インドネシア政治・経済の動向:中国一帯一路構想(BRI)連携

Noto Suoneto

国際社会におけるインドネシアの存在を振り返る際、その根拠とするべきものは、同国の具体的な外交政策上の決定だ。数ある外交政策部門の中で、経済的利益は最も重要視されている。実際、ジョコウィが経済的利益の充実を最優先している事は、インドネシアの外交政策の優先順位にも表れていた。インドネシアは、現在の国際的関与の焦点として「経済外交」を推進しているからだ。また、インドネシアの経済外交上の課題は、内政の目標や構想にも通じる。これは、さらなる経済成長やインフラ開発などを中心とした国家目標の追求である。さて、ジョコウィの経済外交上の最も顕著な決断の一つは、インドネシア・中国間の一帯一路構想(Belt and Road Initiative: BRI)連携だ。そこで、この記事では、インドネシアのBRI連携と、その周辺の政治・経済動向の一部について分析を行う。

BRIに対するインドネシアの姿勢と認識

2013年にインドネシアを訪問した中国の習近平国家主席は、インドネシアとの海上連携の構築に中国政府が関心を持っていると発言した。これは21世紀海上シルクロード機構(the 21st Maritime Silk Road mechanism)を通じた海上連携のことだ。だが、当時のインドネシアは、スシロ・バンバン・ユドヨノ政権下で、同政権の外交政策の優先事項では、海洋政策がほとんど顧みられていなかった。それでも、両国政府は連携を「包括的戦略的パートナーシップ(Comprehensive Strategic Partnership)」レベルに引き上げる事を誓った。

その後、2014年の大統領選挙の結果、ジョコウィ大統領が新たな最高指導者になり、インドネシアの外交政策の優先事項も新大統領の構想に従って変化した。まず、ジョコウィ第1期目の外交政策が重視したのは、インドネシアの海上でのプレゼンスと国力を拡大する構想だ。そこで、同大統領は選挙公約に従い、“poros maritim dunia”、すなわち、「世界海洋軸(Global Maritime Axis)」の概念を掲げ、インドネシアを海洋国家に変えようとした。これについて、中国は、ジョコウィの構想が二国間連携をさらに強化する道を開くかもしれないと理解した。

ちなみに、大統領就任後のジョコウィが初めて訪問した国は中国だと言われている。これは、2014年アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議に参加し、各国首脳に会うための訪中だった。その時、ジョコウィは世界に自身の海洋軸構想を披露すると共に、インドネシアのコミットメントも発表した。この内容は、中国主導のアジアインフラ投資銀行(Asian Infrastructure Investment Bank:AIIB)への加盟と、インドネシアの世界海洋構想を中国の21世紀海上シルクロード(21st Maritime Silk Road:MSR)に統合するというものだ。この訪中をきっかけに、BRIの枠組下での、インドネシアと中国の連携の道が開かれた。その後、二度目の会合は、2015年3月のボアオ・フォーラム(the Boao Forum)で実現した。この時、ジョコウィと習は共同宣言を発表し、両国の海上連携のさらなる強化を推進するという誓約を強調した。

さらに、2014年にミャンマーのネピドーで開催された第9回東アジアサミット(the 9th East Asia Summit:EAS)において、ジョコウィ大統領は自身の「世界海洋軸」構想を改めて強調した。この構想では、間違いなく中国のMSRがジョコウィの壮大な海洋計画を補完していた。確かに、ユスフ・ワナンディ(Jusuf Wanandi)が論じる通り、BRIイニシアティブは明らかに、インドネシアに恩恵をもたらすだろう。だが、ジョコウィがBRIと国内連結性(connectivity)計画との間に相乗効果を生み出せるかどうかが、この恩恵の規模を左右する。最も大きな可能性があるのは、中国BRIの優先事項に対応する2016年から2019年のインドネシア海洋政策行動計画(the Action Plan of Indonesia Ocean Policy 2016-2019)に依拠した連携だ。

ここで、BRIに対するインドネシアの姿勢を理解する有効な方法として、ジョコウィと政権の公式声明を見直そう。まず、2017年の第1回BRIフォーラムで、ジョコウィはBRIに対する楽観論と支持を表明した。その際、彼はBRIが東南アジア地域にさらなる産業化とインフラ開発をもたらすと述べた上で、この構想を現実的で具体的だと高く評価した。また、the South China Morning Post (SCMP)の取材では、ジョコウィは、インドネシアと中国の関係について、BRIが掲げるインフラ開発と製造開発が中心の関係になると繰り返した。

以来、インドネシアはBRIの枠組の下で、一貫して連携の強化を続けてきた。だが、少なくとも2018年までは、両国の間に具体的なインフラ計画の合意は一つも無かった。この理由は、BRIプロジェクトの定義に対する認識に食い違いがあったからだ。中国が全てのインフラ計画や経済面での交流をBRI連携と捉えていたのに対し、インドネシアは、習とジョコウィの政権期以降に成約した計画のみをBRI連携と見ていたのだ 1。何はともあれ、両国のBRI連携に対する政治的コミットメントは、このようにして推進されて行った。

また2018年には、インドネシアの大統領特使で、海洋担当調整大臣でもあるルフット・パンジャイタン(Luhut Pandjaitan)が訪中し、両国は恰好のBRIパートナーだと述べた。同氏はさらに、中国の王毅外相と共に、両国がBRI連携の合意事項を完全に履行し、インドネシアの地域包括的経済回廊(Indonesia’s Regional Comprehensive Economic Corridors)の開発を進める事を誓った。ちなみに、この経済回廊の開発にはBRIイニシアティブも関わっている。その上、同氏は、インドネシア政府には、外交関係で中国との関係を常に特別扱いする傾向があると言い、ジョコウィが北京政府を大いに歓迎している様子を示唆した。

一年後、インドネシアが提案した911億米ドル相当のプロジェクト28件は、BRI連携の一環として、中国の投資家が検討する対象となった。さらに、2019年の日本G20サミットのインドネシアと中国の会談では、ジョコウィ大統領が習主席に特別な資金提供を要請した。その際、同大統領は、インドネシアがまだBRI最大の利益に預かっていないと指摘した。また、2019年には、マルスディ(Marsudi)外相が、インドネシアはBRI構想を非常に重視しており、BRIのプラットフォームを通じた連携のさらなる強化を期待すると述べた。このようなインドネシア政府高官の発言を見たところ、インドネシアはBRI連携を高く評価しており、BRIに対するインドネシア政府の姿勢には曖昧なところが無い。

Map indicating locations of China (green) and Indonesia (orange). Wikipedia Commons

中国BRIに対する国内の批判と反対

 だが、BRIに対するインドネシアの姿勢や認識を批判する否定的な意見や論争も数多くある。例えば、「債務の罠」や、主権喪失、インドネシアへの中国人労働者の流入などの問題をめぐり、国内にBRI構想に対する数々の否定的な意見がある事に間違いはない 2。また、CSISの研究から、BRIに対する理解と情報不足の結果、インドネシアの中国依存に対する懸念が高まっている様子が明らかになった 3

世論がBRI開発にとって大きな障害であるために、インドネシアは極めて慎重にBRI構想に取り組んできた。国民はインドネシアの国外関与を民主的に評価できるので、国民の懸念は極めて重要なのだ。実際、ジョコウィのBRIに関する問題は、まぎれもなく国内の有権者によってもたらされたものだ。例えば、ジョコウィは3年連続で大規模デモに直面しているが、このデモは、BRIプロジェクトに携わる中国人労働者の締め出しを要求している。また、インドネシアの著名な経済学者、ファイサル・バスリ(Faisal Basri)や、エミル・サリム(Emil Salim)らも、様々な場でBRIの複数の側面を批判している。例えば、BRI投資の性質や、中国人労働者の流入などが批判の対象となった。

さらに、インドネシア国民議会(Indonesian House Representatives: DPR)のファドリ・ゾン(Fadli Zon)副議長は、BRIの国政や経済的主権に対する脅威をジョコウィに警告したほどだ。また、ジョコウィ政権の元経済担当調整大臣でルフットの前任者、リザル・ラムリ(Rizal Ramli)は、BRIをもろ刃の剣と評した。理由は、BRIが「所有も可能な融資(”lend-to-own”)」計画で、中国政府にインドネシアの戦略資源の管理権を奪わせるものだからだ。

さらに、インドネシア政府は、「債務の罠」のリスク以外にも、BRIプロジェクトの環境への影響についても批判されている。例えば、2019年には、北スマトラでのBRIの水力発電ダム計画がオランウータンの固有種を危機にさらすと、240の市民団体が反対した。もう一つのBRIプロジェクト、ジャカルタ・バンドン高速鉄道も、適切な環境影響調査が行われていないと批判された。また、インドネシアの著名な環境団体、WALHI、インドネシア環境フォーラム(The Indonesian Forum for Environment)も、汚染をもたらすエネルギー電気計画や石炭鉱業への投資を懸念している。このように、BRIは一連の批判を受け、インドネシア国内で厳しい試練にさらされている。

Indonesian President Joko Widodo meeting Chinese President Xi Jinping, March 2015. Wikipedia Commons

だが、中国の習主席は、BRIプロジェクトの環境面に対する批判を認識し、フィードバックとして、いくつかの解決策を導入した。まず、第1回BRIフォーラムで、習はグリーン開発国際連合(the International Coalition for Green Development)の設立を提言した。これにより、国連の環境計画や環境省と連動して、世界中のBRIプロジェクトにグリーン開発の指針を取り入れる狙いだ。さらに、2019年の第2回BRIフォーラムでは、習がスピーチの中で、BRIを「オープンで環境に配慮したクリーンな」イニシアティブにしようと呼びかけた。

また、環境に配慮したBRI(the Green Belt and Road)や、BRIの生態環境保護協力計画(the Belt and Road Ecological and Environmental Cooperation Plan)推進の指針を通じ、北京政府は、環境保護や気候変動対策のナラティブを戦略的に宣伝している。 4さらに、前回のボアオ・アジア・フォーラム(Boao Forum for Asia: BFA)2021年年次総会では、習がBRI傘下でのグリーンな開発やインフラ、エネルギー、融資に対する中国のコミットメントを改めて強調した。

一方、インドネシアも、このような環境面に対する批判に備え、いくつかのコミットメントを用意していた。例えば、大臣のルフットは、インドネシアがBRIプロジェクトで環境に優しい技術の使用を要求し、生態系に悪影響を与える二流技術は拒否すると宣言した。また副大臣のリドワン・ドジャマルッディン(Ridwan Djamaluddin)も、次のような発言により、政府が正しい道を歩んでいる事を示唆した。いわく、政府も中国に電力発電所への投資を提案しており、インドネシアは北京政府との取引において経済的利益と環境保護のバランスを取るという。一方、「BRIの罠」問題については、インドネシア外務省のアルマナタ・ナシル(Arrmanatha Nasir)報道官が次のようにじた。彼が言うには、中国との取引において、ジョコウィは所有権と国家主導のアプローチを重視している。ゆえに、BRIは国外、あるいは長期の投資家(long-provider)主導ではなく、国家の開発戦略に沿ったものになるという。

BRI連携をめぐる問題は、インドネシア人の中国に対する見方に影響を与えてきた。ピュー・リサーチセンターの世論調査によると、インドネシアの中国政府への依存に対する懸念が高まったため、中国を好意的な目で見るインドネシア人が徐々に減っている。この調査結果から、2018年に中国とインドネシアの連携強化に信頼を寄せていたのは回答者の53%で、2014年の66%から減少している事が分かった。また、Lingkaran Survei Indonesia(LSI)による別の調査からは、インドネシア人の36%が、中国はインドネシアに悪影響を及ぼすと考えている事も判明した。これらの事実から、中国・インドネシア両政府の関係が国内で試練にさらされており、これがより緊密なBRI連携の大きな障害となり得る事も明らかとなった。

このように、高い政治的要素とリスクを抱えたインドネシアの経済外交を取り仕切るのは、主に外務省の仕事だ。だが、殊にBRIについては、インドネシアは「債務の罠」のリスクに備え、BRIパートナーシップよりも企業間(business-to-business: B2B)体制を重視してきた。対中関係の中心的人物であるルフットは、B2B体制なら、インドネシアはBRIの悪影響の罠に嵌まらないと繰り返し主張する。だが、BRIが今でも中国政府の管理下にある事を考えると、その背後の政治的動機を切り離すのは難しいのではないだろうか。この動機について、ストロームセス(Stromseth)は中国政府の「経済的国策(economic statecraft)」 5だと主張する。一方、ダンスト(Dunst)は、これを中国の世界進出と、反米的な政治単位の始まりだと指摘している 6

だが、国営企業など、企業のBRI連携への関与を考慮すると、BRIに向けたインドネシアの経済外交は外務省の独壇場ではなく、他の関連部局も携わっている。例えば、ルフット・パンジャイタンはBRI連携に最も積極的な大臣だが、その背景には、彼のインドネシア対中協力調整官、経済調整担当大臣としての地位がある。

とかく、認識された問題は政治利用され易いもので、ジョコウィ政権はBRIがウィンウィンの関係で進められていると応じた。つまり、政府はBRIを政治的な見地ではなく、商業的な見地から示そうとしているのだ。このナラティブを支える一つの手段がBRIのB2B体制による実施であり、このためにジョコウィは民間の融資計画に力を入れているのだ。インドネシア商工会議所(the Indonesian Chamber of Commerce/ KADIN)のロザン・ロスラニ(Rosan Roeslani)会長は、BRIに対する政府の姿勢を支持した。この際、彼は、インドネシアがインフラ開発から得る莫大な利益が、やがて他の商業利益にもつながるとの見解を示した。目下、BRIと政治を区別するジョコウィのアプローチにより、パンデミックにも関わらず、国民の不満は抑えられている。そればかりか、ジョコウィと習は引き続き、さらなるBRI連携の推進を行っている。

インドネシアと中国のBRI連携は、国内の様々な政治情勢の変化にさらされている。だが、ジョコウィ政権は産業界を深く関与させることで、何とかしてBRIをウィンウィンの連携として実施しようとしている。だからこそ、インドネシアは、大いに分裂を招く政治的な側面を、中国のBRI連携から切り離そうとしているのだ。それでも、インドネシアにおけるBRIは、様々な団体からの批判や政治的反発を免れないだろう。だが、両国政府がBRI連携を、いわゆる「経済的国策」として進めない限り、これは継続可能な連携となるだろう。

Noto Suoneto
Noto Suoneto is a foreign policy analyst and host of Foreign Policy Talks Podcast. He is also part of Y20 (G20 Engagement Group) Indonesian Presidency 2022.

Notes:

  1. Negara, Siwage Dharma, and Suryadinata. 2018. Indonesia and China’s Belt and Road Initiatives : Perspectives, Issues and Prospects. Singapore: ISEAS Yusof Ishak Institute.
  2. Yuliantoro, Nur Rachmat. 2019. “The Belt and Road Initiative and ASEAN-China Relations: An Indonesian Perspective.” In The Belt and Road Initiative: ASEAN Countries’ Perspectives, by Yang Yue: Li Fuijian, pp. 81-102. Beijing: Institute of Asian Studies and World Scientific Publishing Ltd.
  3. Damuri, Yose Rizal, Vidhyandika Perkasa, Raymond Atje, and Fajar Himawan. 2019. Perceptions and Readiness of Indonesia Towards the Belt and Road Initiative. Jakarta: Center for Strategic and International Studies (CSIS) Indonesia.
  4. Coenen, Johanna, Simon Bager, Patrick Meyfroidt, Jens Newig, and Edward Challies. 2021. “Environmental Governance of China’s Belt and Road Initiative.” Environmental Policy and Governance Volume 31 Issue 1 pp. 3 -17.
  5. Stromseth, Jonathan R. 2021. “Navigating Great Power Competition in Southeast Asia.” In Rivalry and Response- Assessing Great Power Dynamics in Southeast Asia, by Jonathan R. Stromseth, pp. 1-31. New York: Brookings Institution Press.
  6. Dunst, Charles. 2020. Battleground Southeast Asia: China’s Rise and America’s Options. London: London School of Economics and Political Science (LSE) Ideas.