理想を言えば、政府の役割は国民に福利をもたらす事、すなわち、規範を作り、国民を紛争から守り、法と秩序をもたらす事であるはずだ。 1 そうでないなら、政府と国民の間には武力衝突が生じる可能性がある。理論上、市民社会は国家の枠外に存在するが、これを良い統治と切り離して考える事は難しい。 2だが、政府が国内紛争への対応に失敗し、政治財を国民に供給する事ができなければ、最終的には弱い国家となる。 3タイの場合がこれに当たる。
2004年1月4日以来、タイ深南部は社会不安に直面してきた。市民社会団体は、南部国境県の住民の生命や財産を保護する力の無い政府に対処するように、着実に成長してきた。タイ政府は秘密裏の行動をしている。政府は「情報作戦」(IO/Information Operations)という軍事戦略を用い、この地域の人々が互いに監視し合うように仕向けた。 4 架空のFacebookページを通じて行われるIOは、コンテンツの拡散と、反政府ネットワークであるパッタニ・マレー民族革命戦線(Barisan Revolusi Nasional Melayu Patani)、BRNコーディネート(BRN-Coordinate)に対する憎悪の扇動を中心としている。架空ページは、BRNコーディネートを支援する個人や組織(学者やNGOなど)の割り出しにも利用される。タイ王国国内治安維持部隊(Internal Security Operations Command)は、IOが10年以上にわたる軍事行動の一環である事を認めた。 5これはより多くの問題を市民社会にもたらし、国民がこの地域の和平プロセスに関与する事を一層困難にしている。
コロナウイルス感染症まん延の渦中は、タイ政府とBRNが敵対するタイ深南部の和平構築の絶好の機会があった。2020年4月3日にBRNコーディネートは、医療援助が必要な人々を救助する余地を設けるため、武力衝突を終結させるという声明を発表したが、この唯一の条件は、タイ政府が軍事活動を再開させない事であった。
…「今回、BRNは人道的理由により、全ての活動を停止させる。理由は、全人類の大きな敵がコロナウイルス感染症であると気が付いた事だ」BRN中央事務局(BRN’s Central Secretariat)のものとされる声明は、そのように伝えた。 6
南部国境県の平和を目指す仏教徒ネットワーク(the Buddhist Network for Peace in the Southern Border Province)の代表で、タイ最南部市民社会協議会(the Civil Society Council of Southernmost Thailand)の元副議長でもあるルクチャット・スワン(Rukchat Suwan)氏は、4月5日、個人のフェイスブックに「タイ政府関係者が攻撃を仕掛けていない限り」、誰もが参加することを喜んでいるためタイ政府はこの声明を無視してはならないとのコメントを投稿した。2004年にタイ南部各県で武力衝突が発生して以来、「南部国境県の平和を目指す仏教徒ネットワーク」は、南部国境の県に住む仏教徒で結成された。南部国境の3県で平和的に共存する方法の理解を深め、問題解決のための方法としての暴力を拒否するために、平和を目指し、すべての仏教徒のための援助を行っています。 7 権威主義的な国家の姿は、2020年4月30日のパッタニ県ノーンチック群(Nong Chik Distric)における3件の異様な社会紛争の事例にも伺える。この事件後、BRNはコロナウイルス感染症期間の停戦が、敵(タイ政府)に無視されているとの宣言を発表した。
「…しかし、停戦宣言は敵に無視された。彼らはパッタニ人の平和を脅かす様々な活動…家宅捜索や恣意的逮捕、DNAの強制採取などを行っている。同時に、彼らはBRNのメンバーを探し出して挑発しているが、BRNの戦士たちは宣言に敬意を払い、いかなる作戦の開始も拒んでいる。」
2020年5月1日のBRN記者声明
タイ南部のある公式な市民社会は、タイ最南部市民社会協議会(Civil Society Council of Southernmost Thail)、あるいはマレー語でDewan Masyarakat Madani Selatan Thaiという名前だ。この組織は平和の実現のために協働する事に感心を持つ、20の市民社会団体をまとめている。
このタイ最南部市民社会協議会の主な目的は、市民社会の強化、暴力的紛争を解決する決意、持続可能な南部国境県の開発、全ての人に開かれたパブリック・スペースについての意見交換と、その創設などに関するプラットフォームを、全ての公共部門に提供する事だ。第一回の正式開催初日は2011年8月20日で、C.S.ホテルパッタニで行われた。著者はこの組織の共同設立者で、初の女性事務局長でもある 8(写真2を参照)。
もう一点、市民社会協議会によるタイ南部国境地帯の問題解決を困難にしているのが、この地域を紛争地帯として分類する事への拒絶だ。地元記者のトゥワエダニヤ・メリンギン(Tuwaedaniya Meringing)が言うには、ICRC(国際赤十字委員会)とジュネーブ(Geneva)の二つの国際機関は、紛争状況を国際人道法か戦争法に基づいて監視しているのだが、戦争の定義が実際と理論で異なる事が明らかとなっている。 9
現在、南部地域は人災に加え、疫病被害にも直面している。DNAの秘密採取が行われたのは、コロナウイルス感染症が危機的状況にあった2020年4月6日で、ソンクラー県の一般男性三名のDNAが、警察官や自警団を称する職員らによって採取された。この隠密行動は、地域に不信感を生み出した。異文化財団(CRCFタイ/Cross Cultural Foundation)という名の市民社会団体は、2002年に設立された非営利団体だ。このグループは人権と司法アクセスを推進している。CRCFタイは、この行動が容認できないと明言した。
…国民のDNAの保管が可能となるのは、その人物が刑事事件の被告である場合に限られる。その被告が承諾した上で、刑事訴訟法第131項-1(the Criminal Procedure Code, Section 131/1)の諸規定に従い、被告の罪を立証する権限は、調査官のみがこれを有し、犯罪者ではない無実の人には、当局がその人のDNAを保管する事を拒否する権利がある。 10
もう一つ、権威主義的国家の様相を示す事態が、2020年5月半ばにも見られた。タイ王国国内治安維持部隊は、国家放送通信委員会事務局(NBTC/the Office of The National Broadcasting and Telecommunication Commission)と連携し、顔スキャン機能の付いた新しいSIMカード(2スナップ・システム)の登録を拒否した人たちのプリペイド式携帯電話の電波を切り、これを国家安全保障上の理由と説明した。問題は、電話の電波妨害が生じた時期がコロナ禍の最中であった事、それに、最大の社会的弱者である貧困層がプリペイド式の電話を使って家族と連絡を取り、コロナウイルス感染症対策について知るために医療機関や公衆衛生当局に問い合わせ、家族に病人が出るなど、必要な際に病院に通報していた事だ。ちなみに、プリペイド式携帯の電波を遮断することは人権にも反している。 11
深南部救済和解基金(DSRR/ the Deep South Relief and Reconciliation Foundation)という組織の前身は国民和解委員会(NRC/the National Reconciliation Commission)で、NRCの余剰予算からDSRRが設立された。DSRRは2010年1月19日に設立された基金ベースの組織で、これを運営するグループには透明性があり、そのメンバーには、タイ深南部紛争被害者の治療プロジェクトに携わった経験がある。DSRRはプリンス・オブ・ソンクラー大学(PSU)の学者たちから成り、中立性は保証されている。全部で30以上ある団体の例を下記の表に示しておく(表1参照)。
表1、南部タイ国境地帯の市民社会団体の例
番号 | 団体名 | 理事長 /代表者 | 沿革 | 目的 | 活動内容 |
---|---|---|---|---|---|
1 | CIVIC WOMEN (市民女性会) | ソラヤ・ジャムジュリー(Soraya Jamjuree) | 本会は2010年に、プリンス・オブ・ソンクラー大学パッタニキャンパスのエクステンション・教育継続事務局(the Office of Extension and Continuing Education, PSU Pattani Campus)の協力により設立された。CIVIC WOMENは紛争被害を受けた女性たちを支援し、平和運動を行う団体で、EUやオックスファム(OXFAM)の資金提供を受ける | 南部国境地帯での紛争の解決に向けた和平プロセスにおいて女性の役割を向上させる事 | – 弱い立場にある男女のための食と生業の安定性を強化 – 民主主義と平和交渉に向け、ラジオ、その他のソーシャルメディアを通じた女性の地位向上を推進 |
2 | 芸術と文学の会 パンウォンダーン協会 (The Group of Art and Literature Panwongdaern Association | ウサマン・ダオ(Usaman Dao) | 2014年から活動、本会会員には、タイ南部各県で適用された治安法による被害を被ったパッタニ、ヤラー、ナラティワートの人々が含まれる | 平和と人権、民主主義に関するカリキュラムの開発により、会員らを励ます事 | – 平和、人権、民主主義の学習 |
3 | メルパティ会 (Merpati Group) | ウサマン・ダオ(Usaman Dao) | 2014年から活動、本会会員には、タイ南部各県で適用された治安法による被害を被ったパッタニ、ヤラー、ナラティワートの人々が含まれる | 平和と人権、民主主義に関するカリキュラムの開発により、会員らを励ます事 | – 平和、人権、民主主義の学習 |
4 | 孤児の生活の質向上を目指す青少年のネットワーク (Youth Network for the Quality of life of Orphans Development) | ヌルハヤティ・モロ(Nurhayatee Molo) | 2011年から活動、タイ南部の青少年ネットワークで、紛争による被害を被った孤児を支援する。創始者はハマー・モルロー(Hamah Morlor) | 紛争で両親を失った孤児に関する話題を議論するための公共空間を設ける事 | – 紛争によって生じた孤児を、宗教活動や奨学金の提供、学習継続の奨励などを通じて保護している |
5 | ザ・パッタニ (THE PATANI) | アルテフ・ソーゴ (Artef Sohgo) | 2015年から活動、ザ・パッタニは、元学生活動家で、現在は様々なステータスを持つ人々の集団によって結成された。本会のメンバーは、自分たちの事をザ・パッタニと呼ぶ。 | パッタニ人としての一連の政治的イデオロギーを持つパッタニ人を結束させる事 | – パッタニ人の間に対話のためのプラットフォームを設立 – ASEAN人民フォーラム(the ASEAN people forum)にパッタニ紛争をトピックとするフォーラムを企画 – 人道の日を設立 – リスニング・プロジェクト(The listening project)と平和の歴史(Peace history)という二冊の書籍を出版 |
6 | ハジ・スロン・アブドゥルカディール・トーミーナ師財団 (Prof. Haji Sulong AbdulQadir Tohmeena foundation) | デン・トーミーナ (Den Tohmeena | 1992年から活動、パッタニ議会の議員で、副内務大臣のデン・トーミーナ氏は、ハジ・スロン・トーミーナ(Haji Sulong Tohmeena)の三男で、本財団を父親の名で登録する事により、その遺徳を忍び、次世代への良き模範となる全てを顕彰している。 | 1. 宗教的、一般的教育課題を市民に提供する事 2. 孤児や貧しい学生に教育支援を行う事 3. 宗教活動を支援する事 4. 病院や高齢者介護施設を設立する事 5. 公共サービスの企画および他財団との協力 | – 2015年、本財団はハジ・スロン・アブドゥルカディール・トーミーナ師達の失踪61周年を企画した – 2016年には、クリサク・チュンハワン教授(Prof. Krisak Chunhawan)(警察大将のパオ・スリヤーノン‘Pol Gen Pao Sriyanon’はクリサクの義理の叔父)と共にハジ・スロン・アブドゥルカディール・トーミーナ師失踪、殺害の62周年を企画、被害者の遺族に謝罪しに来たグループがあった。 |
7 | 深南部ジャーナリスト養成校(DSJ/ Deep South Journalism School) | サロ二ー・デレク (Saronee Derek) | 2010年12月に設立。DSJはディープ・サウス・ウォッチ(DSW/Deep South Watch)の下位部門。 | 紛争によって被害を被った子供や青少年を重点的に取り上げる事で、次世代の記者の地位を向上させ、和平プロセスを推進する事。 | DSJは和平プロセス、司法プロセス、そして市民社会団体の動きという三つの主題に重点的に取り組み、子供たちのセーフティ―ゾーンを推進し、子供たちのための社会的セーフティ・ネットをアピールし、子供や青少年がソフトターゲットではない事を主張している。 |
市民社会が設立された日から今日まで、南部国境各県の問題は、今も未解決のままだ。例えば、中央集権的な中央政府の権力と、地方住民の生活様式、麻薬問題と人権、正義と腐敗の構造的対立は、紛争の状況を一層複雑にしている。交渉は治安当局や政府当局に独占され、国際人権団体は退けられ、これらの団体は活動が困難だと感じている。IO用のFacebookページは引き続き活用されている。コロナウイルス感染症によるパンデミックの最中にも、IO用Facebookコンテンツは、市民社会団体が国民を助ける事を何一つしなかったと言って、彼らの信用を傷つけようとしている。[xii]政府は国民を暴力から守るために積極的な役割を果たすべきであり、国民を意思決定に関与させ、コミュニティの構築や市民社会を奨励するべきなのだ。
Alisa Hasamoh
Alisa Hasamoh is a Lecturer in the Social Development Department, Faculty of Humanities and Social Science, Prince of Songkla University, Thailand
Notes:
- UShistory.org. (2019). The Purpose of Government. Retrieved from https://www.ushistory.org/gov/1a.asp. ↩
- Butkevičienė, E., Vaidelytė, E., & Šnapštienė, R. (2010). Role of civil society organizations in local governance: theoretical approaches and empirical challenges in Lithuania. Public Policy and Administration, 33(1), 35-44. ↩
- Rotberg, R. I. (2003). Failed States, Collapsed States, Weak States: Causes And Indicators. State Failure And State Weakness in a Time Of Terror, pp.1, 25. ↩
- See more http://pulony.blogspot.com/. ↩
- Workpointnews. International Security Operations Command Acknowledge The “IO” Operation Has Actually Been Done for 10 Years and it not Related with National Council for Peace and Order (NCPO). Retrieved from https://www.youtube.com/watch?v=muL8Dfmm76A. ↩
- Pimuk Rakkanam and Mariyam Ahmad. (2020). BRN Rebels Declare Ceasefire in Thai Deep South Over COVID–19. Retrieved from https://www.benarnews.org/english/news/thai/BRN-ceasefire-COVID-19-04042020141405.html. Also see, Information Department-BRN. (2020). Perisytiharan Brn Tentang Menghadapi Wabak Covid–19. Retrieved from https://youtu.be/9Q6zkFro7t4. ↩
- Analayo. P. S. “Buddhist Network for Peace: Social Movement for Peace Building Process in Three Southern Border Provinces”. Journal of MCU Peace Studies, Vol.1. Also see, Institute of Human Rights and Peace Studies. (2016). Buddhism and Majority – Minority Coexistence in Thailand. Nakorn Pathom: Mahidol University. ↩
- Lekha Kanklao. (2554). 20 organizations established “Civil Society Council of the Southernmost Thailand” promotes special local governance policies. Retrieved from https://bit.ly/2TY6nXA. The first day founded July 31, 2011. ↩
- Tuwaedaniya Meringing. Advantage/Disadvantage for Thai Government When International NGOs Monitored The Unrest Situation in the Southern Border Provinces (Especially in the Role of ICRC and Geneva Call). Retrieved from https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=698100434097872&id=473069013267683&__tn__=K-R. ↩
- Cross Cultural Foundation. (2020). The Statement Calls for Ending the Collection of People’s DNA’s during the COVID–19 Crisis Because the Risk of Spreading of the COVID–19 Pandemic and Violate Public Health Rules. Retrieved from https://bit.ly/3cjD2Np. ↩
- Cross Cultural Foundation. (2020). Protecting the Rights of People who Use Mobile Phone when the Signals was Forced to Disconnect in the Southern Border Provinces. Retrieved from https://crcfthailand.org/ ↩