Patani-Politics- Faces-of the-2019-Election Campaign DuncanMcCargo-KRSEA
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Politik Patani: Ragam Wajah Kampanye Pemilu 2019

Ini belum pernah terjadi sebelumnya: seluruh anggota parlemen dari Pattani, Yala, dan Narathiwat yang dipilih dalam pemilihan umum Thailand 24 Maret 2019 adalah Muslim Melayu. Ujung Selatan Thailand, dibayangi oleh gerilya yang telah menewaskan lebih […]

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Issue 28

การเมืองปาตานี: หลายโฉมหน้าในการเลือกตั้ง 2562

เรื่องแบบนี้ไม่เคยเกิดขึ้นมาก่อน  นั่นคือ สมาชิกสภาผู้แทนราษฎรจากจังหวัดปัตตานี ยะลาและนราธิวาสในการเลือกตั้งทั่วไปของประเทศไทยเมื่อวันที่ 24 มีนาคม 2562 เป็นชาวมลายูมุสลิมทั้งหมด  พื้นที่ชายแดนภาคใต้ของประเทศไทยตกอยู่ในเงาทะมื่นของการก่อความไม่สงบที่สูญเสียกว่า 7000 ชีวิตตลอด 16 ปีที่ผ่านมา  นี่เป็นพื้นที่ที่มีบรรยากาศทางการเมืองเฉพาะถิ่นในแบบของตัวเอง ในช่วงหลายทศวรรษก่อนหน้านี้ ภูมิภาคอันมีชาวมุสลิมเป็นประชากรหลักกลับมีผู้แทนในรัฐสภาส่วนใหญ่เป็นชาวพุทธ  สมาชิกสภาผู้แทนราษฎรของประเทศไทยที่เป็นคนมลายูมุสลิมมักประสบอุปสรรคยากลำบาก  รัฐมักมีทัศนะไม่ไว้วางใจพวกเขา หรือถึงขั้นระแวงแคลงใจว่าพวกเขามีส่วนพัวพันกับความรุนแรง  แต่ในขณะเดียวกัน พวกเขาก็ถูกมองว่าเป็นคนทรยศต่อความเป็นมลายูในสายตาของสมาชิกชุมชนมลายูมุสลิมบางส่วนด้วย ผู้มีสิทธิ์ลงคะแนนเสียงชาวมลายูมุสลิมในภาคใต้ตอนล่างมีลักษณะแตกต่างจากผู้มีสิทธิ์ลงคะแนนเสียงในภาคใต้ตอนบน  ในขณะที่พรรคประชาธิปัตย์ครองใจภาคใต้ตอนบนมายาวนาน ส่วนคะแนนเสียงของภาคใต้ตอนล่างนั้นเอาแน่เอานอนไม่ได้  จากที่นั่งในรัฐสภา 11 ที่นั่งของสามจังหวัดชายแดนภาคใต้ ผู้ชนะ 9 คนมาจากพรรคที่เพิ่งตั้งใหม่หมาดในการเลือกตั้ง 2562  และมีแค่สามที่นั่งที่เป็นอดีต ส.ส. จากรัฐบาลชุดที่แล้ว ในการเลือกตั้งปี […]

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Issue 28

パッタニ政治…2019年選挙運動の顔ぶれ

2019年3月24日タイの選挙において、パッタニ、ヤラー、ナラティワートから選出された国会議員全員がマレー系ムスリムであったが、これは前代未聞のことだ。この16年間で7千名以上の命を奪った反政府暴動が暗い影を落とすタイ深南部には、この地域独特の政治情勢の機微がある。数十年前、ムスリムが大半を占めるこの地域の国会代表を務めていたのは、主に仏教徒だ。タイ下院のマレー系ムスリム議員たちの置かれた状況は複雑で、当局からは暴力行為と関係しているのでは、という疑惑の目を向けられ、自分たちのコミュニテイーの一部の者達からは、マレー人アイデンティティに対する裏切り者と見なされている。 長年、民主党が第一党である北寄り南部の有権者とは違い、南寄り南部のマレー系ムスリムの有権者はひどく気まぐれだ。この三県の国会議席11席のうち、9席は2019年に真新しい政党が獲得し、前国会議員が獲得したのは、わずか3席だ。民主党は、2011年に11議席中の10席を獲得したが、2019年に確保した選挙区はパッタニ第一区(Pattani District 1)の一つだけだ。この地域で最大の勝者となったのは、新党、プラチャーチャート(Prachachat)で、元下院議長のワン・ムハマド・ヌール・マタ(Wan Muhamad Noor Matha)(アカ・ワン・ノル/aka Wan Nor)が率いるこの党は、三県各県に2議席ずつ、6議席を獲得した。残りの3議席を獲得したのは、新党、国民国家の力党(Palang Pracharat)で、彼らは2014年5月のクーデターで権力を掌握した軍事政権と密接な協力関係にある。パッタニ第二区の小選挙区議席を獲得したのは、実用主義のプームジャイタイ党(Bhumjai Thai Party)で、彼らは2011年にも別のパッタニ議席を獲得していた。選挙区の11議席とは別に、他にも3名のマレー系ムスリムが比例による議席を確保した。プラチャーチャート党の党首、ワン・ノル(Wan Nor)と、プームジャイタイ党のペダウ・トーミーナ(Pechdau Tohmeena)、そして新未来党(Future Forward)のニラマン・スレイマン(Niraman Sulaiman)だ。一体何が起きたのだろうか? ****** ワン・ノルは謎めいた人物だ。彼は深南部から現れた政治家としては飛びぬけて成功した人で、以前は多くの国家の要職に就いていたが、その語り口は穏やかで、無口で、極度の引っ込み思案だ。独身のワン・ノルは、ヤラーの豪邸に一人住まいで、滅多にインタビューには応じず、著者のインタビューには一度も応じていない。ワン・ノルが1986年にデン・トーミーナ(Den Tohmeena)らと共に、ワダー(Wadah/「統一」)という政治派閥を設立したのは、タイ国会でマレー系ムスリムの利益を増進するための組織的な試みであった。ワダーは機会と利益を求め、党から党を渡り歩き、チャワリット・ヨンチャイユット(Chavalit Yongchaiyudh)の新希望党(New Aspiration Party)や、後にはタクシン・シナワットのタイ愛国党(Thai Rak Thai)の庇護の下で成長した。1995年から2005年の歴代政権の下、ワン・ノルはタイ政府にとって、この地域の重鎮であったし、その功績には十分な報酬が与えられた。 ワン・ノルの破滅は、2004年10月25日の恐ろしい夜に生じた。この日、千人以上の非武装のデモ参加者がタクバイ(Tak Bai)で一斉に逮捕され、軍用トラックに乗せられてパッタニ陸軍基地に運ばれた。この移送中に78名の男性が窒息死した。当時、内務大臣を務めていたにもかかわらず、ワン・ノルには人命損失を防ぐ力が無かった。有権者たちはタクシン政権の手荒な公安警察を非難し、ワダーの選挙区の全議員が2005年選挙で議席を失った。プラチャーチャート党は、14年間野党となっていたワダーの再起をかけた最新の試みであった。 だが妙な事に、プラチャーチャートの結党を発案したのはワン・ノルではなく、仏教徒で元警視監のタウィー・ソドソン(Tawee Sodsong)である。タウィーは以前、南部国境県行政センター(the Southern Border Provinces Administrative Centre)長官を務め、当時も地域を変えるための個人的使命を持っていた。ワン・ノルは当初、党首となる事を辞退し、選挙遊説もほとんど欠席していた。著者がパッタニでのプラチャーチャート党大規模決起集会で彼に会った時は、妙にぼんやりした様子だった。 プラチャーチャートは見事に6選挙区を確保したが、ライバル同士の反目によって助けられていた。元民主党員の一部はステープ・トゥアクスパン(Suthep Thuagsuban)の離脱組、タイ行動連盟(Action […]