ホーチミン市への定住:ベトナム人・台湾人の多文化家庭の経験
ベトナム人・台湾人家庭 今回の調査の参加者は、主に、仕事や紹介(1例では、結婚仲介業者)を通じ、自分たちの将来の配偶者と出会った人々だ。また、今回、サンプルとなったベトナム人女性の教育水準は高く、参加者のうち11人には高卒以上の学歴があり、それ以下の中等教育レベルの人は一人しかいなかった。また、彼女たちは、大抵、中国語や英語、日本語などの第二言語に長けており、中には中国系ベトナム人もいた。ちなみに、これらの女性たちは、結婚前には安定した職業に就いていた。一方、サンプルとなった台湾人男性は、仕事でベトナムに来て配偶者候補に出会った人が多い。 「ベトナムでは、ほとんどのベトナム人と台湾人の夫婦が、一緒に仕事をした後で恋愛感情を告白し、結婚を決める傾向にある。一方、台湾では、大部分の人が結婚仲介業者を通じて結婚する。ベトナムに来る台湾人男性は、まず、恋愛感情に基づいて配偶者を選ぶ事が多く、選ばれた女性たちはパートナーとして男性を支える能力に優れている。」 (結婚19年の51歳女性) また、調査に参加したベトナム人・台湾人の多文化家庭は、住居をベトナム人の妻の名で法的に所有している。多くの場合、このような行為は、妻に対する夫の信頼と愛情、さらには、「定住」し、ベトナムでキャリアと人生を築く意思を確約するものと考えられる。だが、銀行や企業がベトナム人にしか融資をしないため、これは費用対効果の計算に基づく行為でもある。(結婚7年の36歳女性と、結婚2年の32歳男性のコメント)。同様に、事業を行う際や、家庭に関する行政関連の手続きにも、しばしば、ベトナム人の妻の名が用いられる。 宗教に関しては、結婚前に配偶者間で各自の権利を話し合い、相手に改宗を迫らないという合意があっても、改宗するケースが見られる。 「私はカトリック教徒ですが、結婚により、夫もカトリック教徒になりました。結婚前、夫に改宗する気があるかと尋ねた事があります。当時、夫は、実家が仏教徒なので改宗する気はないと即答しました。…でも、その後、考え直して改宗しました。今では、家族全員がカトリック教徒です。毎週日曜日には家族でミサに出かけています。夫は、台湾にいる時は自分でミサへ行っています。」 このように、平等な立場から始まった結婚には、両者の主体性も表れていた。何より、愛情や敬意、効率的なコミュニケーションが優先されたが、経済的・物質的な思惑が無いわけでもなかった。 言語とコミュニケーション これらの結婚では、少なくとも、一つの外国語に習熟していれば、それが夫婦間の共通言語となる(結婚2年の32歳男性の証言)。今回の調査では、台湾人配偶者の大半が、10年以上ベトナムに住んでおり、ベトナム語をある程度、または、大体なら理解できるが、これを日常的に使用する人はほとんどいなかった。一方で、ベトナム人配偶者の中国語能力は向上した。ちなみに、ベトナム語を学習し、これで会話をしようとする決意や自信が台湾人配偶者にはほとんど見られず、理由としては学習困難が挙げられた。彼らは、大抵、ベトナム人配偶者による通訳を当てにしていた。(結婚19年の51歳女性の証言) 「夫はベトナム語を勉強しましたが、ありがとう、こんにちは、などの簡単な単語だけです…なぜ、夫に教えないのかとよく聞かれますが、ベトナム語の先生さえ教えられないのに、私には無理です。初日に、夫は勉強を嫌がり、夏には子供たちと一緒に勉強すると言っていました。でも、現在、子供たちは2か国語を話せるのに、夫は今もベトナム語が話せません」(結婚7年の36歳女性)。 ベトナム人・台湾人の多文化家庭では、次のような言語の選択が行われている。まず、夫婦間、父子間では中国語が使われ、母子間では、母親がベトナム語を話し、子供が中国語かベトナム語で返事をする。中には、日常会話に中国語しか使わない家庭もあり、そのような家では、子供たちのベトナム語能力が時と共に次第に失われていく。(結婚8年の36歳女性の記録と、台北学校/the Taipei Schoolの学生へのインタビューより)また、あまりにも早い時期から、二つも、三つもの言語を同時に学習する家庭では、幼い子供たちに言語障害が生じる場合もある。 「最初の24~25ヶ月)、うちの子供は頭を使ったジェスチャーだけで、コミュニケーションをしていました。そのため、発達障害があるのではと心配もしました。それでも、家族がバイリンガルだと告げると、子供たちは上手く話せるようになると保証され、使用する言葉も間もなく決まりました」(結婚19年の51歳女性) だが、言語能力は、家庭内のコミュニケーションの妨げにもなる。例えば、親戚が異文化間のコミュニケーションを困難に感じたり、夫婦間でも、言語の障壁によって文化的誤解が生じる可能性がある(結婚2年の32歳男性)。 このように、ホーチミン市のベトナム人・台湾人の多文化家庭内のコミュニケーション言語は、夫婦の言語能力によって大きく左右される。だが、大抵は、台湾人の夫が話すベトナム語より、ベトナム人の妻の中国語の方が堪能な傾向があり、夫婦間の会話は、主に中国語で行われている。だが、ベトナム人・台湾人の多文化家庭の子供たちが使用する言語はさらに多様で、両親の言語能力以外にも、その子供の学習環境や、生活環境によって使用する言語が決まる。 食事 家庭での食事の選択は、家族の意思決定プロセスや、文化的嗜好を明らかにする。食文化の実践は簡単だが、生活環境や、家族の食習慣、個人の嗜好などの諸条件を考慮すると、文化の違いに折り合いをつけるのは難しいだろう。今回の研究から、ホーチミン市のベトナム人・台湾人家庭では、2つ以上の食文化が共存し、既存の嗜好に従った実践が行われているのが判明した。なお、喜ばしい事に、複数の家庭で、食事は家族で共にするべきだと考えられていた。 「その日に誰が料理をするかによります。私はベトナム料理を作るし、妻だと台湾料理を作ります。また、自分の体力や味覚に従って作るものを選びますが、体力や味覚は変化するし、調節も、適応も可能です。」(結婚23年の55歳ベトナム人男性)。 このように、異文化が出会い、共存しているが、中には越えられない一線もある。例えば、台湾人の配偶者は、「国民的な」(魚)醤を口にしない。また、孵化しかけたアヒルの有精卵から作ったベトナム・バロットというスナックは、ベトナムでは一般的だが、これを喜んで食べる台湾人配偶者もほとんどいない。さらには、甘い、塩っぱいにも違いがあり、調理法や準備の仕方も異なる。(結婚7年の46歳男性)。 このように、ベトナム人・台湾人の多文化家庭の食習慣には多様性がみられ、家族間には、適応や、対立、協調、お互いの尊重と妥協が存在する。 国籍、市民権と出身地の認識 社会的・政治的背景の違いや、それぞれの国の政策の違いから、ホーチミン市に住むベトナム人・台湾人の多文化家庭内での配偶者の役割と立場の違いが生じた。 まず、ベトナム国内のベトナム人住民と結婚した外国人の居住権を決定的に左右するのが、(企業を通じた)有給での雇用の有無、あるいは、扶養家族ビザ(配偶者)の有無だ。通常は、「会社が全ての面倒を見てくれる」。だが、(仕事が変わった際の)扶養家族ビザから、商用ビザ、または、労働許可ビザなどに、ビザの種類を切り替える際、家族が微妙な違いをよく把握していないと、ビザ問題が忍び寄って来る。この調査では、多文化家庭の人々は、ベトナムのビザ政策をベトナム在住の外国人配偶者に多くの困難と不都合をもたらす存在とみなしていた。 次に、ホーチミン市のべトナム人・台湾人の多文化家庭の子供たちは、両親が両国政府に法的な婚姻届けを出していれば、ベトナムと台湾、両国の市民権を獲得できる。この二重市民権には、多くの利点があり、例えば、近年の新型コロナウイルス感染症の流行期には、子供たちは、台湾国外に住んでいても、補助金や支援が受けられた。さらに、ベトナムの台北学校に通う学習手当も支給されたし、台湾政府のその他の児童支援政策の対象にもなっていた。だが、調査に参加した二重市民権を持つ子供たちに聞いてみると、彼らは自分を両国の市民とは考えず、むしろ、得られる利点に応じて答えを変えていた。 「総体的に見て、台湾の老人福祉と児童福祉は非常に手厚いです。ベトナムでは、二人の子供たちは、ほとんど何の支援も受けていませんが、台湾政府は、現在、子供一人につき、毎月5,000台湾ドルの手当を支給しています。また、ベトナムでは、新型コロナ流行期に、一人当たり100万ドンの給付金が支給されましたが、台湾政府からは、約800万ドンが支給されました」。(結婚8年の36歳ベトナム人女性) ちなみに、ベトナム在住の外国人配偶者を対象とした福祉政策は、台湾在住の外国人配偶者を対象としたものに比べると乏しい。ただし、ベトナム人配偶者は、関係の維持や、居住権などの権利に関する国籍政策の対象に認定されるため、両国の間を頻繁な行き来をする必要があった。 「台湾は、台湾在住のベトナム人の花嫁を台湾人と見なします。けれど、台湾人がベトナム人と結婚して、長年ベトナムに住んでいたとしても、ベトナムは決して彼らをベトナム人とは認めようとはしません。ベトナム人にとって彼らはあくまで台湾人なのです。」(結婚7年の46歳男性) 結論 今回と前回の論文では、ベトナム人・台湾人の多文化家庭、主に、台湾ではなく、ホーチミン市に住む事を決めたベトナム人の妻と台湾人の夫から成る家庭に焦点を当てた。この論文では、彼らの状況や、数、地理的分布、家族形成の背景と共に、言語の使用や、コミュニケーション・パターン、食事の選択、国籍や市民権など、多文化家庭の生活に顕著に見られるであろう、いくつかの側面を考察した。 さらに、今回の研究から、現在、ホーチミン市在住のベトナム人・台湾人の多文化家庭が希少な存在ではなく、増加傾向にある事が判明した。ちなみに、これらの家族は、主に、7区と1区、そして、トゥドック市に住んでいる。サンプルの台湾人男性の大半が、仕事でホーチミン市に来て、現在のパートナーに出会い、結婚仲介業者を介さず、自然な経過を経て恋愛関係に至った。つまり、これらの関係の構築には、経済的・物質的配慮よりも、恋愛関係が大きな役割を果たしている。さらに、このような家庭では、台湾人配偶者のベトナム語能力より、ベトナム人配偶者の中国語能力の方が高い傾向がある。このため、ホーチミン市のベトナム人・台湾人の多文化家庭におけるコミュニケーションには、次のような一定のパターンがある。つまり、配偶者間、子供と台湾人配偶者間では中国語が、ベトナム人配偶者と子供の間では、ベトナム語が使われている。また、ベトナム人・台湾人の多文化家庭の子供たちには、ベトナム語、中国語、英語の最大3言語が流暢に話せるようになる可能性がある。だが、これらの言語能力のレベルや、日常のコミュニケーションでの使用は、家庭環境にせよ、教育環境にせよ、子供たちの語学力が要求される環境によって決まる。だが、同時に、多文化家庭での多言語の使用から、特有の問題が生じることもある。例えば、言葉の壁のために、互いの願望や複雑な感情的要求に対する本質的な理解が欠けている夫婦もいれば、多文化家庭の子供の言語的混乱などもある。また、言語に加え、日常的な活動である食事の選択も、家族間の対立や、アカルチュレーション(文化変容)、調和、相互尊重や妥協など、多くのプロセスのきっかけとなる。さらに、ホーチミンに住むベトナム人と結婚した台湾人が、ベトナムの市民権を得ずに長期居住を望む場合、彼らは、勤務先か、妻子をビザの保証人として完全に頼ることになる。一方、法律で認められた多文化家庭に生まれた子供には、通常、二重市民権獲得の権利があるが、彼らには、いずれか一方の市民権を持つという自覚がない。むしろ、子供たちは状況次第で、または、価値最大化の戦略により、自らのアイデンティティを選択している。 Phan Thi Hong […]