「OppStruction(機会障害)」:機会構造とタイ民主化運動への影響

数十年前、世界にインターネットが出現すると、人々は、これが好ましい社会的変化をもたらす手段になると熱狂した。そして、この期待をさらに高めたのが、2000年代初頭のソーシャルメディアの出現で、これによって社会運動が促進され、集合行為問題も解決しやすくなり、全面的に強化された公共圏が生じると予想された。

現に、タイでは、国民が情報通信技術(ICT)の発達や、安定したオンライン空間を活用し、アクティヴィズムを充実させてきた。最近の、DataReportal (2022)のオンライン統計の報告で、タイは、アジア社会で最も社会的つながりと、ネット上でのつながりが強い社会の一つとされる。さらに、2022年の第一四半期現在、タイ国民の約78%がインターネットを利用できる環境にあり、その全員が活発なソーシャルメディアユーザーだという。また、タイ人がオンラインで過ごす時間も注目に価し、ネット上の一日の平均時間は9時間で、ソーシャルメディア上では3時間強とされる(Leesa-nguansuk 2019)。さて、この国は、過去10年間に、様々な社会経済・政治上の問題に対する一連の抗議・デモを経験してきた。これらの運動の目的は様々だが、ソーシャルメディアのプラットフォームやアプリを活動戦略に導入する点が共通していたとしても、意外ではない。

ところが、2020年以来、タイの政治的議論の焦点となった民主化運動は、ICTによる革新的で、創造的な戦略にもかかわらず、三項目の要求を何一つ実現できていないようだ。そこで、この記事では、合理的選択の手法という観点から、民主化運動を分析する。まず、民主化運動は、そのレパートリーの一つとして、ソーシャルメディアを利用するものの、これらの要求を実現できる推進力を得られていない。そこで、具体的に、これを実現する力を妨げる三つの主な課題を提示する。後に論じるが、これらの課題は、タイにおける「解放の技術(liberation technology /Diamond 2012, ix)」としてのソーシャルメディアや、インターネットの有効性の最終的な条件となる機会構造の変化に関するものだ。

さて、合理的選択という観点から見ると、人がある運動に参加するかどうかを決める際、いくつか考慮すると思われる事柄がある。そもそも、人間とは利己的な存在で、ある運動が目標を達成する可能性が、想定されたリスクより低いと考えられる場合、つまり、運動の代償が利益を上回る場合、運動に参加しない事を合理性という。また、合理的選択理論では、人間が情報の不確実性の下で行動する事を想定しているため、機会構造の認識面にも注目する必要がある。結局、運動に参加するかどうかの判断は、状況に対する各自の主観的な評価にかかっており、これには一定の不確実性が伴う。また、機会構造を評価する際、よく持ち上がるのが、「政府に弾圧される可能性に対し、運動の成功率はどのくらいあるか?」、「この運動に参加したら何が得られるのか?」という疑問だ。これまで、ティリー(Tilly)や、タロウ(Tarrow)、マクアダムス(McAdams/ 2004; 2007)など、数多くの研究者は、活動家が戦略的計画によって成功の可能性を高める方法を示してきた。だが、その一方で、彼らは、オンライン化された新たな運動も含む、全ての社会運動を悩ませる集合行為問題のため、機会構造が国民に対し、ほとんど用をなさない事も認めている。

1.  強い運動、強い政府

民主化運動に最も勢いがあった2020年初頭は、政府の権力と統制力も、その絶頂期にあった。そして、若者世代の代表で、自由主義的価値観の代表とも見られた新未来党(the Future Forward Party)の解党後、若者たちの心の底にわだかまる政府への不満が表面化した。こうして、最高裁判所の判決が下った直後、民主化運動はデモ行進を行い、初期の集会では、何千もの人々を動員する事に成功した。また、チャールズ・ティリー(Charles Tilly)のWUNCの概念 (意義/ worthiness・統一/ unity、人数/numbers、コミットメント/ commitment)のうち、この運動は少なくとも、統一と人数の点で、この条件を満たしていた。つまり、民主化運動には、政府に対する一定の影響力があったはずだ。ではなぜ、民主化は実現しなかったか?その答えは、機会構造が政府側に味方する、規定の状態にとどまっていた事実にある。当時、1年前に選出されたばかりのプラユット・チャンオチャ将軍(General Prayuth Chan-ocha)と、彼が所属する国民国家の力党(Palang Pracharat)は、まだ連立内の安定を維持していた。このため、協力者や、国家機構からの支持を得た政府は、民主化運動の要求に聞く耳を持たず、むしろ、暴力と合法的手段の両方によって抗議者を弾圧しようと決意していた。

ここで、連立与党に内部から亀裂が広がる中、当初の機会構造が知らず知らずのうちに、幾分か変化していた事も指摘しておかねばならない。2022年1月中旬、国民国家の力党は、タンマナット・プロムパオ(Thammanat Phrompow)ら、20名の国会議員の解任を決定した。この決議は、政府内部に新たに出現した政治的亀裂を示し、これが政府の統制力と、協力者からの支持を徐々に蝕んで行ったものと見られる。だが、それにもかかわらず、民主化運動は、この変化に乗り損なった。理由としては、例えば、新型コロナウィルス感染症の急増により、やむを得ず行われた全国的なロックダウンや、多くの有力な活動家の逮捕などがあった。この結果、連立与党が弱体化すると同時に、民主化運動も失速していった。また、著者が実施したiLawによる抗議事件データ記録の分析結果にも、この好機の逸失を顕著に認める。 1 この分析によると、2020年1月12日から2022年10月3日までに、バンコクだけで、559件ものデモが発生している。特に、2021年は民主化運動が最も活発で、抗議活動全体のほぼ55%にあたる、合計307回の集会が報告されている。下図1は、機会構造の軌跡を図示したものだ。政府が権力の絶頂にあった(つまり、譲歩より弾圧に傾いていた)時期が民主化運動の最盛期でもあり、政府の影響力が徐々に弱まると、残念ながら、民主化運動も衰退して行った様子が分かる。

このデータを見ると、2020年以降に法執行機関がデモを強制的に終了させた事例は34件あった。当然、弾圧が最も多く生じたのは、民主化運動が世間から注目され、政府にも主導権があった2021年だ。だが、2022年は、弾圧が2度しか行われておらず、ここに連立政権内の大きな傷口と呼ばれるものが機会構造に与えた影響が読み取れる。

Protests on 18 July 2020 in a large demonstration organized under the Free Youth umbrella at the Democracy Monument in Bangkok. Photo: Supanut Arunoprayote, Wikipedia Commons

2. 「迷走する指導者不在の」活動戦略

これまで、オンラインの活動家は、度々、民主化運動を水平的な運動と喧伝し、誰も真の指導者ではないとする見方を強調してきた。彼らの信念では、この水平性こそが、2011年に中東各地の専制国家に燃え広がった「アラブの春」のような国家的弾圧に負けない民主化運動を可能にする。だが、「アラブの春」の成功崇拝は、可能性ある多くの民主化運動を誤った方向へと導いた。これは、彼らが長期的な構造改革に向けて組織力を整えるより、短期的な大衆動員計画に力を入れるようになったためだ。特に、「アラブの春」から10年後の中東を例にすると、チュニジア以外の全ての国が、何らかの形の独裁主義国家に逆戻りしている。これはなぜなのか?以前、トゥフェックチー(Tufekci/2022)は、自身の有名な著作で、社会運動の手段としてのソーシャルメディアに対する期待を表明していた。しかし、彼女は、the New York Timesの論説で、これが外れていた事を認め、たとえ、ソーシャルメディアが優れた動員の手段だとしても、抗議者間の強い絆やコミットメントを育む場にはならないと指摘した。つまり、ソーシャルメディアから生じるのは、結束が緩く、指導者が不在の運動だけで、グラッドウェル(Gladwell/2011)によると、それでは革命や根本的変化を起こすには不十分だ。

タイについて言えば、特に運動の方向性を定める上で、水平的な運動という概念もまた、明らかに馬鹿げている。そもそも、タイの民主化運動は、様々な指針や優先課題を抱えた小集団から成り立っている。例えば、LGBTQ+やフェミニストが、社会的平等や男女平等をより重視する一方で、各地の大学生たちは政治問題に対する関心の方が大きい。その後、彼らは三項目の要求の下で結束しているが、各集団は、今も時々、独自に個別の行事を計画している。また、抗議者の大半がテクノロジーを使いこなせるデジタル世代であったため、活動戦略は以前の運動より流動的となった(例えば、ほんの数時間前にTwitter上で計画され、直前にTelegramで開催地が変更されるフラッシュモブなど)。ある意味、これは利点であり、デジタル技術を使えば、当局からも比較的容易に逃れられるし、これによって、機会構造の知覚されたリスクも軽減できる。だが、その反面、戦略の流動性と、運動の水平性が重なると逆効果になる可能性もある。特に、中心的な活動家数名が逮捕された場合などがそうだ。 2 確かに、このような権力乱用を目撃して関与を深め、より多くの人々がデモ行進に参加した例もある。だが、タイの民主化運動では、中心的な活動家の逮捕によって運動の方向性が失われ、指導者が不在になったばかりか、これが脅し戦術として作用し、国家の機会構造が強化された。この結果、「ペンギン」チワラック(Penguin Cheewarak)や、アノン・ナンパ(Anon Nampa)、ローン・パヌサヤ(Roong Panasaya)などの投獄後、また、彼らが、いかなる抗議にも二度と参加しないという条件の下に釈放された後も、重要で意義深い活動は一切生じていない。

Arnon Nampa is a Thai human rights lawyer and activist. He is renowned in Thailand for openly criticizing the monarchy of Thailand, breaking the country’s taboo. He was initially regarded as a prominent human rights defender during his tenure as a human rights lawyer and later accumulated multiple criminal charges due to his active involvement in pro-democracy activism. Wikipedia Commons

3.  魅力的とは限らない挑発的要求

さて、若者を中心とした運動が直面する最後の課題は、単純ながら、成功の機運にとって極めて重要なものだ。すなわち、三項目の要求のうち、王室に関する要求がこれに当たる。ここまで、合理性理論によって裏付けを行ってきたが、運動への参加を思いとどまらせる理由は既にたくさんある。だが、挑発的な要求もまた、そのような理由の一つとなるだろう。なぜなら、このような要求は、穏健派、特に、タイのような疑似進歩主義の空想を抱く社会とは折り合いが悪いからだ。ここで、先に述べたティリーのWUNCの概念を参照すると、ある運動が機会構造を積極的に利用する一つの方法として、数による一致団結がある。だが、民主化運動が要求の一つに王政改革を含めたため、動員の取組みは台無しとなった。これによって、参加する可能性のあった多くの人々が、恐れのためか、本当に意見が違ったためか、デモへの参加を思いとどまった。実利を重んじれば、民主化運動はこれらの要求を修正し、より幅広い層の人々に訴える必要がある。とはいえ、イデオロギー上、このような選択肢が受け入れられない事も理解できる。

まとめると、タイの公共圏は、ソーシャルメディアとICTから多大な恩恵を受け、そのおかげで、アイデアを共有し、意見を表明し、以前よりはるかに少ない制約下で抗議活動を組織できるようになった。だが、ソーシャルメディアを動員と連携のプラットフォームに用いたとしても、成功の機運や、そのような活動の有効性は定かではない。実際、今日の運動が直面する一連の課題は、社会運動研究の古典的な枠組みで説明できるものと大して変わらない。タイでは、若者たちがもっぱら活動戦略のもたらす課題によって悩まされ、機会構造の盛衰が一切活用されないままとなっている。こうして、彼らは、民主主義を求める果てしなき闘いの中に取り残されている。とはいえ、最近、民主化運動がナラティブの方向転換によって選挙の要請を一段と重視し始めたのは大きな前進だ。なぜなら、これは既に国民の間で広く共有された意見であるだけでなく、現段階で、権力が低下している政府から見ても、最も少ない代償で事態を切り抜ける選択肢だからだ。

Surachanee “Hammerli” Sriyai
Surachanee “Hammerli” Sriyai is a lecturer and digital governance track lead at the School of Public Policy, Chiang Mai University.

Banner: October 2020, Bangkok, Thailand. Tens of thousands of pro democracy people gather to address various social problems, including government work problems, and criticize the monarch. Photo: kan Sangtong, Shutterstock

References

DataReportal. 2022. “Digital 2022: Thailand — DataReportal – Global Digital Insights.” Kepios. https://datareportal.com/reports/digital-2022-thailand (June 14, 2022).

Diamond, Larry. 2012. Liberation Technology: Social Media and the Strugle for Democracy Introduction. eds. Larry Diamond and Marc F. Plattner. The Johns Hopkins University Press. https://books.google.com/books/about/Liberation_Technology.html?id=xhwFEF9HD2sC (December 14, 2022).

Gladwell, Malcolm. 2011. “From Innovation to Revolution-Do Social Media Made Protests Possible: An Absence of Evidence.” Foreign Affairs 90: 153.

Leesa-nguansuk, Suchit. 2019. “Thailand Tops Global Digital Rankings.” Bangkok Post. https://www.bangkokpost.com/tech/1631402/thailand-tops-global-digital-rankings (December 11, 2019).

McAdam, Doug, Sidney Tarrow, and Charles Tilly. 2004. Dynamics of Contention. Cambridge University Press.

Tarrow, Sidney, and Charles Tilly. 2007. The Oxford handbook of Comparative Politics Contentious Politics and Social Movements. Oxford University Press.

Tufekci, Zeynep. 2022. “I Was Wrong About Why Protests Work.” The New York Times. https://www.nytimes.com/2022/07/21/opinion/zeynep-tufekci-protests.html.

Notes:

  1. 抗議事件に関するデータの共有を許可して下さったiLawには感謝を表明する。iLawは、タイの民主化、表現の自由、より公正で説明責任のあるタイの司法制度を擁護するタイのNGOである。
  2. 政府が中心的な活動家を標的とし、彼らを逮捕できたという事実は、水平的な運動という概念の矛盾も露呈した。