マレーシアにおける政治改革の手段 ソーシャルメディアの可能性と課題

マレーシアは長い間、民主化のプロセスをたどって来たが、この20年間で最大の二大社会運動は1998年のレフォルマシ運動と、自由と公正な選挙を求める闘いであるBERSIH (2007-2016)の一連のデモだった。2018年の第14回総選挙(GE-14)では、これらの運動により、世界の選挙民主主義史上、最長となったバリサン・ナショナル(BN、国民戦線、1973年以前は連盟党/the Allianceと呼ばれた)の一党独裁国家に終止符が打たれた。ただし、選挙を通じた政権交代の一因には、同様の競争的権威主義政権を抱える、その他の国々と共通の要因もあった(Croissant, 2022; Levitsky & Way, 2010)。また、中産階級の形成や、ソーシャルメディアによる情報民主化の一因となる産業化や都市化などの社会的変化も、このような政治改革を可能にする主な要因とされる。実際、マレーシアでは、このような民主化を可能にした主な要因の一つがソーシャルメディアだと言われている(Haris Zuan, 2020b, 2020a)。

ところが、2018年のBNの敗北以来、FacebookやTik Tokなどのソーシャルメディア上で人種主義的な運動が拡大した結果、マレー系イスラム教徒の保守派の率いる大規模な街頭デモが発生した。やがて、ソーシャルメディア上の一連の運動は、第15回総選挙(G-15)で、マレー系イスラム教徒の一般投票の89%が国民連盟(PN/ Perikatan Nasional)の支持票となる結果をもたらした。ちなみに、PNは、汎マレーシア・イスラーム党(PAS)と、マレーシア統一プリブミ党(BERSATU/The Malaysian United Indigenous Party)を中心とする右派保守連立政権である。実に、レフォルマシ運動の開始から24年後、希望連盟(Pakatan Harapan)とレフォルマシの主導者であるアンワル・イブラヒム(Anwar Ibrahim)が、ついに首相に就任した。それでも、特にTik Tokなど、若者を中心とするソーシャルメディアには、人種主義的な動機に基づく動画があふれている。

ここで、次のような疑問が生じる。なぜ、当初は、政治改革の一手段とされていたソーシャルメディアが、今になって、退行的な保守派右翼の人種差別的運動と結びついたのか?そして、マレーシアのソーシャルメディアは、様々な人口集団、特に若年層に対し、異なる影響を与えるのか?また、マレーシアのような体制移行中の国における、政治改革の手段としてのソーシャルメディアの役割と限界については、どう理解するべきだろうか?

The Malysian Parliament building in Kuala Lumpur. Photo: Jaggat Rashidi, Shutterstock

ソーシャルメディアとマレーシアの民主化

マレーシアは、東南アジアでは、インターネット普及率が最も高い国の一つで、人口3,298万人の89.6%がインターネットに接続されている。ちなみに、1999年には、わずか12%だったインターネットの普及率は、後に、56%(2008)、66% (2012)、81% (2018)と上昇した。また、ソーシャルメディアの利用者数も急増し、2022年発表の各種統計によると、マレーシア人合計3,025万人(91.7%)が、ソーシャルメディアのアクティブ・ユーザーだという。ちなみに、主に利用されているソーシャルメディア・アプリは、Facebook (88.7%)、Instagram (79.3%)、Tik Tok(53.8%)だ。通信ソフトに関しては、WhatsApp (93.2%)、Telegram (66.3%)とFacebook Messenger (61.6%)が、他の類似プラットフォームをしのぐ。

この20年間、特に2008年以降、マレーシアのソーシャルメディアは、この国の政治改革を可能にする重要なメディアの一つとされてきた。また、進歩的な反体制派や野党支持派は、ソーシャルメディアを拠り所とし、これによって、主要メディアが国民の主な情報源としては徐々に影響力を失いつつある。特に、ソーシャルメディアの最大の利用者層である若者たちの間で、主要メディアの影響力が弱まっている(Azizuddin 2014; Haris Zuan, 2014)。

この事実を認識したのが、第12回総選挙(G-12/2008)で敗北しかけた与党、BN党だ。そこで、初めてBNを率いて選挙に臨むナジブ・ラザク(Najib Razak)は、次期総選挙に備えるため、第13回総選挙(GE-13)をマレーシア初のソーシャルメディア選挙と呼び、ソーシャルメディアを大変重視した。このため、ラザクはFacebookやTwitterを盛んに利用し、何百万人ものフォロワーを抱え、一時はTwitter上で、世界最多のフォロワー数を抱える政府首脳第15位にも選ばれたほどだ。ただし、彼のフォロワーの50~70%程度がフェイクだとする報告もある(Haris Zuan, 2014)。

当時、BNは第13回総選挙キャンペーンに何百万ドルも費やしたが、このソーシャルメディアへの莫大な投資が得票数に結びつくことはなかった。それどころか、BNは前回の総選挙より悪い結果を記録した。この動きを受け、保守的で、進歩的ではないとされるマレー系有権者層は、2008年以降、BNの主な構成政党であるUMNOを一貫して排除してきた。だが、UMNOと言えば、マレー政治文化の中心的存在で、マレー人の「庇護者」とも見られる政党だ。それに、二度にわたって長期間、首相を務めたマハティール元首相は、マレー政治の主導権を握る人物だった。ところが、2022年選挙では、その彼が落選したばかりか、投票総数の12.5%を獲得できず、供託金まで没収されている。これは20年前には、とても考えられない事態だ。

第二に、あらゆる人種差別主義的プロパガンダの出現にもかかわらず、マレーシアでは比較的、円滑で平和的な政権交代が見られた。だが、このように言える国は、第三世界や東南アジア諸国には多くない。第三に、国内には、汚職防止や公正性、グッド・ガバナンスに関する制度改革に対する世論の高まりをはっきりと示す兆しがある。PNがクリーンな政府を選挙活動の中心に据えるのも、同党のマニフェストが、イスラム法、ハッド刑(Hudud)に関する国内のあらゆるレトリックを顧みず、これに一切言及しないのも当然だ。

さらに、新型コロナウィルス感染症が世界で猛威を振るった2020年の初頭に、もう一つ興味深い出来事があった。当時、諸外国と同様に、マレーシアでも地域住民が食糧の補給を断たれ、移動制限の影響を受けた。すると、民族や宗教の垣根を越えた、若者主導の臨時的で、自発的な草の根運動がソーシャルメディア上に出現した。こうして、#KitaJagaKita(助け合い)や、#BenderaPutih(白旗)のハッシュタグの下、被害を受けた地域住民のための援助計画が組織された。このキャンペーンでは、援助が必要な人は、ソーシャルメディア上で必要な援助について知らせ、協力可能な人は彼らに連絡が取れるようになっている。こうして、このキャンペーンは瞬時に広まったが、同年暮れには、これが政府のパンデミック対策の失敗を批判する不満のプラットフォームとなった。

これらのオンライン・キャンペーンは、いずれも、臨時的、自発的で、問題や出来事に即して立ち上げられたものだが、これらは新たな社会運動の特徴でもあった。このような運動は、もはや、労働者階級や労働組合など、特定の社会階層の固定的なイデオロギーで定義されるものではない。むしろ、これらの運動で重視されるのは、積極的な社会参加の概念の核となる民主的権利や、社会的・政治的代表権、および、アイデンティティだ(Haris Zuan, 2021)。また、これらの運動から、マレーシアにおけるソーシャルメディアの重要な特徴が浮き彫りとなった。それは、ソーシャルメディアが権力との重大な関係によって、国内の政治改革の一手段となり得るということだ。現在のマレーシアの民主主義は、20年前に比べると、比較的進歩している。実際、マレーシアの民主主義は、東南アジア諸国の中では第一位で、2021年には、アジア・オーストラリア地域で第6位、世界では39位と評価された。

さて、マレーシアの民主化状況が改善しているなら、国内の宗教的なエスノ・ナショナリスト感情の再燃を論じるマスコミ報道や、政治家の主張はどう説明するべきか?

政治改革の手段としてのソーシャルメディアの限界と課題

急速に発達し、一層盛んになるソーシャルメディアは、単純なテキストベースの通信から、マルチメディア・コンテンツを共有するものへと進化を遂げた。また、マレーシアでは、特に、Facebookなどのソーシャルメディアが、国家の情報統制力を弱める手助けをし、情報の民主化が起こった。ところが、Twitterなどのミニブログや、最近では、短い動画をベースとしたTik Tokなどのプラットフォームが出現し、合理的・建設的で、徹底的な議論を行う媒体としてのソーシャルメディアの役割が次第に脅かされつつある。これは、誤情報や偽情報の原因となる情報過多のせいで、ソーシャルメディア自体の性質が定まらないためだ。だが、ソーシャルメディアの進化そのものは、これを国内の状況を変える手段とする上で、大きな問題ではない。

そもそも、ソーシャルメディアは公共空間のほんの一部でしかない。マレーシアでは、その他の公共空間がより有力な言説に支配される中、ソーシャルメディアだけに依存した対抗言説が、これに勝つ事は難しい。つまり、対抗言説は、ソーシャルメディア以外の物理的な公共空間でも論じられる必要がある。

その最適な例の一つが、政治に関わる著名なグラフィックアーティストのファーミ・レザ(Fahmi Reza)で、彼は、第15回総選挙運動の期間中、若者を対象とした主権者教育キャンペーンを展開した。このキャンペーンはTik Tok上で始まり、多くの交流があったにもかかわらず、彼は、一貫して政治教育の授業を全国の大学構内で行おうと努めた。そして、この姿勢は、大学当局により、ほぼ全キャンパスへの出入りを禁じられても変わらなかった。だが、ソーシャルメディア空間の外に活動を広げられる進歩派グループはあまり存在しない(Mohd Izzuddin Ramli & Haris Zuan, 2018)。それに、もっと悪いのが、オンライン活動の人気に便乗しようとする各種政党の姿勢だ。たとえば、#KitaJagaKitaキャンペーンは、後に野党に乗っ取られて政府批判の場となったが、これに対して野党は有意義な貢献を何もしていない。

これに対し、右翼の保守系団体は、学校や大学、モスクなど、その他の公共空間で強い存在感を示してきた。例えば、マレーシアでは、若者のための最大規模の政治教育と幹部制度を備えているのはPASだけだ。つまり、PASは、単なる政党ではなく、他にも説教や、幼稚園から中等学校までの教育機関の運営、ボランティア活動など、多数の活動を行っている。このため、PASは、マレー系の若者たちに大きな影響力を持つ(Haris Zuan, 2018)。

こうして、PASは、単なる選挙政治以上の関係を築いたが、このような若い有権者の信頼を得るのに、ソーシャルメディアを通じた取り組みが不十分であるのは明らかだ。このため、PASが2015年に、当時の緩やかな野党連合である人民連盟(Pakatan Rakyat)を離脱すると、この公共圏に開いた穴をすぐに埋める事はできなかった。そこで、人民正義党(PKR)と民主行動党(DAP)が、若い有権者に向けて政治教育の特別プログラムを作成した。だが、このプログラムは、あまりに小規模で、短期間のものに過ぎず、実際、PKRとDAPが第14回総選挙で勝利した後に打ち切りとなった。また、PHと、新たに設立された若者を中心とするマレーシア統一民主同盟(MUDA: 字義通りには「若い」の意)は、2019年の憲法改正で、第14回総選挙のマニフェストを見事に実現した。ちなみに、このマニフェストは、選挙権年齢の下限を21歳から18歳に引き下げるという内容だった。それでも、彼らは若者の支持をどのように集めればよいのか分からないらしい。

そもそも、マレーシアのTik Tokの主な利用者層である24歳以下のZ世代と、ミレニアル世代は、集団的記憶を形成する二大社会運動の1998年のレフォルマシや、2008年のBERSIHの世代ではない。そのため、この世代には、これらの運動にも、人民連盟(PR/the Pakatan Rakyat)や、希望連盟(PH/Pakatan Harapan)に対しても、一切思い入れがない。しかも、Tik Tok世代は、PRやPHを、国民を代表した社会運動の一員ではなく、(2008年以降、2018年に連邦政府となるまで、マレーシアで最も豊かな二州を統治していた)権力側の人間と見ている。このため、Tik Tok世代は、両党に対して批判的にもなれば、これらを拒否することもある。

Mid Valley Megamall in Kuala Lumpur, Malaysia. Wikimedia Commons

政府や政党の「侵害」がもたらす問題はさておき、政治改革の手段としてのソーシャルメディアの独立性も、消費主義の影響によって脅かされている。ただし、これは新たな傾向ではなく、1990年代後半以降のグローバル化の到来にまで遡るものだ。だが、ソーシャルメディアに組み込まれた電子商取引のプラットフォームの発達に伴い、消費主義は、特に若者たちの間で新たなレベルに達した。そして、これが、彼らの政治的な無関心を促す傾向にある。

結論

マレーシアは、表現の自由を擁護する、安定的で機能的な政府を設立する必要性と、ソーシャルメディア上の、右派保守系団体からの猛攻撃というジレンマに直面している。もはや、構造改革を推進する政府に、ソーシャルメディアの制限という選択肢はない。だとすれば、政府は、ソーシャルメディア上でも、それ以外でも、国民との建設的な取り組みを続けて行くべきだろう。また、市民社会は、この取り組みを支え、誤情報や偽情報と闘うため、若者を中心に市民の情報管理能力を向上させるべきだ。つまり、教育を受けた市民(とネット市民)が存在してこそ、民主主義は機能する。

Haris Zuan
Institute of Malaysian & International Studies (IKMAS)
National University of Malaysia (UKM)

References

Azizuddin, M. Sani. (2014). The Social Media Election in Malaysia: The 13th General Election in 2013. Kajian Malaysia: Journal of Malaysian Studies, 32.

Croissant, A. (2022). Malaysia: Competitive Authoritarianism in a Plural Society. In: Comparative Politics of Southeast Asia. Springer Texts in Political Science and International Relations. Springer, Cham.

Haris Zuan. 2021. The Emergence of a New Social Movement in Malaysia: A Case Study of Malaysian Youth Activism. In: Ibrahim Z., Richards G., King V.T. (eds) Discourses, Agency and Identity in Malaysia. Asia in Transition, vol 13. Springer, Singapore.

Haris Zuan (2020a) ‘Youth in the Politics of Transition in Malaysia’, in Towards a New Malaysia?. NUS Press, pp. 131–148.

Haris Zuan (2020b) Transformasi Sosial dan Politik Belia Menelusuri Perubahan Budaya Politik Belia di Malaysia. Bangi: Penerbit UKM.

Haris Zuan (2018) Bersediakah Malaysia turunkan umur mengundi?[ Is Malaysia ready to lower the voting age]. Malaysiakini. https://www.malaysiakini.com/news/443829

Haris Zuan (2014) ‘Pilihan Raya Umum Ke-13: Perubahan Budaya Politik Malaysia Dan Krisis Legitimasi Moral Barisan Nasional [The 13th General Elections: Changes In Malaysian Political Culture And Barisan Nasional’s Crisis Of Moral Legitimacy]’, Kajian Malaysia, 32(2), pp. 149–169.

Levitsky, S., & Way, L. (2010). Competitive authoritarianism: Hybrid regimes after the Cold War. Cambridge University Press.

Mohd Izzuddin Ramli & Haris Zuan. 2018. ‘Cartoons and Graphic Arts: Resistance and Dissidence Within and Beyond Electoral Politics’ in James Gomez, Mustafa K. Anuar, and Yuen Beng Lee (eds.) Media and Elections Democratic Transition in Malaysia. SIRD: Petaling Jaya

The Economist Intelligence Unit (2016-2021). Democracy Index. https://www.eiu.com/