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誰のための殺人か?フィリピンにおける超法規的殺人の事例

ロドリゴ・ドゥテルテが政権に就いた2016年6月以来、超法規的殺人は5千人以上の命を奪ってきた。超法規的殺人の標的やパターンは、彼の在職中とマルコス独裁政権時代とでは異なったものであろう。また、特筆すべき重要な事は、フィリピンの民主主義が比較的安定していた2001年から2010年の時代にも、フィリピンの日常生活の中では、多くの超法規的殺人が目撃されたという事である。

多数のジャーナリストや、選挙で選ばれた政府高官、農民団体の指導者たちが、日中であっても、バイクに乗った正体不明の者によって路上で射殺された。超法規的殺人を正確に数え上げる事は不可能であるが、その訳は、共産主義運動やイスラム解放運動と関連した武力衝突が、進行中の問題であるからだ。事件数はまちまちで、幾分控えめな集計によると、2001年から2010年の間に305件の超法規的殺人があり、その被害者は390人であった。 1一方、ヒューマン・ライツ・ウォッチ団体のカラパタン(Karapatan)では、これと同期間に1,000件以上を集計している。これらの事件の中で合計161件のみが提訴されている。最終的に処罰された犯人がごく少数であった事には、愕然とさせられる。

フィリピンにおける超法規的殺人

最高裁判所行政命令によると、超法規的殺人は、被害者の政治的属性、殺人の手段、殺人の遂行時における国家のエージェントの関与あるいは黙認によって定義される。

市民社会やフィリピン国民は、これを軍隊に対する国家の機能不全、あるいは不処罰の文化と解釈する事ができる。フィリピン国民や世界の市民社会は、これらの超法規的殺人の膨大な犠牲者の数に驚かされたが、フィリピン国軍がこの件にそれ程懸念を抱いているとは思われない。

事件の数が多いため、また、様々な人が標的とされたため、事件の原因を割り出す事は難しい。これに加え、さらに困難な事に、特定の非戦闘員である指導者たち、例えば農民の指導者や、コミュニティ開発を志向するNGOの職員、環境保護主義者たちが惨殺された理由を突き止める事である。これまで、ほとんど気にかけられて来なかった事は、彼らがなぜ、地域コミュニティの何者かにとって、あるいは国家の政治経済にとっての脅威になるのか、という事である。

地域指導者殺害の事例に則し、これらの地域指導者殺害の事例を、国際開発計画との関係の中で分析してみたい。国際開発は、これらの計画にまつわる論争の舞台を、さらに複雑化させる原因である。フィリピンにおいて、国際開発計画はしばしば、政治家と地域のエリートたちとの腐敗した関係によって汚されてきた。加えて、経済が優先の開発事業団はしばしば、被援助国が適切な実施プロセスを迅速に進めるよう圧力をかけ、コミュニティの地域住民に対する悪影響は顧みないものだ。

ホセ・ドトン(Jose Doton)事件

ホセ・ドトン氏は、バヤンムナ(Bayan Muna)のパンガシナン支部の元事務局長であり、ティマワ(TIMMAWA:Tignayan dagti Mannalon A Mangwayawaya Ti Agno:アグノ川の自由な流れを取り戻す小農民運動)の代表でもあったが、2006年5月16日に射殺された。62歳であった。目撃者の話では、その日の午前10時30分から10時45分頃に、一台のオートバイが、ドトンとその弟の乗ったオートバイの背後で速度を上げ、3発の銃声があった。その直後、ナンバープレート番号が無い、その赤いオートバイ(ヤマハXRM)が、ドトン兄弟のオートバイに追いつき、さらに二発の銃声があった。ホセとその弟が路上に転倒すると、男たちの一人で20歳から25歳ぐらいの者がオートバイから降り、ホセの頭を撃って逃げた。 2

殺害された日まで、彼はサンロケダムの反対闘争を指揮し、人々の生活と資源に対する巨大ダムの悪影響の問題を提起していた。サンロケダムの建設が、彼の町の660世帯を強制退去させたのである。ベンゲット州イトゴンでは、約2万人の先住民が、この事業により悪影響を被った。2006年6月15日の記者会見で、日本が出資する事業の監視を献身的に行ってきたFoE Japan (Friends of the Earth-Japan)の波多江秀枝(はたえ ほづえ)氏は、「日本の政府や金融機関が出資した事業の中で、我々の団体は常に地域レベルにおけるHRV(人権侵害)に注意を払ってきた」と述べた。これらの事業に反対する者たちは、大抵、当局から左翼や共産主義テロリストの烙印を押される事になるそうだ。ティマワは、当局からこの地域の共産主義テロリスト戦線と目されていた。

サンロケ多目的事業(SRMP: The San Roque Multi-purpose Project)は、ルソン島北部、パンガシナン州のアグノ川下流に築かれ、多様な経済活動のための電力発電と、下流の堆泥や洪水を減らす事で水質改善を行うためのものである(Perez, 2004; SRPC, 2006, cited in Kim 2010 3: 629)。この事業の元をたどれば、今日に至るまで運転が開始されていない、コーディリエラ地方の幾つかの論争含みのダム計画にたどり着く。同時に、この事業に対する反対運動も、先住民集団によって長く行われていた。

2016年の年末、12月8日に、日本の多くのNGOが、東京のフィリピン大使館を訪ねた。報道発表によると、彼らは超法規的殺人の事件や、フィリピン政府の対共産主義「全面戦争」宣言、それに政府がその批判者たちに「国家の敵」のレッテルを貼った事に大きな懸念を表明した。彼らは嘆願書の中で、政府に対し、上級官吏や国家諸機関が、非合法殺人の遂行を認可、扇動、あるいは、これを無言で仕向けるよう命じる事を禁じ、指揮系統外で活動しながらも、公的支援を受ける、あるいは黙認されている、全ての「暗殺部隊」や私兵、自警団、犯罪組織、準軍事組織を解散させるよう要請した。 4

この頃、2006年12月8日と9日のフィリピン訪問に際し、日本の首相と外務大臣が、政治的殺人に対する強い懸念を表明した。彼らのフィリピン訪問から数週間後の12月22日、特別委員会がフィリピン国家警察を用いて農民の指導者、ホセ・ドトン殺害の捜査を行った。アロヨ大統領がこの捜査を命じたのは、日本の政府や様々な非政府団体から圧力をかけられていたためだと言われる。ある市民社会の人の発言によると、灌漑事業に対する何十億もの支援が見合わされる事となったのは、依然として収まる事がない政治的殺害のためであった。 5

フィリピンにおける大部分の超法的殺人とは異なり、彼の事件が国家的、国際的注目を浴び、当局によって捜査された事は幸運であった。国際的注目を集めるきっかけとなった殺人事件が、近年にもう一件あった。

ロメオ・カパラ(Romeo Capalla)事件

2014年3月15日の午後6時30分頃、65歳のロメオ・カパラが射殺されたのは、イロイロ市、オトン町の公設市場付近で、身元不明の殺し屋たちは4台のオートバイに乗っていた。彼は90歳になる高齢の義母を、自分の車に乗せようとしていた時に撃たれた。カパラはSELDA(Samahan ng mga Ex-detainees Laban sa Detensyon at Aresto)パナイ支部の設立メンバーで、1970年代の戒厳令中には政治犯とされていた。その時期、彼は反独裁政治の地下運動に関与していたのである。

彼がパナイ・フェアトレード・センター(PFTC)で仕事を始めたのは1994年で、長年、職員として勤めた後にマネージャーとなった。 6 PETCは天然有機栽培の製品を、現地市場や国際市場向けに製造、販売し、また有機栽培の黒砂糖やバナナを、主流市場よりも高値で農家から買いつけ、ヨーロッパやアジアのフェア・トレード団体に輸出している。

殺害から5か月後、海外と現地のフェア・トレード団体が、実情調査団を指揮し、捜査状況の調査を行った。オランダに拠点を置き、世界の200以上のフェア・トレード団体によって成り立つWTFOは、この殺害を非難した。ソウルに拠点を置くiCCOP Koreaもまた、「凶悪犯逮捕」に支持を表明した。 7

この殺人の容疑者、ジュリー・カビノ(Julie Cabino)はRPA-ABBのメンバーであるが、この集団は準武装組織として、フィリピン政府の内乱鎮圧作戦のために組織されたものである。この殺人について、左翼団体が軍部の運営する「暗殺部隊」を非難したのは、カパラが新人民軍(New People’s Army)の最高指導者の烙印を度々押されていたためである。報道によれば、RPA-ABBに対しては、警察職員までもが無力であったと述べており、警察が違法行為によって彼らを逮捕すれば、マラカニアン(Malacanang:大統領官邸)が干渉し、犯人解放を命じられたのだという。 8 5月23日、フィリピン国家警察とその犯罪捜査隊(the Criminal Investigation and Detection Group and the Philippine National Police)の報告は、カパラ殺害が、分離した革命的プロレタリア軍-アレックス・ボンカヤオ旅団(RPA-ABB:Revolutionary Proletarian Army-Alex Boncayao Brigade)によるものであると述べた。報道によると、この殺人は、新人民軍(:NPA)によって殺害されたRPA-ABBの指導者、デメトリオ・カピラスティク(Demetrio Capilastique)の射殺に「関連」したものであるという事だ。

RPA-AABは、イデオロギー上の相違を巡ってフィリピン共産党とNPAから1990年代に分離したとされ、この集団が政府との一時的な平和合意に至り、その敵対関係を中断させたのは、2000年12月26日であった。カパラとオトンの町議会議員、フェルナンド・バルドメロ(Fernando Baldomero)は、2005年8月に放火罪に問われていた。カパラとバルドメロは、いずれも告訴が取り下げられた後に解放されている。 9

左翼団体によると、NDF(National Democratic Front:国民民主戦線)のパナイ島スポークスパーソンであるコンチャ・アラネタ(Concha Araneta)、フィリピン陸軍第3歩兵師団、軍事情報大隊がこの襲撃の背後に存在し、第3歩兵師団師団長のアウレリオ・バラダ(Aurelio Balada)少将が嫌疑の鍵を握る人物である。 10斯様な部隊が維持されているのは、人民の組織と人格に対するこのような「汚れた仕事」のためであると言われる。

これらの殺人の理由とは?

上述の二つの事件は、フィリピンにおける政治的殺害のいくつかの共通要素を示している。一つ目は、地域の指導者の殺害が、政府当局の後ろ盾を持つとされる準武装組織によって行われた事。二つ目は、抵抗運動や地域に根差した運動が、政権の座にある数人の権力者から邪魔、あるいは障害と見なされた事。三つ目は、比較的、世界の関連ある抵抗運動や国民運動が、これらの事件を問題視し、フィリピン政府に圧力をかけた事である。

だが大きな疑問は、なぜこれらの人物が標的となったのか、また、これらの人物は誰によって脅威とみなされたのか、という事であろう。これに加え、準軍事組織がどのようにして、これらの殺人を犯す程の大きな力を手にしたのか?という事もある。

サンロケダムの事例においては、中央政府や当局、それに関連する企業部門が、この開発事業の主な受益者であり、国民に対する懸念は顧みられぬ傾向にある。周縁化された層の権利要求は、そうそう認められるものではない。それどころか、彼らは「反開発」団体、あるいは左翼のレッテルを貼られてきたのである。PFTCのリーダーたちの事例では、プランテーション生産のための、伝統的で封建的な労使関係に依存した地域経済の変化が、地域のエリートたちを脅かした可能性がある。労働者重視の生産も、やはり「左翼」運動のレッテルを貼られた。そのようにして、既得集団はしばしば、国民運動と武力闘争とを同一視しようと試みてきたのである。国際舞台では、政府のテロ対策が、アメリカやオーストラリアなどの外国から平和維持の名の下で支持されてきた。フィリピン政府のOPLAN政策(ドラッグとの戦い)が、市民社会の批判を受けているのは、この政策が、地域のエリートたちの権力を治安対策に及んでも強化させ、彼らの中央政府との交渉力増大を促したためである。

Jung, Bub Mo
ソウル国立大学アジアセンター

Notes:

  1. Parreno, Al A. 2011, Report on the Philippine Extrajudicial Killings (2001-August 2010), Manila: Asia Foundation. The gap of number can be caused by how an extrajudicial killing is defined or whether disappeared people are included in the killing incidents.
  2. From the blog site of PIPLinks(Indigenous Peoples Links), the execution summary was prepared by the Cordillera Human Rights Alliance https://groups.yahoo.com/neo/groups/mining4dpeople/conversations/messages/135 (Accessed on 12 March 2016).
  3. Kim, Soyeun 2010 “Greening the Dam: The case of the San Roque Multi-purpose Project in the Philippines” Geoforum Vol. 41(4) pp. 627-637.
  4. Amnesty International Dec 8 Japan 2006 Joint Press Release by Japanese NGOs concerning increased political killings in the Philippines. http://www.amnesty.or.jp/en/news/2006/1208_604.html (Accessed on 12 March 2016).
  5. Bulatlat Dec. 24-30 (Vol. VI. No. 46) http://www.bulatlat.com/news/6-46/6-46-aid.htm (Accessed on 12 March 2016).
  6. Justice for Romeo Capalla! Stop the Killings and End Impunity https://www.change.org/p/person-justice-for-romeo-capalla-stop-the-killings-and-end-impunity (accessed on 14 March 2016)
  7. Inquirer, 21 March 2014 http://newsinfo.inquirer.net/587601/intl-trade-groups-condemn-killing-of-capalla (Accessed on 14 March 2016).
  8. Human rights group decries case dismissal against suspect of killing a Fair Trade advocate 5 September 2014 http://wfto.com/news/human-rights-group-decries-case-dismissal-against-suspect-killing-fair-trade-advocate (Accessed on 14 March 2016)
  9. http://www.karapatan.org/UA-19Mar2014-EJK-Romeo-Capalla (Accessed on 15 March 2016)
  10. Davao Today Mar 24, 2014 http://davaotoday.com/main/human-rights/bishop-cries-justice-groups-slam-military-brothers-slay/(Accessed on 12 March 2016).
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