は、大国同士の対立がASEAN加盟諸国内の分裂や分極化の一因となるのであれば、成功し得ないだろう。

南シナ海で緩慢に進行する法的拘束力を持つ地域的行動規範のための協議は、もし現状が変わり、これがさらに広範な海域や空域に対する軍事支配や所管をめぐる対立となった場合には、現実的価値を失う事になるだろう。中堅国外交は、軍事・産業機構が本格始動するようになれば、一層見当違いなものにさえなろう。
また、大国間の軍拡競争が引き金となり、多くがいまだに近隣諸国との紛争に巻き込まれている東南アジア諸国の防衛費を増大させるような事になれば、より大きな危機さえもが待ち受けることとなる。
このようなシナリオでは、不安定の度合いや、安全保障のジレンマの重みが増すばかりである。

大国間の戦略的競争は、ASEANやその加盟諸国の状況をさらに困難なものにするだけである。これに対してASEANに何ができるか、あるいは何をするべきかという問いは、まだ真剣に問われた事がないように思われる。

Aileen San Pablo-Baviera
Dr. Aileen San Pablo-Baviera teaches at the Asian Center, University of the Philippines

Kyoto Review of Southeast Asia. Issue 15 (March 2014). The South China Sea