ラオスでの土地認識の変化 国家主権から資本動員へ

Ian G. Baird

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2013年8月23日、フランスのパリでKhamtanh Souridaray Sayarath夫人と面会した。ラオス南部の町、チャンパサック(Champassak)生まれの彼女は、1950年代にビエンチャンにある法科大学院を卒業した最初のラオス女性の一人だった。卒業後は工業省(Ministry of Industry)や文化省(Ministry of Culture)、貿易局(the Department of Trade)で様々な地位に就いた。1962年には経済省(the Ministry of Economics)局長となり、ラオス王国政府(the Royal Lao Government (RLG))の土地コンセッション(利用許可)や伐採権、鉱業権を認可する責任を負った。彼女がこの地位にあったのは、1975年に共産党のパテート・ラーオ(Pathet Lao)が国を掌握するまでの事だった。他の多くの人々と同様に、彼女はタイの難民キャンプに逃れた後、最終的にはパリに腰を据えた。

筆者のKhamtanh夫人との議論は、国民の土地の概念化がラオスでどのように変化したかという考察に関するもので、その対象は非共産主義時代から共産主義時代の間だけでなく、ラオスで経済改革が施行された1980年代半ば以降、特に2003年の土地法(Land Law)可決以降の変化だ。土地法可決は海外の投資家たちが広大な農園コンセッションを受ける事を認める法的枠組みをもたらしたが、このような事はKhamtanh夫人の時代には起こり得ぬものだった。本論ではラオスでの土地と国家主権に関する認識に過去数十年間で重大な変化があったことについて論じる。今や、土地は増々金融化され、むしろ海外の民間投資を呼び込む資源と見られるようになり、外国人に管理される事が認められない主権領土とは見なされなくなってきた。

Khamtanh夫人へのインタビュー

Khamthanh夫人との議論で筆者が特に興味深く感じたのは、ラオス王国政府時代の彼女の土地コンセッションに対する認識の知る事だった。彼女が言うには、1962年から1975年の間の土地コンセッションは5ヘクタール丁度までで、それ以上はありえなかった。確かに、1958年5月の土地法を改正した、1959年12月21日付けの法律第59/10号は、外国人による財産取得を1975年のラオス人民民主共和国(Lao PDR)設立に至るまで規制していた。 1 2000年代になり、これとは全く異なる事態が生じ始め、外国企業は農業用地のコンセッションを1万ヘクタールまで獲得ができるようになった。 2 Khamtanh夫人によると、企業がさらに土地を必要とした場合は、村人かその他の土地所有者から土地を買う必要があったが、重要な点は、外国人が工場展開のための投資を奨励されていたとしても、ラオス市民だけが土地を所有できたということだ。 3王国政府の政策はその他の多くの初期ポスト・コロニアル政府の政策と同様に、国家主権の概念を天然資源と密接に結び付け、土地その他の資源の利権を外国企業に供与することには慎重であった。例えば、1961年にタンザニアがヨーロッパ列強からの独立を獲得した際には、初代大統領のムワリム・ジュリウス・ニエレレ(Mwalimu Julius Nyerere)が、「タンザニア人が自分たちで資源を開発するための地質学及び工学の優れた技術を手にするまでは、鉱物資源を未開発で放置する事を提唱した」。 4この時代とラオスにおける状況をよく示した1971年の論文で、Khamchong Luangpraseutは次のように述べている。「(ラオスには)グレーンジ型の大規模農場は存在しない」。彼はまた次のように記す。「ラオス王国では、国家が土地の名義上の所有者である。ラオスの法律によると、耕作者はその利用者であって所有者ではない。」 5

王国政府内の多くの者たちが特に関心を寄せていたことが国土の保護であったのは、国土と国家主権との関連性が認識されていたためだ。とはいえ、Khamtanh夫人が認めたように、王国政府内には腐敗して国家資源を犠牲にして私利を得ようとする者達もいた。当時、物事がどう認識されていたかを示すべく、Khamtanh夫人は1960年代と1970年代の初頭にラオスで稼働していた鉱山がわずかであったこと、鉱業権供与の要求が何件かあったにせよ、政府がこれに慎重であったことを説明した。例えば、カムアン(Khammouane)県ヒンブン(Hinboun)郡のPhon Tiou地域の錫鉱業には二、三の企業が関与していた。ところがKhamtanh夫人の話では、その地域の全ての鉱業権は表向きにはチャンパサック王家(Champassak Royal House)の当主、Chao Boun Oumの所有となっていた。ただし、彼は明らかに鉱業権をフランス企業にリースしていたという。Khamtanh夫人は口を極めて、王国政府が将来の世代や国家のために自然を保護し、資源を手つかずのままで置いておくことを望み、そのためにあまり多くの鉱業権を供与したがらなかったと強調した。彼らは基本的に農村部の土地を商品や資本の一形態とは考えていなかったのだ。

Khamtanh夫人はまた、国内の全ての製材所の監視を行っていた。多少の木材輸出は認可されていたが、相対的には少量の木材のみ輸出可能であったのは、政府が森林資源の枯渇を懸念していたためだと彼女は説明した。林業局(The Department of Forestry)はあらゆる伐採と丸太材輸出の認可を担っていたが、彼女は経済省のために丸太材輸出の検閲を行った。彼女は時折、丸太材輸出を故意に低く見積もる者達に罰金を科した。彼女が言うには、当時は不正行為者に罰金を科す者には、公的な規定に従って、収益の15%が規則違反者処罰の奨励金として分配されたらしい。

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Flag of Lao People’s Revolutionary Party

共産主義革命の後

1975年にパテート・ラーオがラオスを掌握すると、この政府は王国政府時代よりもさらに大がかりな土地の脱金融化に動いた。全ての国土が政府を介して人民に属するものであることが宣言された。この意図は、国家によって資本家たちが農民と比べて極端に広大な土地区画を得るのを防ごうとしたものだった。1970年代後半から1980年代初頭には、短期間の農地集団化が行われたが、この試みは不調に終わり、政府は土地利用を再編し、全ての土地は公式的にはなお国家の管轄下に置かれていたものの、1975年以前と同様に農民が私営で農業を営む事が認められた。 6

1986年に始まるラオス人民民主共和国政府が導入した大規模な(政治ではなく)経済改革は、民間商取引支援のための「新経済メカニズム(“New Economic Mechanism”)」として知られている。これらの改革が徐々に広まり、経済発展を促進する上で国際通貨基金(IMF)や世界銀行、アジア開発銀行(ADB)が推奨した、海外からの投資の増加が促された。 7それでも、これらの改革の導入は段階的であった。政府は依然として、ラオス人に対しても外国人に対しても、大規模な土地コンセッションを発行しようとはしていなかった。

1991年には農業目的の最初の大規模な土地コンセッションが、海外のアジア・テック(Asia Tech)というタイ企業に供与された。この企業はボーラウェン(Bolaven)高原にあるチャンパサック(Champasak)県パクソン(Paksong)郡に16,000ヘクタールのコンセッションを与えられた。アジア・テックは当初、ユーカリを植えて乳牛の育成を試みたが、1995年にアカシアマンギュウム(Acacia mangium)農園の開拓を始めた後、最終的には松の植林に切り替えた。 8この土地コンセッションは、未登録であった農地やその他の土地を失った村人たちに相当な困難をもたらした。そのような土地は、以前は村人たちが林産物を採取したり、家畜を育成したりするのに用いていたものだ。とりわけ、彼らの小規模なコーヒー農園を囲む森林の一帯が奪われてしまった事は大きかった。これらはコーヒーの凍害防止に役立つ重要な土地と見られていたのだ。村人たちがこの土地を登録していなかったのは、実際にはこれが彼らの農業システムの一環であっても、「林地」に税金を支払いたくないためだった。誰かがやって来てこの土地を奪ってしまうなど、村人たちが想像してもみなかった事をラオス政府の支援を受けたアジア・テックが行ったのである。 9

ところが、アジア・テックのパクソン郡での農業経営は上手く行かなかった。この理由としては、政府がボーラウェン高原の豊かな土壌でのユーカリ栽培を認めない事から政策転換をしたこと、さらには技術的な問題や村人たちの反対もあった。ついに、1997年のアジア金融危機にちなんだ経営ひっ迫の結果、アジア・テックはラオスから完全撤退する事となった。 10だが、この土地コンセッションは、王子製紙のカムアン県でのユーカリ農園の植林など、その他の土地コンセッションの認可に端緒を開くものであった。 11

Para rubber plantation in Laos at summer season
Para rubber plantation in Laos.

だが、2003年10月に新土地法が可決されるまでは、海外企業に対する長期の農園開発向けの大規模な土地コンセッションの発行を容易にする制度が正式に導入されることはなかった。 12とりわけ、この新土地法はラオスにおける大規模な天然ゴム開発に発展の契機を与えた。実例としては、2000年代の天然ゴム価格の上昇 13に触発され、2004年6月にベトナム・ラバー・グループ(Vietnam Rubber Group (VRG))が経済代表団にラオスを訪問させている。ラオス政府の代表者たちはどうやら、ベトナム企業による天然ゴム農園の開発に対して50,000から100,000ヘクタ―ルの土地を申し出たらしい。 14事実、この訪問以前の2004年5月10日にも、ラオス中央政府は既にベトナム政府との二国間協定に署名し、ラオスでのベトナム人による天然ゴム投資を支持していた。 15これはベトナムの天然ゴム企業とラオス政府との間の今後の投資協定の基盤となるものだ。また、これは政府が2000年代半ばから支持するようになった「土地資本化(“Turning land into capital”)」政策を始動させるものともなるだろう。 16展開は急で、2008年2月にはラオス政府の計画投資委員会(Committee for Planning and Investment (CPI))が200,000ヘクタールの農業用地のコンセッションが17社に供与された事を報告している。 17これらは主に天然ゴム栽培のためのものである。その他の天然ゴムのコンセッションはそれ以降に成立したもので、アッタプー(Attapeu)県におけるベトナムのホアンアイン・ザライ(Hoang Anh Gia Lao (HAGL))社のものなどがある。 18これらの土地コンセッションについては反対もあるが 19、2000年代半ば以降、農園は劇的に拡大してきた。 20

結論

大規模な土地コンセッションの概念は、ラオスでは比較的新しいものであるが、徐々に取り入れられ、今では過去とはかなり異なっている。過去の政府指導者たちの頭には、土地はナショナリズムや主権と結びついたものであり、総じて土地コンセッションを植民地侵犯とする考えがあった。

だが、2004年に発行され始めた土地コンセッションは、これを国家主権の侵害と見るよりもむしろ、収益を生み、国を発展させるための合法的手段とする考えを標準化するのに大いに役立った。大規模な土地コンセッションは物議を醸しているが、ラオスではこれがある意味、常態となったのだ。

世界的には近年、新自由主義(neoliberalism)が経済政策に重要な変化をもたらしている。 21賠償措置が水力発電の巨大ダムに結びついているとしても、GreenとBairdが論証したように 22、土地やその他の資源の金銭的評価は様々な理由や状況の下で変化し得るものだ。起こりつつある変化を理解する単純な方法など存在しないが、外国人に対する大規模な土地コンセッションの供与は、王国政府時代やラオス人民民主共和国時代の初期には思いつかなかったような手段で、ある程度常態化された。これらの時代には、国家主権の維持には土地の掌握が肝要とされていたが、より近年では、経済発展と財政拡大がより重視されるようになった。従って、海外の投資家に対する土地コンセッションの供与は、経済発展を促す正当な選択肢だとは考えられていない。これは新自由主義の経済アジェンダにとって不可欠な要素となったのだ。この土地と国家主権に対する認識の重大な変化を認める必要がある。なぜなら、この認識が現在の規範が過去のものとは異なる事を、そして今日の現実が不可避ではない事を認める助けとなるからだ。

Ian G. Baird
Associate Professor, Department of Geography, University of Wisconsin-Madison
ibaird@wisc.edu

Bibliography

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Notes:

  1. Kingdom of Laos 1974. Investment Code. Commisariat General au Plan, Vientiane.
  2. Dwyer, M. 2007. Turning land into capital. A review of recent research on land concessions for investment in the Lao PDR. Part 1 and 2, Vientiane.
  3. Kingdom of Laos 1974.
  4. Emel, J.,M.T. Huber, M.H. Makene 2011. Extracting sovereignty: Capital, territory, and gold mining in Tanzania. Political Geography 30: 70-79, pg. 75.
  5. Luangpraseut, Khamchong 1974 (1971). Underutilized Capacity in Laotian Agriculture. Thesis, Warsaw University, Warsaw, pgs. 6 and 9 (translated from Polish to English by Jacques Rossi).
  6.  Evans, G. 2002. A Short History of Laos: The Land in Between. Allen & Unwin.
  7. Phanvilay, Khamla 2010. Livelihoods and land use transition in northern Laos. PhD Dissertation, Geography, University of Hawai’i, Honolulu; Evans 2002
  8. Baird, I.G. 2014. Degraded forest, degraded land, and the development of industrial tree plantations in Laos. Singapore Journal of Tropical Geography 35: 328-344.
  9. Lang, C. 2006. The expansion of industrial tree plantations in Cambodia and Laos, http://chrislang.org/tag/laos/, accessed September 10, 2008; Baird 2014.
  10. Baird 2014; Lang 2006.
  11. Barney, K. 2011. Grounding global forest economies: Resource governance and commodity power in rural Laos. PhD Dissertation, Department of Geography, York University, Toronto.
  12. Government of Laos [GoL] 2003. Land Law. Decree No. 4/NA, 14 October 2003; Baird, I.G. 2010. Land, rubber and people: Rapid agrarian change and responses in southern Laos. Journal of Lao Studies 1(1): 1-47; Dwyer 2007.
  13. Ziegler, A.D., J.M. Fox and J. Xu 2009. The Rubber Juggernaut. Science 324: 1024-5.
  14. Lang 2006.
  15. Obein, F. 2007. Industrial rubber plantation of the Viet-Lao Rubber Company, Bachiang District, Champasack Province: Assessment of the environmental and social impacts created by the VLRC Industrial Rubber Plantation and proposed environmental and social plans. Produced for Agence Francaise de Développement, Earth Systems Lao, 93 pp.
  16. Baird, I.G. 2011. Turning land into capital, turning people into labour: Primitive accumulation and the arrival of large-scale economic land concessions in Laos. New Proposals: Journal of Marxism and Interdisciplinary Inquiry 5(1): 10-26; Kenney-Lazar, M., M. Dwyer and C. Hett 2018. Turning land into capital:  Assessing a decade of policy in practice. A report commissioned by the Land Issues Working Group, Vientiane.
  17. Baird 2010.
  18. Baird, I.G. and J. Fox 2015. How land concessions affect places elsewhere: Telecoupling, political ecology, and large-scale plantations in southern Laos and northeastern Cambodia. Land4(2): 436-453.
  19. Baird, I.G. 2017. Resistance and contingent contestations to large-scale land concessions in southern Laos and northeastern Cambodia. Land 6(16): 1-19; Baird 2010; Baird and Fox 2015.
  20. Ozdogan, M., I.G. Baird and M. Dwyer 2018. The role of remote sensing for understanding large-scale rubber concession expansion in southern Laos. Land 7(2): 55-74.
  21. Harvey, D. 2005. A Brief History of Neoliberalism. Oxford University Press, Oxford and New York.
  22.  Green, W.N. and I.G. Baird 2016. Capitalizing on compensation: Hydropower resettlement and the commodification and decommodification of nature-society relations in southern Laos. Annals of the American Association of Geographers 106(4): 853-873

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