ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の任期終了に伴い、フィリピンは、次期大統領がどのような外交政策を推進するかという不透明感を抱えている。おおよその傾向として、フィリピンの外交政策や対外行動には、新政権が誕生する度に何らかの調整が加えられる。これは、大統領となる人が、それぞれに独自の方向性を持って大統領の座に就くからだ。まず、外交政策や国際情勢への対応の基本には、各大統領の国益に対する認識や推進方法があり、それに基づいて各種の調整が行われる。だが、次期大統領は国益を推進するにあたり、地政学上の課題と向き合い、ドゥテルテの物議を醸す政策にも対処する必要がある。これが、今後のフィリピンの外交政策に重大な影響をもたらすだろう。 フィリピンの大統領と外交政策 しばしば、フィリピンの大統領は外交政策の立案者の長と呼ばれる。憲法が定める権限を持つ大統領には、幅広い政治的自由裁量があり、他国や国際組織との関係の中で国益を守るため、決然とした行動をとる事ができる。また、大統領は優先事項を見直し、「ある程度の構造的制約を受けつつも、国際社会での論調や方針について指図し、望みとあらば、一部の国と個人的な外交を行うこともできる」(Baviera 2015)。つまり、フィリピンの大統領は、国家の外交政策にその人個人の独自色を活かす事ができるのだ。実際、フィリピンの国際情勢や対外関係に関する判断は、その多くが大統領府の評価に基づいている。この例として、アロヨ外交政策(2001-2010)や、アキノ外交政策(2010-2016)などがある。 このように、フィリピンの政治文化がパーソナリティを基調としている事から、この国の外交政策は大統領個人の独自性を際立たせる傾向がある。これが特に明らかなのは、指導者が交代する時期(一人の大統領の任期にあたる6年ごと)だ。というのも、大統領となる人には、それぞれに独自の方向性があり、これに従って国家の外交政策が調整されるからだ。それに、前任者と全く違う政策変更を実施すれば、大統領の個性はさらに明白となる。連続する二人の大統領の個性や、ものの見方が大きく違えば違うほど、フィリピンの外交政策の変化も極端なものになるし、その逆も同じだ。例えば、アキノの協調的な性格や倫理的な世界観は、リベラルで制度主義的(institutionalist)な外交政策を促進した。これに対し、全く対照的なドゥテルテの強引な性格と社会主義的な世界観は、フィリピンに現実主義的で独立的な外交政策をもたらした。 外交政策における国益 だが、指導者の交代を前に、次期政権の性格や、これがどのような外交政策を推進するかを予測するのは困難だ。なぜならば、2022年5月の選挙で誰が勝利するのか、まだ分からないからだ。しかし、この予測を行うには、まずドゥテルテの外交政策を評価し、彼の後任者の政策に違い(や類似点)が生じるかどうかを見極める必要がある。そうすれば、これが新旧大統領の外交政策を比較するためのコンテキストを示す背景となり、出発点となるだろう。 また、次期大統領が国益推進のために外交政策で考慮するべき、今後の様々な取り組みや課題を見極める事も重要だ。これには、中国が洋上の脅威となる中で米国との連携を育み、フィリピンの安全保障上の利益を守ることや、中国や米国との経済的利益の推進、そして両大国の対立の中で両国との二国間関係のバランスを保つことなどがある。また、次期政権のもう一つの重要課題として、ドゥテルテの外交政策上の言動がもたらした影響への対応もある。前大統領の言動は、フィリピンにおける民主主義の原則や人権擁護を損ねたのだ。 米・中とフィリピンの関係 フィリピンの領有権や海洋上の権利は、西フィリピン海(訳注:南シナ海)での中国海軍による執拗な脅しにより、危機にさらされている。近年、中国の「九段線」内での海洋進出活動は、ますます挑戦的になり、止まるところを知らない。これに対し、2016年にフィリピンの仲裁裁定は違法を宣言したが、中国はお構いなしだ。ところが、ドゥテルテ政権は中国に対して宥和政策を推進し、法廷でのフィリピンの勝利を顧みず、中国の違法な海洋活動の重大性を軽視した。だが、それと引き換えに、大統領は中国から240億米ドルの融資やクレジット、投資の約束を取り付け、自身の「ビルド・ビルド・ビルド(Build, Build, Build)」計画の資金とした。しかし、約束された投資は、まだほとんど実現しておらず、計画は滞るか、棚上げされたまま、西フィリピン海では中国による侵犯行為や不法行為が続いていた。こうした動きを踏まえると、次期政権の外交政策は、中国の海洋の脅威から戦略的に国を守りつつ、中国との依存関係に起因したフィリピンの経済的利益が大きく損なわれる事態を回避すると見られる。 また、ドゥテルテ政権期には、フィリピンと米国の軍事同盟も政治的混乱に見舞われた。つまり、喧伝された、ドゥテルテの「独立」外交政策が、フィリピンを米国頼みの安全保障から脱却する方向へ向かわせたのだ。この基になったのが、アメリカによる植民地支配への従属という、ドゥテルテが長年抱いていた認識だ。この結果、ドゥテルテは共同軍事演習の規模を縮小させ、2020年2月には訪問軍地位協定(the Visiting Forces Agreement: VFA)を廃止すると脅した。ただし、最終的に、ドゥテルテはこの協定を2021年7月に復活させている。したがって、この次のフィリピンの政権交代は、米国との同盟関係を回復する良い機会でもある。まず、懸念される中国の海洋活動に対しては、次期政権は、1951年米比相互防衛条約(the 1951 Mutual Defense Treaty)に基づく米国の防衛義務を活用できるだろう。また、米国の支援については、自国の許容できる範囲を定めればよい。そうすれば、これが均衡をもたらす力となり、フィリピンの中国に対する軍事的脆弱性が緩和される可能性がある。 また、安全保障上の協力関係以外でも、フィリピンは米国との経済関係を深める事ができる。2021年に、米国はフィリピンにとって(中国に次ぐ)世界第二の輸出市場であり、(中国、日本に次ぐ)世界第六の輸入先でもあった。 このように、政治・経済の両面で長年の関係があるにもかかわらず、フィリピンは未だに米国とFTAを結んでいない。これまで、ドゥテルテは、米国よりも中国の貿易と投資を優先してきたが、次期大統領はこれを考え直す必要がある。 さらに、フィリピンは今後、米中間の大国対立の高まりにも対処しなければならない。このためには、両国のうち一方を他方より優遇するのではなく、両国と等しい距離を保った関係を促進していく必要がある。 フィリピンの元外交官、レティシア・ラモス‐シャハニ(Leticia Ramos-Shahani)は、この方法について次のように語る。「これは一見すると貧しい、我が国のような国が、米国のような強大な大国に乞食のように依存する状況を終わらせ、中国のような超大国の横暴に対する、身のすくむ恐怖を軽減する唯一の方法だ」。 フィリピンは新たな大統領の下で、米中両国との安全保障上・経済上の利益を巧みに推進して行かなければならない。米国と中国は等しく重要な国であり、互いに排除し合う関係ではないのだ。要するに、「それぞれの大国から得られる最大の利益を得ると同時に、長期的リスクの相殺に努める」ということだ。 President-elect Duterte (left) and outgoing President Benigno Aquino […]