2020年に、カンボジアと米国は国交70周年記念を迎えたが、その祝典は両国間に不信や疑念が募る中で行われた。長年にわたり、カンボジアと米国の関係は様々な問題によって揺り動かされてきた。例えば、地政学的・戦略的利益や人権、民主主義、さらに最近では中国ファクター(China factor/中国の影響力)などの問題がある。 1 だが、近年の両国関係は、とりわけ非難や対立、不信に満ちている。まず、2017年にカンボジアが、米国がカンボジア救国党(the Cambodia National Rescue Party: CNRP)と癒着してカンボジア政府に対抗したと非難した。ちなみに、CNRPはカンボジア最大の野党だが、現在は解党されている。また2019年には米国が、カンボジアが中国と密約を結んだと非難した。この密約により、カンボジアのプレア・シアヌーク(Preah Sihanouk)州のリアム海軍基地(Ream Naval Base)の中国軍による使用が可能になったという。だが、両国は互いの非難を認めず、和解の実現を目指してはいるが、両国の関係は悪循環に陥った様子だ。
この記事では、近年のカンボジア・米国間の緊張関係を分析し、中国の台頭と米中対立の激化の中、両国関係を改善するために何をするべきなのかを提言したい。
カンボジアと米国の緊迫した関係
2017年以降、カンボジアと米国の関係は、これまでにない最悪の状況に至った。まず、2017年1月に、カンボジアは「アンコール・センチネル(Angkor Sentinel)」と呼ばれる米国との共同軍事演習を中止した。これについて、カンボジアは、地方・国政選挙に専念するためとの理由を挙げた。その後、2017年の2月には、プノンペンに駐在していた当時のウィリアム・ハイト(William Heidt)米国大使が、カンボジアは5億ドルの戦債を返済するべきだと発言した。この新たな要求は、戦債を「汚いもの」、「血に染まったもの」と考える政治指導者を中心に、カンボジア人の間で激しい抗議を引き起こした。 2
2017年の末に、裁判所命令によりCNRPが解党されると、これは独立メディアや市民社会、野党に対するカンボジア政府の弾圧の一環であるとの認識が広まった。また、この弾圧により、2018年選挙では、与党カンボジア人民党(Cambodian People’s Party)の対抗勢力が無くなり、同党は国会全125議席を獲得した。この2018年選挙とその後の弾圧は、カンボジア民主主義の後退と人権状況の悪化を示す兆となった。これを受け、米国は汚職を理由に、フン・セン首相と緊密な関係にある数名のカンボジア政府高官や大物実業家に制裁を課し、ビザ発給制限や資産凍結を行った。アメリカ財務省がグローバル・マグニツキー法(the Global Magnitsky Act)の下で制裁を課した人物には、フン・センの親衛隊長、ヒン・ブン・ヒエン(Hing Bun Hieng)や、カンボジア王国軍のクン・キム(Kun Kim)元統合参謀長がいる。また、米国は、中国企業、ユニオン・デベロップメント・グループ(UDG/優聯集団)による、現地カンボジア人の土地の強制収用および破壊行為に対しても制裁を課した。 3ちなみに、UDGが進める38億ドル規模のダラサコール(Dara Sakor)プロジェクトでは、ボーイング747や軍用機の着陸に十分な距離の滑走路を備えた国際空港も建設されている。
また、2020年12月には、アメリカの一般特恵関税制度(Generalised System of Preferences: GSP)に対するカンボジアの適用期限が到来したが、この期限の更新は保留されたままになっている。これに対し、近年のカンボジアでの民主主義や人権状況の悪化のため、カンボジアがGSPから除外される可能性を警告する者もいた。 4これと関連して、米国下院は、カンボジア民主主義法(Cambodia Democracy Act)を2019年と、2021年9月にも再び可決した。もし、同法案が法制化されると、カンボジア政府高官は、同国の民主主義を損ねた責任で、さらなる制裁を課される事になる。
また、2021年6月に米国は、カンボジアのプレイロング野生生物保護区(Prey Lang Wildlife Sanctuary)での森林破壊対策の支援プログラムの早期打ち切りを決定した。理由は、カンボジア政府が保護区内での不法伐採を抑止できなかったためだという。 5ただし、この決定が下る前には、環境保護に携わる数名の青年活動家が、カンボジア当局によって逮捕されている。これと同様に、2020年にはスウェーデンも、カンボジア政府への開発支援を徐々に廃止し、代わりに支援金を人権擁護や民主主義の活動家、市民団体の支援に振り向ける決断を下した。
さらに、2021年11月にアメリカ政府は新たに2人のカンボジア軍高官に制裁を課したが、これにはカンボジア海軍のティー・ヴィン(Tea Vinh)司令官も含まれていた。これは、カンボジアで最大のレアム海軍基地建設にまつわる汚職疑惑に対する制裁だが、次のような事情もある。2020年9月に、カンボジアは同基地内の米国が出資した建造物を解体しており、カンボジア国内での中国の潜在的軍事プレゼンスへの懸念が米国政府内で高まっていたのだ。 6
加えて、カンボジア国内での、いわゆる汚職や人権侵害、中国の軍事的影響力の拡大に対する懸念が高まり、米国政府は2021年12月に新たに一連の制裁を課した。これには、武器禁輸や、カンボジア政府に対する新たな輸出規制も含まれていた。フン・セン首相はこの報復に、国内にある全ての米国製武器を集め、倉庫に入れるか廃棄するよう、カンボジア軍に命じた。 7
このような制裁や、やり取り、出来事は全て、カンボジアと米国、両政府間の緊張関係を反映しており、両国間での不信の高まりを表している。だが、中でも最大の問題は、カンボジアが北京政府に、レアム海軍基地の一部の軍事目的での使用を認めているという米国の申し立てだ。カンボジア国内での中国の潜在的軍事力の問題が懸念される理由は、これがカンボジアと米国のすでに緊張した関係を一層悪化させる問題だからだ。特に、カンボジア国内での中国の軍事プレゼンスや、東南アジアで中国の影響力拡大に対する懸念が広まる中、この問題は、両国間の疑念や不信も高めるだろう。
カンボジアの権威主義への転向と、中国との密接な関係に対し、米国が一層の懸念を表すように、上に述べたような多くの問題が発生し、カンボジアの将来に影響を及ぼすだろう。このため、カンボジアは民主主義からの逸脱を改め、より賢明、かつ慎重に外交関係のかじ取りを行う必要がある。そして、高まる米中対立の中で、カンボジアは、この覇権争いの板挟みとなる事を回避しなければならない。さもなければ、カンボジアは再び、半世紀前に経験した悲劇に見舞われる可能性がある。 8
何をするべきか?
では、カンボジア・米国関係を修復するには何をするべきなのか、一部のアナリストは次のように提言する。それは、米国が中国ファクターを乗り越えてカンボジアに関与し、「信頼醸成のための、さらなる意思疎通が可能な条件を」作り出すことだ。 9確かに、これは優れた提言だが、筆者の意見では、米国の政治家の認識を形成し、信頼を回復して再び良い関係を築くには、カンボジア政府の責任の方が大きい。また、この目標を達成するには、特にカンボジア政府側の特定の行動について、よく考えてみる必要がある。なぜなら、二国間関係が今後も不信と対立にまみれたままになれば、失うものが大きいのは、米国よりもカンボジアの方だからだ。
一つ目に、カンボジアは自国のイメージの低下に対処しなければならない。何しろ、中国との親密な連携のために、カンボジアは中国の属国、あるいは中国の代理と呼ばれているのだ。 10 それに、カンボジアが議長国を務めた2012年のASEANにおける失態が、カンボジアを中国の代理国家とする認識をさらに強めた。カンボジアはこれを否定するが、この認識は定着している。なぜなら、カンボジアと、より広くは東南アジアで中国のプレゼンスと影響力が強まっているからだ。そこで、カンボジアは、外交やより広範な地政学的問題において、中国ファクターをより慎重、かつ賢明に考慮する必要がある。つまり、カンボジアは長期的な安全保障を犠牲にして中国に追従するのではなく、米中との関係のバランスを取りつつ、際どい外交の綱渡りをする必要がある。
二つ目に、カンボジア政府は、うかつに反米感情をあおるような行為を控えなくてはならない。ここ数年間、米国からの制裁や圧力への報復として、一部のカンボジア政府高官や外交官は、米国に対し、むしろ、あまり外交的でない姿勢を取ってきた。 11 だが、このような姿勢には、カンボジア国民のアメリカに対するマイナス感情を助長する可能性がある。無論、そのような感情は、米国との関係に悪影響を与えるだろう。この点から、カンボジア当局と外交官は「戦狼」外交を用いるべきではない。むしろ、彼らは米国の外交政策や関心について理解を深め、そのような政策に対応する手段を探り、国内の社会・政治問題に対処するべきなのだ。
三つ目に、CNRPの解党以来、未熟で脆弱なカンボジアの民主主義は後退しつつあると思われる。当然、民主主義からの逸脱がもたらす道筋は、カンボジアが米国や欧州連合(EU)など、自由民主主義の国々や組織と有意義な関係を構築するのを困難にする。事実、EUは、2020年にカンボジアとのEBA貿易協定を一部停止し、米国はカンボジア政府高官に様々な制裁を課した。これらの事例から、カンボジアと主要な自由民主主義諸国との関係の悪化が読み取れる。 12 そこで、カンボジアが民主主義の道に戻り、カンボジアにある程度の民主的発展をもたらした開発パートナーと自国民に希望を与えることが極めて重要だ。
四つ目に、2022年にASEAN議長国の役目を与えられたカンボジアには、米国との外交関係を促進させ、ASEAN・米国関係を強化する機会がある。カンボジア・米国関係を新たな高みへ導くには、カンボジアが外交政策において中立・独立の原則を順守する必要がある。確かに、カンボジアのような小国が、特に覇権争いが激化する時代に外部からの影響にびくともせずにいるのは困難だろう。だが、カンボジアが地域や国際社会の問題に対し、中立的で多国間主義的な態度をとる事は賢明だ。また、中国関連の問題など、地域や世界の問題に、カンボジアがASEAN首脳会議などの高官レベルの会議で決然とした主体的な外交政策を示せれば、米国とのより友好的な関係も築けるだろう。
五つ目に、米国・カンボジア関係の形成と改善には、米国も重要な役割を担っている。このため、米国はカンボジアとの関係を弱めるのではなく、これをより戦略的に強化する必要がある。 13 まず米国は、カンボジアや東南アジア地域での中国の影響力拡大に関する問題など、中国ファクターを乗り越えてカンボジアを理解する必要がある。その上で、米国は、特にカンボジアの指導者との信頼関係を築かなければならない。このために、米国は民主主義や人権などの問題を乗り越え、カンボジアとの関係を強化する必要がある。そこで、インフラ開発やパンデミック後の経済回復に向け、さらなる支援を行う事が、カンボジア・米国関係の回復、強化に役立つだろう。
要するに、米国は、米国・カンボジア関係に影響を及ぼす重要な役割を担っているものの、米国との二国間関係の改善を主導するべきなのは、カンボジア側なのだ。確かに、カンボジアは小国で、勢力や影響力も限られているため、この国が米国の外交政策の手法に影響を及ぼす可能性は低いだろう。それでも、カンボジアが両国の相互的な信頼と理解を深める努力をすることは可能だ。カンボジア政府は、柔軟性と慎重さ、健全な判断でもって、世界最大の経済大国、アメリカとの関係を円滑に進める必要がある。また、カンボジアは、東南アジア地域や国際社会に自国がどのようなイメージを与えるのかよく考え、中国の代理国家と見られないようにするべきだ。代理国家のイメージは、間違いなく米国を敵に回すものとなる。なぜなら、米国は、東南アジアや、より広くはアジア太平洋地域に進出し、影響力を拡大しつつある中国に対し、封じ込め作戦を行っているからだ。それに、カンボジアでの民主主義と人権の健全な発展には、強力なカンボジア・米国関係が不可欠だ。だが逆に、緊張した関係はカンボジアの未来を危うくするだろう。
Kimkong Heng is an Australia Awards scholar and a PhD candidate at the University of Queensland, Australia. He is also a co-founder and chief editor of the Cambodian Education Forum and a visiting senior research fellow at the Cambodia Development Center.
Notes:
- Leng, Thearith, and Vannarith Chheang, “Are Cambodia-US Relations Mendable?,” Asia Policy 28, no. 4 (2021): 124-133. https://muse.jhu.edu/article/836215/pdf ↩
- Chheang, Vannarith, “Cambodia Rejects Paying ‘Dirty Debt’ to the US,” Al Jazeera, March 21, 2017, https://www.aljazeera.com/opinions/2017/3/21/cambodia-rejects-paying-dirty-debt-to-the-us. ↩
- US Department of the Treasury, “Treasury Sanctions Chinese Entity in Cambodia Under Global Magnitsky Authority,” September 15, 2020, https://home.treasury.gov/news/press-releases/sm1121 ↩
- Suy, Heimkhemra, “Trade Holds the Key to the Renewal of US-Cambodia Ties,” The Diplomat, May 27, 2021, https://thediplomat.com/2021/05/trade-holds-the-key-to-the-renewal-of-us-cambodia-ties/ ↩
- Mech, Dara, “Updated: US Ends Funding in $21M Prey Lang Project, Citing Continued Logging,” VOD English, June 17, 2021, https://vodenglish.news/us-ends-funding-to-21m-prey-lang-project-citing-continued-logging/ ↩
- Ali, Idrees, “Cambodia Demolished U.S.-Built Facility on Naval Base: Researchers,” Reuters, October 3, 2020, https://www.reuters.com/article/us-usa-cambodia-military-idUSKBN26N39O ↩
- Bangkok Post, “Angry Hun Sen Orders US Weapons Destroyed,” December 10, 2021, https://www.bangkokpost.com/world/2230015/angry-hun-sen-orders-us-weapons-destroyed ↩
- Vann, Bunna, “As US-China Rivalry Grows, Will Cambodia’s Tragedy Return?,” Politikoffee, June 28, 2021, https://www.politikoffee.com/en/politik/5685 ↩
- Sao, Phal Niseiy, “US Engagement with Cambodia Needs to Move Beyond the ‘China Factor,’” The Diplomat, June 4, 2021, https://thediplomat.com/2021/06/us-engagement-with-cambodia-needs-to-move-beyond-the-china-factor/ ↩
- Heng, Kimkong, “Rethinking Cambodia’s Foreign Policy Towards China and the West,” International Policy Digest, May 31, 2019, https://intpolicydigest.org/rethinking-cambodia-s-foreign-policy-towards-china-and-the-west/ ↩
- Heng, Kimkong, “Cambodia in 2019 and Beyond: Key Issues and Next Steps Forward,” Cambodian Journal of International Studies 3, no. 2 (2019): 121-143. https://uc.edu.kh/cjis/CJIS%203(2)%20Heng%20paper%20abstract.pdf ↩
- Heng, Kimkong, “The West’s Cambodia Dilemma,” Pacific Forum, October 13, 2020, https://pacforum.org/publication/pacnet-56-the-wests-cambodia-dilemma ↩
- Heng, Kimkong, “The West’s Cambodia Dilemma,” Pacific Forum, October 13, 2020, https://pacforum.org/publication/pacnet-56-the-wests-cambodia-dilemma ↩