1990年代には、相当数のベトナム人の既婚女性が配偶者と共に台湾へ移住した。だが、経験的証拠から判断すると、現在、ベトナム人・台湾人夫婦間で、ベトナムのホーチミン市に住む動きが高まっている。この論文では、多文化家庭に実施した33件のインタビューの調査結果を文化的変数(cultural variables)と合理的選択(rational choice)の手法を用いて紹介する。ここでは、女性12名、夫10名、子供11名の体験談を取り上げ、家庭内のダイナミズムの様々な側面や、国籍、市民権について検討する。2本組の記事の1本目である本稿では、主な研究成果のみを論じ、インタビューの成果の詳細については2本目の記事で紹介する。 調査の結果、ホーチミン市の多文化家庭は、主に、愛情や、円満な共同生活を求める気持ちに動機づけられた自発的決断に基づいて成立している。また、この結果には、家庭内活動の言語的・文化的習慣に対する強い共感や調和、適応力も表れていた。通常、法的に承認された多文化世帯生まれの子供には、二重国籍獲得の機会がある。だが、市民権に対する理解度は、個々の事例の特殊な状況や背景によって異なる。また、ベトナムに暮らすベトナム市民の外国人配偶者は、居住資格に関する問題など、いくつかの不都合にも直面する はじめに 多文化主義の現象や、多文化家庭の出現は避けられぬものであり、グローバル化の結果でもある。現に、アメリカでは、2000年から2050年にかけ、国内の多文化世帯が213%増加し、そのうち8%はアジア系アメリカ人になる事が予測されていた(Kim, 2022)。この他、韓国や台湾、シンガポールもグローバル化の最前線で、多文化家庭が増加している。実際、韓国では、国の総人口の2.1%、合計109万人が多文化世帯の一員だ(Lee, 2021)。また、台湾では、国家人口における東南アジア出身の既婚移民女性の割合は約2.4%にのぼる(Wu, 2023)。ここで、注目に値するのは国際結婚が占める割合の大きさで、国際移住機構(IOM/ the International Organization for Migration)の報告では、2015年の韓国、台湾、シンガポールでの総婚姻件数の10%から39%が国際結婚だった(Ahn, 2022)。 なお、台湾では、2022年に11万3,000人のベトナム人女性が結婚によって同国に入国し(Wu, 2023)、台湾における外国人花嫁の数では、ベトナム人が2位を占めた。このため、ここ数年間の学術研究は、台湾人との結婚後、台湾人配偶者に従って台湾に移住したベトナム人女性をテーマとしたものが多い。 また、近年では、ベトナム人のいる多文化家庭が仕事や結婚、長期居住を理由に、ベトナムへ移住する傾向が個人の間で認められる(Ha et al., 2021)。こうして、ホーチミン市は、台湾・ベトナム家庭の移住の中心地となった。では、その理由とは何か?まず、ホーチミン市は、多くの台湾企業に非常に人気のある渡航先で、相当数の台湾人労働者が流入している。また、この街にはインターナショナルスクールもあり、台湾人の人口密度も高く、相互扶助が可能な土地でもあるため、多くの台湾人・ベトナム人家庭がホーチミン市への定住を選択している。 この導入部の研究では、文化的変数と合理的選択の手法を用い、ベトナム人・台湾人の多文化世帯に関する情報の見直しに取り組む。以下は、ここで論じる最も重要な問いだ。(1)ホーチミン市内のベトナム人・台湾人の多文化世帯の規模と、その主な住居はどのようなものか?(2)ベトナム人・台湾人の多文化家庭での言語やコミュニケーション、食生活などを中心とする日常生活に影響を与える要素は何か?(3)これらの家庭では、どのように文化的差異に対処し、これを解消しているか?(4)ベトナムに住む多文化家庭の生活に、国籍や市民権はどのような影響を与えているか?このジャーナルには、各記事に長さの制限があるため、ここでは、研究を2本の記事に分けて紹介する。 まず、研究するにあたり、次のような仮説を立てた。(1)これらの家族の居住地は、仕事の都合や、子供たちの学校、生活環境に基づいて選択される。(2)妻の出身都市で暮らし、そこで仕事の進展を追求するという決断により、夫は、居住環境や、文化的同化、可能な活動に関し、より多くの不都合に直面する。一方、因習的なジェンダー規範を忠実に守る妻の負担は軽減されるか、無くなる。(3)ベトナム人と台湾人の間には、言語的な相違点と、多くの文化的共通点が見られる。このため、ベトナム人・台湾人の多文化家庭では、コミュニケーションや食習慣に関し、何らかの困難に遭遇する可能性もある。ただし、これらの問題が深刻な口論に発展する可能性は低い。(4)文化的差異は、理解や協力を育み、互いの文化的影響を明確にする事で、あるいは、夫婦間のロマンティックな関係の中で次第に育まれる調和によって徐々に解消する。(5)多文化夫婦は、配偶者の出身地に住む事で、まずは市民権の利点を享受すると思われる。また、ベトナム在住の外国人配偶者に対する居住政策は、彼らのベトナム国内での生活や家族に多大な影響を与える。 この研究には、実用的にも、学術的にも、貢献できる点がいくつかある。まず、ここでは、結婚による移住という現象を焦点とし、主に、「(入国)移住(immigration)」よりも、「(出国)移住(emigration)」の国として知られるベトナムに定住しようとする人々の決意を分析する。 以下では、この論文の主な研究成果を紹介する。 台湾人とベトナム人のインターマリッジを促す要素 1989年以降、台湾とベトナムの経済関係は、社会的関係に先立つ基盤として存在してきた(Wang & Bélanger, 2008)。1995年から2005年7月にかけ、8万9,085人のベトナム人が婚姻資格を得ようと、在ベトナム台北経済文化代表処(the Taipei Economic and Cultural Office)で面談を受けたが、その大半は女性だった(Huệ, […]