中国の言いなり:判断を誤ったタイの外交政策

Peera Charoenvattananukul

脅威はどちらか?

 タイ外交政策の専門家が国際情勢の動向を論じる際に、常に脚光を浴びる問題がある。当然、その一つは米中の、世界ではないにせよ、アジアでの覇権争いに対するタイの姿勢だ。近年、米国が中東での役割を徐々に縮小しつつある事実を考慮すると、おそらく、米国の次なる大規模戦略はアジアが中心となるだろう。これには実際、米国のドナルド・トランプ前大統領がインド・太平洋戦略を打ち出した例もある。それと同様に、米国のジョー・バイデン現大統領もアジアに対する関心を度々示している。

このような世界情勢について、タイのアナリストは常に推測を行っており、おかげでタイの官僚は最良の外交シナリオを追求する事ができる。しばしば、中国か米国かの二択を前に、タイ政府に提言されるのは、両大国とのバランスの取れた関係を保つ努力だ。この確信の背後には、タイ外交官の間で広く知られた古いことわざ、「昨日の友は今日の敵」がある。

この論文の助言には、他に例が無いかも知れないが、米中対立の時代に、タイがいずれか一方を選ぶ必要があると主張する。そこで、タイの安全保障や地位、そして自由民主主義の価値観にとり、明らかな脅威はアメリカではなく、中国である事を示す。まず、記事の冒頭では、米中いずれがタイにとって一層の脅威なのかを判断する基準を明確に示し、その後、2020年から2021年までの動向を論じる。

Map indicating locations of China and Thailand. Wikipedia Commons

間近に迫る脅威

タイにとって、どちらの大国が明白な脅威かを見極めるには、スティ―ヴン・M・ウォルト(Stephen M. Walt)が30年前に提唱した理論を見直す必要がある。ウォルトは、いわゆる「脅威均衡論(balance of threat theory)」と呼ばれる理論において鋭い指摘をした。それは、ある国家が大国と対峙する際、脅威に対して均衡を図る傾向があるというものだ。また、これと関連して、大国の中には他国より大きな力を蓄えながら、必ずしも他国の脅威にならない国もある。そこで、ウォルトは、国家の安全保障に対する潜在的な脅威の根源を特定する4つの要因を提示した。 1 すなわち、(1)「集積された国力(人口、面積、経済力、技術的な進歩具合などの総合的な国力)」、(2)「攻撃能力」、(3)「地理的近接性」、(4)「攻撃の意図」だ。

まず、米国と中国が1つ目と2つ目の要因に等しく当てはまる(両国は集積された国力に加え、核兵器などの攻撃的軍事力も保有する)事は極めて明白だ。ところが、3つ目と4つ目の要因から、米中いずれがタイの潜在的脅威かを判断するとなると、かなり難しい。だが、まずは地理的近接性という要因から、タイの安全保障にとって米国よりも中国が大きな脅威となり得ることが分かる。これはかなり理に適った判断だろう。そもそも、北米地域の国家が、なぜ東南アジアの安全保障上の脅威となるのか。仮に、米国がアジア諸国を脅かすとしても、アメリカ軍が同地域から撤退する以外に最悪のシナリオなどあるのだろうか?

それどころか、米軍の存在がアジアに無ければ、中国を際限なく拡大させる事になるだろう。例えば、2021年10月にバイデン大統領は、中国が台湾への侵攻を決定すれば、米国は台湾を守ると固く約束した。 2 バイデンがこのように確約した理由には、中国が台湾の武力統一に向けた挑発を繰り返したことと、自国の主権に対する台湾の祭英文総統の頑なな姿勢があった。これに加え、アメリカ政府が南シナ海の航行の自由を守ると保証した事で、中国による東アジアの重要なシーレーン(海上輸送路)の封鎖は阻止された。

ところが、タイの一部の政治家や極右支持者は、米国よりも中国との関係を重視していた。これに対し、政治学が専門のカシアン・テジャピラ(Kasian Tejapira)教授は、このような中国を重視する右傾化には、次の四つのイデオロギーのいずれかの特徴があると考える。すなわち、「反欧米的ナショナリズム」、「中国を中心としたグローバリズム」、「あからさまで追従的な日和見主義」と「浅はかな物まねの権威主義」だ。 3 事実、タイのプラユット・チャンオチャ首相までもが、タイム誌に対し、中国はタイの「一番のパートナーだ」と言明している。 4 だが、中国をごく身近な潜在的脅威と認識せずに、中国寄りの姿勢を強める事は短絡的なだけでなく、タイの長期的な外交政策にとって危険でもある。

それに、歴史的に見ても、タイにとっての脅威は米国よりも中国本土なのだ。例えば、近代以前、タイ(あるいはシャム)は中国との属国関係に置かれていた。それに、大戦間期には、中国移民の問題がタイ当局の悩みの種であった。また、1950年から1975年にかけての中国による共産主義の輸出政策は、冷戦期のタイの国家体制に重大な危機をもたらした。一方で、米国については、米軍の存在が共産主義に対する防壁となった。このため、リチャード・ニクソンが東南アジアから米軍を撤退させると、タイの安全が危機にさらされた。つまり、タイと東南アジア地域に安定をもたらしたのは中国ではなく、タイ国内での米国の影響力だったのだ。確かに、1997年のアジア金融危機の際に米国がタイに同情的でなかったのは事実だ。当時、アメリカは遠くの知人にすぎず、その関心はどこか別のところにあった。このタイと米国の間の地政学的な距離ゆえに、米国はタイの脅威にはなり得ないだろう。

さて、現在も続く地理的対立の一つで、今後、高まる可能性があるのが、メコン川の干ばつをめぐる対立だ。この干ばつは、メコン川上流に建設された中国の11のダムが引き起こしたものだ。これについて、中国当局は、乾季の水不足は11のダムのせいではないと繰り返し否定する。だが、ある研究の指摘によると、中国のダムがメコン川下流の水事情を悪化させている。 5 これに関し、タイ側では活動家による運動がいくつか行われているが、タイ政府が実質的な協議によって中国政府に圧力をかけ、問題解決を図る様子はない。

地理というのは変えられないものであり、国家間の関係を築く基礎となる。従って、隣国が良い国であっても、その国が敵意を抱くと悪夢をもたらす。逆に、悪い国でも遠く離れていれば、腹は立つにせよ、その国によって常に苛まれることはないだろう。この観点から、タイは中国を米国以上の脅威として認識する必要がある。

The Mekong river running through the Thailand and Loas border.

基本理念への脅威

1990年代以降、中国は常に他国への内政不干渉政策を誇ってきた。だが、近年の出来事に照らしてみると、この内政不干渉神話を維持するのは次第に困難となるだろう。

2020年の初頭以降、タイも他の全ての国と同様に、新型コロナの流行による影響を受けた。だが、パンデミックの厳しい状況にもひるまず、反政府デモ隊は街頭デモを繰り広げ、タイのプラユット・チャンオチャ首相の辞任を要求した。若者が主導するこれらの運動の主な目的は、タイの政治体制の大規模な民主主義改革の要求だった。この民主化運動の一部の戦略は、黄之鋒(ジョシュア・ウォン)が率いた事で知られる香港のデモに着想を得ていた。つまり、これらの運動は、ゆるやかに結ばれた「ミルクティ―同盟」と呼ばれる連携の一部だったのだ。このオンライン上のつながりは、反権威主義の運動に携わる香港や台湾、タイのネット市民によって構成されていた。

これに対し、一部の中国メディアは、この民主主義的な動きを問題視した。例えば、中国政府の公認紙、グローバル・タイムズ(Global Times)は、タイの民主化運動と「アメリカには、何らかの関わりがある」と告発する記事を掲載した。 6 また、同様の報道に、身元不明の欧米人数名がタイ人学生に指示し、舞台やバリケードを築かせたとする虚偽の訴えもあった。この記事の著者は、反政府デモの参加者が「アメリカなど、西側諸国と結託し」、タイを欧米の代理人に支配させようとしていると説明した。 7

中国の干渉を示す確かな証拠は無いが、中国はタイの民主化運動を好ましく思ってはいない。一方、2014年のクーデターで、プラユットが政権を握って以来、中泰関係はこれまでになく親密となり、タイと中国の武器取引も驚くべきペースで増加している。専門家の指摘によると、タイでは武器の予備部品やメンテナンスが中国頼みとなるため、中国からの武器の販売量は、タイ国軍内での影響力に反映される。 8従って、軍の影響下にあるプラユット政権が親中的であれば、タイの権威主義に挑む民主化運動も国内の中国勢力にとっては脅威となる。

さらに、コロナ・ワクチンに関するタイの政策からも、中国が民主的価値観をゆがめている可能性が証明できる。2021年の初頭、タイの疑似民主主義政権は、オックスフォード・アストラゼネカと中国シノバック製のワクチンを執拗に入手した。ところが、この中国製ワクチンに対し、特に民主主義支持派などのタイ国民は良い印象を抱いていなかった。 9 また、2021年の第2四半期には、ファイザーおよび、モデルナ製のワクチン輸入が異常に遅れる一方で、タイでのシノバック製ワクチンの量は3千万回分以上に膨れ上がっていた。このため、タイの野党や民主主義支持派の人々は、タイ政府と中国政府とのワクチン取引をめぐる癒着を疑った。

後に、2021年9月の国会討論では、タイの首相と保健相、国会議長が野党側に警告を発した。いわく、北京政府との二国間関係を損なわぬよう、シノバックを無効だと論じるのは控えるように、という事だ。 10 これは信じがたいほど冒涜的な出来事だ。というのも、タイ国民議会は、タイ国民の利益と安全を代弁する存在のはずなのだ。大体、これまでに極右政治家が米国に責任転嫁をしても、規制された試しは一度もない。ならば、批評家がシノバック取引を失敗だと主張することに、一体何の問題があるというのか?考えられる唯一の理由は、プラユット政権が中国政府を米国以上に恐ろしい存在となる可能性があると認識していたためだ。だからこそ、北京政府と安定した関係を保ち、シノバックを批判する人間を抑えつける事がプラユットの最重要課題だったのだ。

Chinese foreign ministry spokesman Zhao Lijian. The foreign ministry is one of many Chinese government organs increasingly employing aggressive diplomacy tactics, including misinformation and propaganda. Wikipedia Commons

さらに、中国がソーシャルメディア上で展開した外交は、一部の人々が「戦狼外交」と呼ぶようなものだった。一般に「狼の戦士」とも呼ばれる中国人外交官は、自身のあらゆるソーシャルメディアの手段を通じ、好戦的で攻撃的な言葉を積極的に拡散させてきた。例えば、「バンコク中国大使館」のFacebookページでは、中国公使が中傷キャンペーンを展開し、アメリカがパンデミック発生の背後に潜む犯人だと主張した。 11 また、シノバックを敬遠する動きに対し、中国大使館は9月3日にFacebookアカウント上で、シノバック製ワクチンの効力を酷評する者は、中泰関係を損ねる可能性があると発表した。この状況をさらに悪化させたのは、バンコク・ポスト(Bangkok Post)紙上に中国が出資したと思われる記事が掲載された事だ。同記事は、米国が「ウイルス起源」説を捏造したと非難するもので、同様の記事がタイの中国大使館のウェブサイトにも掲載された。 12

表面上、タイにおける中国の戦狼戦略は米国に対する闘いだったが、この闘い自体はタイの国土上で起きたものだ。そもそも、海外で暮らす外国人外交官は、昔から配属先の国の主権を尊重してきた。それなのに、この確立されたしきたりに反し、中国の「狼の戦士」は、タイを自分たちの戦場に指定したのだ。だが、もっと悪いのは、タイが中国の不敵な策略に何の反応も示さなかった事だ。現に、タイ外務省が中国大使館に警告し、不快な物言いを抑えるよう促す様子は一切報じられなかった。

どのように脅威と向き合うか?

以上の分析から、中国が米国を上回る脅威になると考えて、ほぼ間違いないだろう。ただし、中国を最大の脅威と認識する事と、国交の断絶は同じ事ではない。つまり、タイ政府は両国とのバランスを保つため、米国政府に働きかけ、米国を三国間の駆け引きに関与させる必要がある。

最近の東南アジア地域の動向には、アメリカの今後のターゲットがアジアになる事が示されている。2021年9月、バイデン大統領は、一般に「AUKUS」として知られる米英豪3国間の安全保障協定に署名した。この歴史的な連携で、アメリカは、オーストラリアが原子力潜水艦を入手するための支援を行う。また、2021年3月には、4カ国戦略対話(the Quadrilateral Security Dialogue: QUAD)の主旨が、加盟国である日米豪印4カ国によって一新された。このAUKUSとQUADという二つのイニシアティブは、いずれも中国のアジア太平洋地域での侵犯行為に対抗するために構築された。ここでタイが選ぶべき道は、アメリカ寄りの姿勢を取り、東南アジアに均衡を生み出すことだ。

外交政策を考える際、現実主義者にとって、中国は地理的近接性ゆえにタイの安全保障上の絶対的脅威となる。あるいは、自由主義者にしても、タイ国内の中国勢力は、あらゆる民主化運動が掲げる基本的価値観にとって一層危険な存在となるのだ。

Peera Charoenvattananukul
Peera Charoenvattananukul is Lecturer in international affairs, Faculty of Political Science, Thammasat University

Notes:

  1. Stephen M. Walt, “Alliance Formation and the Balance of World Power,” International Security Vol.9, No.4 (1985): 3-43.
  2. Stephen McDonell, “Biden says US will defend Taiwan if China attacks,” BBC, October 22, 2021, https://www.bbc.com/news/world-asia-59005300.
  3. Kasian Tejapira, “The Sino-Thais’ right turn towards China,” Critical Asian Studies Vol.49, No.4 (2017): 606-618.
  4. Charlie Campbell, “Exclusive: Thailand PM Prayuth Chan-ocha on Turning to China over the US,” Time, June 21, 2018, https://time.com/5318224/exclusive-prime-minister-prayuth-chan-ocha-thailand-interview/.
  5. The Economist, “The Shrinking Mekong: South-East Asia’s Biggest River is Drying Up,” The Economist, May 16, 2020, https://www.economist.com/asia/2020/05/14/south-east-asias-biggest-river-is-drying-up.
  6. Yang Sheng, “HK rioters criticized for meddling in Thai protests,” Global Times, October 20, 2020, https://www.globaltimes.cn/content/1204125.shtml.
  7. Yu Qun, “Behind-scenes funding of Thailand protests show invisible Western hands,” Global Times, October 21, 2020, https://www.globaltimes.cn/content/1204212.shtml.
  8. Ian Storey, “Will the Covid-19 Crisis Affect Thai-China Defence Cooperation?,” Institute of Southeast Asian Studies, May 29,2020, https://www.iseas.edu.sg/media/commentaries/will-the-covid-19-crisis-affect-thai-china-defence-cooperation/.
  9. Khairulanwar Zaini and Hoang Thi Ha, “Understanding the Selective Hesitancy towards Chinese Vaccines in Southeast Asia,” Institute of Southeast Asian Studies, September 1, 2021, https://www.iseas.edu.sg/articles-commentaries/iseas-perspective/2021-115-understanding-the-selective-hesitancy-towards-chinese-vaccines-in-southeast-asia-by-khairulanwar-zaini-and-hoang-thi-ha/.
  10. Aekarach Sattaburuth, “Prayuth defends govt virus crisis handling,” Bangkok Post, August 31, 2021, https://www.bangkokpost.com/thailand/politics/2173619/censure-debate-kicks-off.
  11. Chinese Embassy Bangkok Facebook page on August 23, 2021.
  12. Bangkok Post, “The US ‘Assessment on Covid-19 Origins’ Infected by the Political Virus is No Way Credible,” Bangkok Post, August 30, 2021, https://www.bangkokpost.com/business/2173487/the-us-assessment-on-covid-19-origins-infected-by-the-political-virus-is-in-no-way-credible.; See also Spokesperson of the Chinese Embassy in Thailand, “The US ‘Assessment on Covid-19 Origins’ Infected by the Political Virus is No Way Credible,” Embassy of the People’s Republic of China in the Kingdom of Thailand, August 30, 2021, http://www.chinaembassy.or.th/eng/gdxw/t1903063.htm.