この記事では、「ライダー」と呼ばれる、タイの配車サービスや、フードデリバリーのプラットフォーム労働者に影響を及ぼす問題を簡潔に論じる。ここに、掲載したデータは、参加型の観察・研究を通じ、435名のライダーから収集したものだ。彼らは、バンコクや、コーンケーン、アントン、パッタニの3県で暮らし、働いている。彼らの抗議活動の観察や、ライダー団体の複数の指導者へのインタビューから、ライダー間の意見の不一致が、雇用関係と社会保障との関係に対するライダーの理解に関連している事が分かった。
ライダーの問題
2020年1月から、2021年8月までに、様々なライダー団体が主催した19のデモの分析から、ライダーの要求が主に、次の事柄に集中している事が判明した。それらは、賃金や報奨金(89.5%)、プラットフォーム上のアルゴリズムの不具合(41.2%)、労働条件改定(41.2%)、傷害保険の要求(11.8%)だ。この4つの要求には関連性があり、調査データでもこれが再確認された。実際に、ライダーの賃金や報奨金は著しく引き下げられている。例えば、バンコクのライダーに対し、Grabは、2018年には、60バーツ、現在は、38バーツを支払っている。だが、プラットフォーム企業は、賃金や報奨金について、市場競争が非常に激しいと言うだけの対応をしている。これに関し、企業各社は、業界で生き残るには、賃金や報奨金を引き下げるしかないと主張する。だが、賃金の引き下げは、ライダーが、さらなる長時間労働により、一定の収入レベルを維持しなければならない事を意味する。著者が行った調査では、多くのライダーがこの主張を裏付け、確かに、以前より長時間働いていると語った。なお、ライダーの36.6%が1週間に41~60時間働いており、44.8%が1週間に60時間以上働いていると回答した。また、ライダーの数がかなり増え、ライダー間で競争が激化した事も、仕事の減少や、収入維持のために長引く待機時間の一因となった。
また、このような長時間労働によって、事故のリスクも高まる。調査では、情報提供者の33.5%が事故に巻き込まれたと回答しており、例えば、車両からの転落や、他車両との接触、衝突などもあった。さらに、アルゴリズムの変更によって、ライダーが複数の顧客への同時対応を迫られる場合も、事故につながる可能性がある。マッチングのアルゴリズムは、ライダーが以前の顧客から得た評価に応じ、仕事を紹介しようとする。そこで、ライダーは、顧客から、フードデリバリーが遅れたと責められ、その罰として、低い評価を与えられまいとする。このため、ライダーは、いち早く食品を配達し、顧客を満足させようとするが、これが事故のリスクを高めている。
また、プラットフォーム・アプリの動作エラー問題に頻繁に直面するという回答もあった。調査データによると、回答者の51.1%が、フリーズや、ラグ、エラー、仕事の続行が不可能になるなど、アプリの不具合を経験していた。2番目に多いのが、地図やGPSシステム関連の問題で、引き取り先や、配達先が間違って表示されたため、時間を無駄にしたり、燃料費がかさんだり、顧客との争いが生じる事もある。
ライダーの要求に対するプラットフォーム各社の沈黙は、ライダーが交渉力を高める必要がある事を示す。当然、ライダー間のより高度な集団行動が、好ましい変化をもたらす可能性はある。だが、筆者が観察した19のデモの大半は、異なるプラットフォームのライダーを団結させるものではなかった。次に、ライダー運動と、ライダー同士の関係を論じよう。
タイのライダー運動の内部
通常、ライダーはソーシャルメディアのプラットフォーム上に集まる。私が、ライダー間のソーシャルメディア・プラットフォームの利用を初めて知ったのは、プラットフォーム・エコノミーのサービス産業への影響に関する初期の研究をしていた頃だ(Wantanasombut & Teerakowitkajorn, 2018)。当時、ライダーは、彼らの日々の仕事や、不当な労働条件に関する情報交換のために、オンラインで集まっていたようだ。時には、交流を目的としたグループ・ミーティングを企画し、遠出の旅行や、チャリティ運動などの活動も開催していた。やがて、これらの団体は、他のライダーからも注目され始め、メンバーやフォロワーの数も、次第に増えていった。また、多くのライダーは、一つ以上の団体に属し、中には、メンバー数が数百人から10万人以上に増えた団体もある。これらの団体は、圧力団体と、苦情団体の二種類に分けられる。圧力団体とは、権利や、労働条件の改善を求めて闘う団体で、抗議活動や、ストライキ、嘆願書などを通じ、プラットフォーム企業に圧力をかける。一方、苦情団体とは、ほとんどのメンバーが不満を表明するために集まったもので、プラットフォーム企業との議論より、融和的なアプローチを好む。
この記事の焦点となる圧力団体には、GFM (the Grab Fast-Moving We Help Each Other)、FRU (the Freedom Rider Union)、TRA (the Thai Rider Association)の3つの主なサブグループがある。この3つの団体は、各々にプラットフォーム企業と闘っているが、同じ考えを持っているわけではない。例えば、FRUは、元はLalamove Union(ララムーブ組合)で、同社の賃金引下げに対して設立された団体だ。
さらに、フードデリバリー市場の成長は、タイで人気の通信プラットフォーム、Lineなど、大手テクノロジー企業の注目を集めた。そこで、日本の巨大テクノロジー企業の子会社であるLine Thailand(ライン タイランド)は、範囲の経済(economy of scope)を展開しはじめた。これにあたり、同社は、まず、デジタル・メッセージ・サービスの利用者に、Line Thailandを通じたドキュメント・メッセンジャーの呼び出しを可能にした。この拡張サービスが、“Line Man(ライン マン)”と呼ばれるものだ。その後、Line Thailandは、飲食店の口コミ・プラットフォームとして有名なWongnaiを買収し、フードデリバリー市場に参入した。ちなみに、Wongnaiは、タイ全国各地の飲食店、40万店以上もの大量のデータセットを収集していた(Chinsupakul, 2020)。こうして、両社間のM&A契約によって、LMWN (Line Man Wongnai)が設立された。当初、LMWNには自社ライダーがいなかったが、代わりに、タイでも操業している香港の配送プラットフォーム、Lalamoveと提携した。しかし、その後、競争が大幅に拡大し、市場の競争があまりに激化したため、LMWNは経費削減のため、Lalamoveとの提携を打ち切り、配送部門を自社で運営する外なくなった。そこで、LMWNは、自社で仕事する事を選んだ元Lalamoveのライダーに、自主的にLalamoveからLMWNに乗り換えるよう呼びかけた。この移行期間に、Lalamove Unionは、JELI (the Just Economy and Labour Institute)や、SC (the Solidarity Center)などのNGOと、労働組合の助言を受け、賃金と労働条件の交渉に主導的役割を果たした。これにより、Lalamoveのライダーが2つのプラットフォームに分割されたため、Lalamove Unionは名称をFRUと改めた。こうして、FRUは、二つのライダー団体の代表となり、後には、他のプラットフォーム企業のライダーも代表するようになった。また、地元NGOや、労働組合の支援を受けたFRUは、市民団体や、社会運動、当局、政党とも連携ができる。このように、FRUは、圧力団体の中でも最も進歩的で、しばしば、構造問題に取り組もうと努力している。FRUの主な要求の一つは、ライダーが労働者保護法(the Labor Protection Act)の対象となる事で、FRUには、ライダーがプラットフォーム企業の雇用者と見なされるべきだとの信念がある。現在、全国的にFRUは地方でライダー団体を積極的に組織している。
一方、GFM(The Grab Fast-Moving We Help Each Other)設立の背景には、現地のタイ語でウィン(Win)と呼ばれる従来のバイクタクシーの運転手と、配車サービスアプリを通じて乗客を取るライダーとの対立があった。本来、ウィンになるには、運転手はタイ当局の規定に従う必要があり、例えば、エンジンの大きさや、公共交通機関の運転免許、料金など、一定の基準がある。ところが、市場に参入したGrabは、ウィンに関するあらゆる法律や規定を無視した。つまり、バイクさえあれば、誰でもGrabで働けたのだ。このように、同社は法律だけでなく、ウィンの運転手の安定した雇用をも脅かした。このため、プラットフォームのライダーが、自分たちの仕事を不正に奪ったと考えたウィンの運転手から、厳しい批判が生じた。しばしば、ウィンの運転手は、自分たちのエリアでライダーが客を乗せる邪魔をし、彼らのナンバープレートを写真に撮って当局に通報したり、ライダーと諍いを起こしたりした。また、これらの諍いが暴力行為に発展するケースも多かった。そこで、このような状況に対処するため、GFMが結成された。もし、プラットフォームのライダーが、ウィンの運転手に呼び止められるか、脅されれば、ライダーは、グループ内の別のライダーに助けを求められる。また、近くにいるメンバーも、素早く行動して、これを助けようとする。さらに、GFMは抗議行動も呼びかけており、労働条件の改善や、つい最近では、バイクタクシーの配車サービスの合法化を求める嘆願書などを争点としていた(Wantanasombut, 2023)。
三つ目の主要な圧力団体がTRA(the Thai Rider Association)だ。かつて、同団体の指導部は、FRUと緊密に連携していたが、その後、FRUを離脱した。原因は、FRUの目標に賛同できない事と、FRUが現地のNGOや、労働組合から受けた支援をめぐる対立があったためだ。このような、ウィンの運転手との度重なる諍いの末、TRAの指導部は、The EV Motorcycle Taxi Association(電動バイクタクシー組合)と緊密な関係を築いた。ちなみに、これはTRAに合法的な組合として登録するよう提言した組織だ。こうして、TRAは、当局に登録された最初のライダー団体となったが、一方で、FRUやGFMは非公式に集会を行った。たとえ、FRUが「組合(Union)」と自称しても、タイの労働法は、彼らが正式な労働組合を設立するのを妨げた。なぜなら、当局がライダーをプラットフォーム企業の「雇用者」と認めていないからだ。このため、TRAとウィンのドライバーとの密接な関係は、ウィンのドライバーをプラットフォーム・ライダーの直接の敵対者と見るGFMとTRAの関係を悪化させた。
柔軟性と雇用不安
ライダーになれば、柔軟性と独立が手に入るが、通常、これには代償が伴う。前項でも触れたが、ライダーが直面する問題には、例えば、不安定な収入や、福利の欠如、安全上の懸念、結社の自由や、団体交渉権などがある。これらのほとんどの問題は、まとめて雇用不安と呼ばれ、しばしば議論されている。プラットフォーム労働では、柔軟性と雇用不安がトレードオフと見なされる事が多い。だが、タイの場合、これは雇用関係の区分と、それらの区分に関連した社会保障の結果でもある。
まず、タイの労働法では、自営業者や、独立請負人(independent contractors)は労働者保護法(LPA/ the Labor Protection Act)の対象にならない。この法律は、賃金や福利厚生、労働条件、差別など、労働者の基本的権利を保護するものだ。また、彼らは、結社の自由や、団体交渉、ロックアウトや、ストライキの自由を保障し、雇用主によるその他の不当な扱いから労働者を保護する労働関係法(LRA/the Labor Relationship Act)の対象でもない。このように、LPAとLRAがプラットフォーム・ライダーに適用されない代わり、彼らは民商法典(CCC/the Civil and Commercial Code)の対象となる。
ここで、ライダーの雇用関係を明確にするには、LPAとCCCが雇用関係の定義とする以下の定義に目を向ける必要がある。1)仕事完了の定義、2)業務、あるいはサービス完了時の支払い、3)作業過程の管理、4)生産手段の所有権、5)損害賠償責任。このように、ライダーの雇用関係は曖昧だ。ある基準では、ライダーは明らかにプラットフォーム企業の雇用者とされ、また別の基準では、独立請負人と見られる。さらに、生産に用いられるツールとリソースが、両方の雇用関係の中間に当てはまる場合もある。なぜなら、スマートフォンがライダーのものでも、アプリを所有するのはプラットフォーム企業だからだ。
Completion of work | |||
Payment of completion of services | |||
Control of process of work | |||
Tools and resources | |||
Responsibility for damage | |||
この結果、プラットフォームのライダーは、LPAの対象にも、LRAの対象にもならない。そこで、雇用不安軽減のために、ライダーをプラットフォーム企業の雇用者と見なすべきだという提言も多い。だが、調査では、ライダーは、労働条件の改善を望んでいるが、彼らの51.7%は独立請負人でいる方が良いと主張している。このような矛盾は、圧力団体間の意見の相違をもたらした。中でも、FRUには、ライダーは雇用者であるとの強い信念がある。だが、これに対し、GFMとTRAには違う信念があるため、圧力団体の間で意見の食い違いが生じた。
結論
それはさておき、柔軟性と雇用不安をトレードオフにしてはならない。総合的な改革を行い、ギグエコノミーの柔軟性と、プラットフォーム労働者の安定性へのニーズのバランスを取るべきだ。まずは、ライダーやプラットフォーム労働者の区分を再検討し、より多くの保障を確保する必要がある。また、社会保障は、あらゆる区分の労働者に等しく保証されるべきだ。そして、これと同様に重要なのが、基準所得の保証と、プラットフォームのアルゴリズムの透明性の確保だ。さらに、ライダー間の結束も極めて重要となる。ライダーが合法的な組合を通じ、集団で懸念の表明や、条件交渉を行う方が、プラットフォーム企業も、彼らの要求にさらに耳を傾け、受け入れるはずだ。これらの要素を調整すれば、プラットフォーム・ライダーの柔軟性と、安定性がバランスよく並存する枠組みの構築も可能だと、私は確信している。
Akkanut Wantanasombut
Institute of Asian Studies, Chulalongkorn University
References
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