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インドネシアにおける新型コロナのパンデミックとデジタル権威主義の展開

フリーダム・ハウス(Freedom House)や 1IDEA 2、国境なき記者団(Reporters Without Borders) 3の最近の報告を見れば、インドネシアのデジタル領域で市民社会スペースの縮小が問題となっている事が分かる。また、インドネシア国家人権機関(Indonesian National Human Rights Institution)の政府報告書や、2020年のコンパス・デイリー世論調査(the Kompas daily survey)も、この報告と一致している。ここから、インドネシア人の36%が、ソーシャルメディア上での意見表明に不安を抱いている事が明らかとなった。 4

1. 2016年以降のインドネシアにおける民主主義の後退
出典:エコノミスト・インテリジェンス・ユニット 2021年

インドネシアには2億470万人(2022年1月)、あるいは、少なくとも総人口の73.7%のインターネット・ユーザーがいる。 5そのような国で、新型コロナのパンデミックが始まって以来、権威主義が着実に高まりつつある。事実、政府は「国家の安全を守る」、「安定を生む」などの言葉を使い、この国のデジタル領域に対する抑圧的な新法の実施を正当化している。 6 また、SAFEnet(東南アジア表現の自由ネットワーク)の2020年報告によると、インドネシアでは、デジタル権威主義と関連した3つの重要項目で懸念すべき展開があった。それらの項目とは、監視・検閲と弾圧・そしてインターネット遮断だ。

国家によるデジタル領域の監視

2020年3月、インドネシアでパンデミックが始まった後、ジョコウィ大統領は国家の情報機関に対し、厳重な治安維持を指示した。同時に、大統領とその政府は、引き続き国の観光事業を推進し、インドネシアは安全に訪問できる国で、熱帯気候のため、コロナウィルスが国内で蔓延する事は無いだろうと言っていた。だが、一か月後には、主にソーシャルメディア上のパンデミック関連のナラティブを警察が積極的に取り締まるようになった。さらに、2020年4月4日付の警察指令ST/1100/IV/HUK.7.1.2020号により、警察官には「サイバー・パトロール」を行い、インターネット上の議論を監視する非常権限が与えられた。そして、新型コロナや政府のパンデミック対策に関する誤情報、危機対応に当たる大統領や政府高官への批判を広めたとされる者までもが、この標的になった。2020年10月2日には、新たな指令が出て、2020年末の雇用創出法(the Job Creation Law)に反対する市民団体のデジタル抗議や運動に対抗的ナラティブを提示して立ち向かうよう指示が行われた。

さらに、2021年2月には「バーチャル警察」が設置された。この新たな部署には、ネット市民に対する逮捕前警告として、オンライン・アラートを送信する権限が与えられた。このバーチャル・アラートの内容は、警察に通報されたものはどんな投稿であれ削除せよという警告と命令だ。実際、2021年2月23日から3月11日までに、バーチャル警察は125通のオンライン・アラートを送信し、3人を拘束している。このバーチャル警察の出現により、国内では自己検閲が一層広く行われるようになった。例えば、誰かが不適切な発言をしたと通報があれば、警察はその投稿を削除するよう即座に指導を行う。このような状況が、インドネシアのデジタル領域をとりまく不安感を作り出しているのだ。

Surabaya-Indonesia, October 15, 2021: a girl in a medical mask is scanning the barcode of a “peduliLindungi” application with her smartphone when she enters the mall. Photo: Andri wahyudi, Shutterstock

2020年3月末、新型コロナのパンデミック中に、インドネシア通信情報省(MCIT: Ministry of Communication and Information Technology)と国営企業省(MSOE: the Ministry of State-Owned Enterprises)は接触者追跡アプリを発表した。これはPeduliLindungi(ペドリリンドンギ)という名のアプリで、新型コロナウィルスへの曝露を追跡するものだ。ところが、DigitalReach 7 とCitizenLab 8 が発表したプライバシー監査報告書から、同アプリのバージョン2.2.2.には(Bluetooth使用の場合)、ユーザーのWi-Fi情報やMACアドレス、さらにはローカルIPアドレスまで送信する可能性がある事が判明した。つまり、このアプリは、個人の行動について当局に高度な情報を提供していたことになる。その後、ペドリリンドンギの新バージョンも発表されたが、ユーザー側にはなお、データ保護の問題があった。この他にも、政府は接触者追跡アプリや、新型コロナ・パンデミック関連のアプリを発表したが、それらのデータ収集活動は後に厳しい調査の対象となった。

デジタル領域の抑圧と検閲

インドネシアのインターネット関連の既存法(EIT法: The existing internet law in Indonesia)は、政府政策の批判者を黙らせる武器となり、これまで何度も利用されているが、政治家や実業家などの集団も、これを幅広く利用している。この法律の標的となるのは、個人の評論家以外にも、人権活動家やジャーナリスト、特に、環境に対する開発の影響を調査するジャーナリストがいる。

今回の新型コロナのパンデミックは、警察が緊急事態に乗じ、EIT法や類似の法令を使って、デジタル領域内の表現を抑圧する機会をもたらした。実際に、この極めて厳格な法律によって、ソーシャルメディアのアカウントを利用して抗議した活動家が起訴されている。これには、ヘイトスピーチやネット上の名誉棄損に関する法律が利用されるが、パプア人活動家の事例では、反逆罪関連の法律も利用されている。

インドネシア国家人権委員会(Komnas HAM: The Indonesia National Human Rights Commission)によると、2020年~2021年期の表現の自由の侵害は、ほとんどがデジタル領域で発生した事例だ。 9 また、新型コロナの期間中、Komnas-HAMには、マスコミや市民団体の評論家に対するハッカー行為の報告が数多く寄せられた。一例として、オンラインのニュースサイト、Tirto.idに対する攻撃がある。このサイトは身元不明のサイバー・アクターからのハッキングを受け、後に特定のニュース記事が削除、または消去されている。ちなみに、これらの記事は主として、インドネシアの政府機関が製造した新型コロナウィルス治療薬を批判した記事だった。

2. インドネシアのデジタル・セキュリティ関連の事件数(2020年~2021年)
出典:SAFEnetデジタル権利状況報告書(2020年~2021年)

2020年以降、インドネシアでは、サイバー攻撃という形のテクノロジー弾圧がますます増加している。SAFEnetの2020年デジタル権利状況報告書によると、2020年に発生したサイバー攻撃は少なくとも147件あり、同年10月だけでも41件あった。以前はひと月8件だったのと比べると、これは大幅な増加だ。 10しかも、これらのサイバー攻撃のほとんど全てが、上述の様々な問題に関する政府政策を批判した当事者と関連している。なお、2021年のサイバー攻撃の合計件数は193件にのぼり、月平均では16件だった。 11

インターネット遮断

AccessNowの説明では、インターネット遮断とは、インターネットや電子通信の意図的な妨害で、特定の集団や地域内でのアクセスを不能、あるいは事実上、使用不可能とし、その多くが情報の流れをコントロールしようとするものだ。 12一方、OONI(Open Observatory of Network Intervention:ネットワーク干渉の公開観測所)は、アプリや特定のウェブサイトのブロックなどのオンライン検閲を一種のインターネット遮断、あるいは部分的遮断と定義する。

2019年8月、パプア州での暴動対応において、ジョコウィ政権は政府の権威主義的傾向をあらわにした。つまり、治安部隊が弾圧的な措置を取ったばかりか、ジョコウィ政権もインターネット完全遮断の実施を決定し、この軍事的弾圧を支えていたのだ。実に、インドネシア政府がインターネットの完全遮断を実施したのは、これが初めての事だった。この時、政府はパプア州のインターネットを338時間にわたって遮断した。まず、2019年8月19日から21日にかけて、インターネットが低速化され、続く2019年8月22日から9月4日には、これが完全に遮断された。このインターネット遮断は、パプア州、および西パプア州における虚偽情報の拡散防止という口実で実施された。

2020年には、パプア州と西パプア州で再び帯域制限(部分的遮断)が課されたという報告がさらに4件あった。 13 また、2021年には、インターネット機能の停止が、さらに12件報告されている。しかも、このうち8件は、インドネシアの軍事作戦と直接関係のあるインターネット遮断だったという。 14

“The sun will rise” Artist Lea Zeitoun @the.editing.series Instagram

オンライン操作

さらに、ディポネゴロ大学(Universitas Diponegoro)の2019年報告書 15と、後のthe KITLV-LP3ES-Undip-ISEASの2021年報告書から、政府がサイバー傭兵を使って新型コロナのパンデミック中の抑圧政策を支えていた事が明らかになった。サイバー傭兵をインドネシアの状況において 16定義すると、それは流動的ネットワークだと言える。このネットワークの構成員は、バズ発信者(buzzers)やコーディネーター、インフルエンサー、コンテンツ・クリエイター、政治コンサルタントだ。彼らは、ソーシャルメディアを通じて世論を操作するために協力し、特定の政治問題に関する特定のナラティブを編み出す。そして、このサイバー犯罪者の集団に資金を提供していたのが、個人の政治家や政党、実業家だ。 17 このようなサイバー傭兵の利用や世論操作には、新型コロナの間に導入された評判の悪い政策に合意を生み出す目的があった。このため、デマやフェイクニュースの拡散と共に、反体制派に対する晒し行為(ドキシング)や荒らし行為(トローリング)も行われた。 18

こうして、インドネシア政府は、この国のデジタル公共圏の接収に成功し、それが市民活動家の意見を聞ける自由空間と化す事を防いでいる。つまり、サイバー傭兵によるネット世論の操作は、この世界第4位の大国におけるデジタル権威主義の高まりを示す一つの兆候として、一層懸念すべきものだと思われる。

ここまで、大まかに述べた出来事を全て考慮すると、インドネシアは、ゆっくりであっても確実に、さらなるデジタル権威主義に向かいつつある。当然、インドネシアの市民活動家や若年世代は、この権威主義の高まりに抵抗している。だが、先行きは不透明で、この国が2010年代の半ばから経験している民主主義の後退をインドネシアが覆せるかどうかは分からない。

Damar Juniarto
Damar Juniarto is the Executive Director and co-founder SAFEnet (Southeast Asia Freedom of Expression Network).

Top banner: Jakarta, Indonesia-June 2021-Police and TNI officers wear hazmats during the operation of the COVID-19 hunting team. Photo: Wulandari Wulandari, Shutterstock

Notes:

  1. Freedom House, Freedom on the Net 2020: Indonesia, https://freedomhouse.org/country/indonesia/freedom-net/2020
  2. IDEA Global State of Democracy, 2019, https://www.idea.int/publications/catalogue/global-state-of-democracy-2019
  3. Reporters Without Borders’ (RSF), Indonesia, 2021, https://rsf.org/en/indonesia
  4. Survei Komnas HAM Refleksi 20 Tabun Undang-Undang Hak Asasi Manusia https://www.komnasham.go.id/index.php/laporan/2020/02/14/61/survei-komnas-ham-refleksi-20-tahun-undang-undang-hak-asasi-manusia.html
  5. Survei Komnas HAM Refleksi 20 Tabun Undang-Undang Hak Asasi Manusia https://www.komnasham.go.id/index.php/laporan/2020/02/14/61/survei-komnas-ham-refleksi-20-tahun-undang-undang-hak-asasi-manusia.html
  6. Damar Juniarto, “The Rise of Digital Authoritarianism in Indonesia”, ASEANFocus, Issues 4/Dec 2020 page 13, https://www.iseas.edu.sg/wp-content/uploads/2020/12/ASEANFocus-December-2020.pdf
  7. Digital Reach, Digital Contact Tracing Indonesia, 2020 https://digitalreach.asia/digital-contact-tracing-indonesia/
  8. CitizenLab, An Analysis of Indonesia and Philippines governmenrt launch Covid-19 apps, 2020 https://citizenlab.ca/2020/12/faq-an-analysis-of-indonesia-and-the-philippines-government-launched-covid-19-apps/
  9. Indonesia National Commission of Human Rights, Annual Report 2019, https://www.komnasham.go.id/index.php/laporan/2020/12/09/76/laporan-tahunan-komnas-ham-2019.html
  10. Southeast Asia Freedom of Expression Network, Digital Situation Report in Indonesia 2020: Digital Repression Amid The Pandemic,  https://safenet.or.id/2021/05/digital-situation-report-2020/
  11. Southeast Asia Freedom of Expression Network, Digital Situation Report in Indonesia 2021: The Pandemic Might Be Under Control, But Digital Repression Continues,  https://safenet.or.id/2022/03/in-indonesia-digital-repression-is-keep-continues/
  12. AccessNow, “No Internet Shutdowns, let’s keep it on”, https://www.accessnow.org/no-internet-shutdowns-lets-keepiton/
  13. Southeast Asia Freedom of Expression Network, Digital Situation Report in Indonesia 2020: Digital Repression Amid The Pandemic,  https://safenet.or.id/2021/05/digital-situation-report-2020/
  14. Southeast Asia Freedom of Expression Network, Digital Situation Report in Indonesia 2021: The Pandemic Might Be Under Control, But Digital Repression Continues,  https://safenet.or.id/2022/03/in-indonesia-digital-repression-is-keep-continues/
  15. Wijayanto, Ph.D, Dr. Nur Hidayat Sardini, Gita Nindya Elsitra, Orisa Irhamna, Laporan Penelitian Menciptakan Ruang Siber yang Kondusif Bagi Pegiat Anti-Korupsi, Universitas Diponegoro 2019
  16. Inside Indonesia, “Cyber Mercenaries vs The KPK”, last modified 2022, https://www.insideindonesia.org/cyber-mercenaries-vs-the-kpk
  17. Inside Indonesia, “Organisation and Funding of Social Media Propaganda”, last modified 2022, https://www.insideindonesia.org/organisation-and-funding-of-social-media-propaganda
  18. Inside Indonesia, “The Threat of Cyber Troops”, last modified 2022, https://www.insideindonesia.org/the-threat-of-cyber-troops
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