弱い紐帯の強み:インドネシアの若者とデジタル政治

エコーチェンバー:「LOE LAGI LOE LAGI (4L)」現象

インドネシアの複雑で、常に変化を続ける政治情勢の下、多くの政治・圧力団体が様々な問題に積極的に取り組んでいる。この国の政治的動向、特に政治的変化を形作る若者の役割を十分理解するには、様々な政治・圧力団体のオンライン・オフラインでの交流を理解する必要がある。ここでは、政治・圧力団体の定義を、政党や非政府組織、青年組織、市民団体など、様々な機関を通じて社会・環境・政治上の多様な問題に取り組む団体とする。

オンライン・ソーシャルメディアは、一部の政界人にとって有益なものであると判明した。例えば、最年少でインドネシアの国会議員に選出された北スラウェシ州出身のヒラリー・ブリジッタ・ラスト(Hillary Brigitta Lasut)は次のように語る。「選挙活動期間中、オンライン・ソーシャルメディアは費用効率も高く、若い有権者層により幅広く接触できる場となった」。実際、彼女は、様々なオンライン・ソーシャルメディア・プラットフォームを活用し、より効果的な選挙区民との交流をはかった。また、彼女の所属する政党はデジタル技術を活用し、インドネシア全土の業務を維持・管理している(Kemenkominfo, 2021)。このように、民主主義を支え、この国の政治機構に寄与する様々な活動に積極的に参加するインドネシアの若者たちの様子から、ソーシャルメディアの果たす重要な役割が浮かび上がる(Saud & Margono, 2021)。

 

Hillary Brigitta Lasut, People’s Representative Council. Lasut utilises online social media platforms with her constituents.

ソーシャルメディアを通じた活動の高まりは、政治活動に機会と課題をもたらした。一方で、ソーシャルメディアは、国民が意見を述べ、単純明快なナラティブで民衆の支持を集めるプラットフォームとなる。しかし、特に、現代文化の価値観であるナショナリズムや宗教性などがここに重なると、これがポピュリスト的な政治活動に変化する可能性もある(Lim, 2013)。だが、また、ソーシャルメディアは、憎悪の自由という課題も提示する。ここでは、個人が公然と意見を述べる権利を行使すると同時に、他者の意見を封じる事にもなるからだ(Lim, 2017)。

さらに、ユーザーとアルゴリズムの相互作用によって、「アルゴリズム集団(algorithmic enclaves)」が形成され、これがトライバル・ナショナリズムを育む可能性もある。また、これらのオンライン・コミュニティ内で、ソーシャルメディアユーザーが正当化する独自のナショナリズムには、他者への平等や正義が欠如している可能性もある(Lim, 2017)。ここから、ソーシャルメディアが政治活動の形成に果たす役割と、社会に対する潜在的な影響を厳密に検討する必要性が浮かび上がる。

さて、“Wah. 4L nih!” とは、政治活動家や、市民活動家が会合や連携の際によく用いる表現で、同じ個人や集団、ネットワークのメンバーに繰り返し遭遇する気持ちを表した言葉だ。なお、”4L”とは、”loe lagi, loe lagi“の略で、日本語(原文は英語:訳者註)では、「また君か、また君か」という意味になる。この皮肉の込もった表現は、国内で広く用いられ、繰り返される状況に対する不満を表す。度々、大勢の活動家やソーシャルワーカー、コミュニティワーカーらは、彼らが自分たちだけの「バブル」に閉じ込められ、常に同じ問題を、同じ面々で議論していると感じている。やがて、この繰り返しは現状に対する退屈と幻滅をもたらす。この記事では、多くの政治活動家や、ソーシャルワーカー、コミュニティワーカーが認識する、インドネシアの「バブル政治(bubble politics)」現象の検討を試みる。

自覚の有無に関わらず、政治活動家や市民活動家は「バブル」、あるいは、エコーチェンバーに閉じ込められている。そして、彼らは、この中で、もっぱら自分たちの信念やイデオロギーと一致した情報や、ものの見方に触れる。このような現象は、オンラインでも、オフラインでも起こり得るが、ソーシャルメディアなどのデジタル・プラットフォームの過度の利用により、オンラインで生じるケースが多い。これらのプラットフォームでは、個人が自らの意志で選択した集団に分かれ、その集団内で各自のものの見方が強化される。また、政治的文脈において、エコーチェンバー現象は、個々の政治問題へのアプローチや、意見形成に重大な影響を及ぼす可能性がある。例えば、自分たちの信念を強める情報にしか触れない人々は、正反対の意見や、その他の考え方を顧みないことがある。これにより、偏見が強化され、多様な考え方に触れる機会が無くなり、二極化や、政治的な過激思想が増長され、物事をより広い視野から考えられなくなり、他の集団や問題とのつながりも失われる。

では、インドネシアの様々な政治・圧力団体の若者たちの間で、デジタル技術が政治的動向を強化したり、あるいはその障害となったりする可能性はどの程度あるか?

この記事には、政治団体と支援団体を結び、現実と仮想の場において、両者間に力強く、革新的な政治的対話を促す可能性を探る目的がある。また、これらの団体の若者世代に注目するのは、彼らが、しばしば、変化の促進と、政界の形成に重要な役割を果たすからだ。それに、若者たちは高いデジタル・スキルを備えており、重大な影響を及ぼす貴重な存在となる。ここでは、政治団体と支援団体を結ぶ手段を見極め、生産的で進歩的な対話と意見交換の場を設け、社会や政治に良い影響を与える事を目指す。

Kolaka, Indonesia – July 2, 2020: Burning of used tires by protesters in front of the Kolaka DPRD office.

弱い紐帯の強み

弱い紐帯の強み(The strength of weak ties)とは、社会学者、マーク・グラノヴェッター(Mark Granovetter)が1973年の論文、”The Strength of Weak Ties”で提唱した社会ネットワーク理論の概念だ。この概念は、我々の生活においては、弱い社会的つながり、あるいは、「弱い紐帯」の方が、強いつながりよりも重要な役割を果たす傾向があるという考え方だ。

このグラノヴェッタ―の理論の根底には、親しい友人や家族、グループの仲間など、強いつながりを持つ人々は、自分たちと同じような経歴や関心、社会ネットワークを共有している場合が多いという考えがある。結果的に、強い紐帯は、自分たちが既に知っている、入手可能な情報や資源と同じようなものをもたらす傾向がある。これに対し、知人や同僚など、弱いつながりを持つ人々は、異なる経歴や情報、資源を持った人である場合が多い。そのため、グラノヴェッタ―は、異なる社会ネットワークの橋渡しや、新たな情報・資源の入手には、これらの弱い紐帯が極めて重要だと主張する。

また、弱い紐帯の強みという概念は、人生のその他の様々な場面にも適用できる。例えば、個人の危機と向き合う際や、自然災害の際など、困難な時に支援や援助を提供するには、弱い紐帯が特に重要となるだろう。これらの状況で、最大の援助や支援を提供できるのが弱い紐帯である事が多いのは、これが助けとなる資源やネットワークにつながっている可能性が高いためだ。

また、弱い紐帯は、情報やアイデアの拡散にとっても重要だ。実際、弱い紐帯の強み理論によると、情報やアイデアは、強い紐帯より、弱い紐帯のネットワークに乗せて伝えた方が拡散しやすい。なぜなら、弱い紐帯の方が、その情報やアイデアを知らない人々とつながっている可能性が高く、これが新たな人々やネットワークに広まる可能性が高いからだ。

だが、弱い紐帯の強みという理論が、一部の社会学者や社会科学者の間で広く議論されている事も指摘しておかねばならない。評論家たちは、この理論が弱い紐帯の役割を単純化しすぎているとし、また、弱い紐帯が、常に強い紐帯より重要な役割を果たすとは限らないと主張する(Krämer et.al., 2021)。さらに、この理論では、ネットワークの背景や、関係の機微も考慮されていない。つまり、この理論は定説としてではなく、弱い紐帯の役割を理解する第一歩として受け入れることが重要だ。

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An Indonesian youth, his face covered with toothpaste to counter the effects of teargas speaks on his phone during a clash with police on September 25, 2019 in Jakarta, Indonesia. (Photo by Ed Wray/Getty Images)

オンライン対オフライン

この記事は、インドネシア政治への若者の関与を様々な政治的状況の中で考察しようとするものだ。そこで、二つのピアグループの青年活動家に綿密なインタビューを行った。彼らは政党所属の青年活動家や、非政府組織、「独立系」青年組織に所属する青年活動家だ。

「私は、2019年の#ReformasiDikorupsi運動に深く関与しましたが、これは特に若者の間では重大な運動でした。私たちは、国内の抜本的な政治改革を望んでいました。例えば、汚職関連法の緩和から生じた腐敗などにより、1998年の改革を、オリガークたちに台無しにされたくなかったのです。でも、この運動は、オンラインで勢いを得ただけで、オフラインでは十分定着していなかったと、私自身は感じています。確かに、デジタル技術は、この運動を瞬時に広範囲に広める手段となりました。でも、それによって集まった大勢の街頭デモの「参加者」は、抜本的政治改革という真の要求を本当には理解していませんでした。」
(インタビュー回答者1 青年政党の党員)

また、国内の草の根政治への関与を尋ねらたこの回答者は、インドネシアの2019年汚職関連法緩和に対する青年運動の動きについて、明確な見解を示した。これによると、オンラインとオフラインの運動の連携には、実質的なレベルで限界があり、オフラインの運動は「表面的だ」という。さらに、彼女は、当時、活発なオンライン活動を行っていたある団体が、現在は次期2024年選挙に向け、「無投票」を提唱しているとも指摘した。彼女はこれを大きな後退と見る。オンラインであれ、オフラインであれ、このような実質性と深みの欠けた議論は、たとえ、デジタル・アクティヴィズムが大勢の人を集められても、その性質が表面的なものに過ぎない証拠だ。彼女は、効果的な政治運動を継続させるには、より深い理解とつながりが必要だと主張する。

また、別の議論では、独立系青年団体のメンバーが、異なる観点から、政治活動における自分たちの課題を語った。中には、彼らが他の政治・圧力団体から「左派」の政治的立場と見なされて反対される例もあった。この団体は、過去10年間、活動の取組みとして、社会正義の概念を推進し、このテーマに関する進歩的な議論を提起しようと、オンライン・オフラインの両ルートにより努力を行ってきた。だが、より実質的で進歩的な運動の構築は、今でも難しく感じられる。これまで、彼らは他の政治団体や、支持団体との関係を構築してきたが、今も活動を次のレベルに進めようと奮闘している。

さらに、ある環境活動家グループのメンバーは、長年推進してきた森林問題に対する意識向上の取組みが、自分たちのネットワーク以外から注目されない事に挫折を感じている。彼らには、その他の政治団体や、支持団体とのつながりもあるが、それは運動に有意義な進歩をもたらすものではない。このため、若者たちは、環境問題に関する実質的な議論が、環境以外の理念を掲げた他団体からの共感を得られないと感じている。ここに、自分たちのエコーチェンバーを打破し、より幅広い層の人々に接触しようとする活動家が直面する課題が浮き彫りとなる。

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Young protesters are seen holding a climate emergency banner and placards during a ‘Fridays for Future’ demonstration in Jakarta, Indonesia, on September 20, 2019. (Photo by Afriadi Hikmal/NurPhoto via Getty Images)

弱い紐帯の活用とインドネシアにおける若者の政治

国内のインターネット普及率が74%(2億260万の住民)に達し、そのうち、1億9530万人がモバイルインターネットの利用者であるインドネシアは、インターネット接続が最も発達した国の一つだ(IDN Media, 2022)。こうして、インターネット利用者数が急増する中、デジタル技術は、国内政治の活動や動員に不可欠な手段の一つとなった。実際、2024年選挙が迫る中、政治団体や、支持団体は、デジタル技術を活用し、自らの理念に対する関心を喚起し、これを高めようとしている。ところが、デジタル技術の活用は、エコーチェンバーに陥りやすい環境も生み出した。このような状況では、既存の信念と同じような情報やアイデアしか手に入らない。だが、政治活動における弱い紐帯の可能性を検討する事で、エコーチェンバーの課題を克服し、インドネシアの若者たちの間に、より包括的で多様な政治的議論を促せる可能性がある。

この記事では、政治活動における「弱い紐帯」の概念を再検討すれば、特に、インドネシアの若者たちの政治情勢にありがちなエコーチェンバー、あるいは、「バブルの政治」現象が、より深く理解できると主張する。政治団体と支持団体の弱い紐帯を活用する可能性を探り、政治世界のエコーチェンバー問題に取り組めば、興味深い洞察も得られるだろう。また、強い紐帯が重大な支援や、共同体意識をもたらす一方、新たな情報や資源、機会との出会いは弱い紐帯がもたらすとされる。デジタル技術が急速に進歩し、ビッグデータが飛躍的に増加する現在は、オンラインとオフラインの弱い紐帯の強みを分析するまたとない機会だろう。さらに、計算社会科学と、ネットワーク科学、ビッグデータ分析を統合すれば、特に、国内の(あるいは国外も含めた)若者の政治的動向をより深く理解する貴重な視点が得られるだろう。

Irendra Radjawali

KEMITRAAN—Partnership for Government Reform

Banner image: CTC Senen, Jakarta, Indonesia. Yoab Anderson, Unsplash

References

Kemenkominfo – Indonesian Ministry of Communication and Information (2021). https://www.kominfo.go.id/content/detail/34036/politik-digital-anak-muda/0/artikel

Saud, M. & Margono, H. (2021). Indonesia’s rise in digital democracy and youth’s political participation. Journal of Information Technology & Politics. Vol. 18, Issue 4.

Granovetter, M. S. (1973). The Strength of Weak Ties. American Journal of Sociology. Vol. 78, Issue 6. Pp. 1360-1380.

Lim, M. (2013). Many clicks but little sticks: Social media activism in Indonesia. Journal of Contemporary Asia.

M. (2017). Freedom to hate: social media, algorithmic enclaves, and the rise of tribal nationalism in Indonesia. Critical Asian Studies.

Krämer, N.C., Sauer, V. and Ellison, N. (2021). The strength of weak ties revisited: Further evidence of the role of strong ties in the provision of online social support. Social Media + Society. Volume 7, Issue 2.

IDN Media (2022). Indonesia Gen Z Report 2022.