ミャンマーの農業部門を長い間抑えてきたものは、政府の貧弱で押し付けがましい政策決定や、慢性的な信用不足、不十分で老巧化したインフラ、確固とした土地所有権や財産権の欠如であった。これらの障害がミャンマーの豊富な天然資源や農業の計り知れぬ可能性の前に立ちはだかり、長年、この国の(大多数である)農村部の住民たちの生活を特徴づける極度の貧困をもたらしてきたのである。
テイン・セイン政権の下では、ミャンマーの農業部門改革に関する多くの対話が行われてきた。「国民ワークショップ」は、ミャンマーの経済改革譚の目玉であるが、この第一回は農業をテーマとするものであった。このワークショップでは多くの提案が出されたが、それらは主に農村部のインフラの改善、手頃な投入財の利用を可能にする事、信用枠の拡大(主として小規模金融)などを通じた生産性の向上に関する提案であった。その後に開催された他の農業関連の会合の多くが、多角的機関や開発庁、(特に)海外の潜在的投資家たちに支援されたものであったが、そこでもやはり似たようなテーマが取り上げられてきた。
停滞する改革
それにもかかわらず、またこのレトリックが人目を引くにもかかわらず、実際にミャンマーの農業部門で実施された改革の実績は、未だに微々たるものである。ミャンマーの農業を包括的に変革する事が急務であるが、まずは農業部門を悩ませ続ける市場の歪みを取り除く事から始めなくてはならない。このコンテキストに顕著な事は、数多の生産管理や輸出規制、調達規則などであり、これらは中央政府から公式的に自粛させられてはいるが、先の軍事政権の名残として相変わらず存在している。近年の豆類の輸出国としてのミャンマーの成功は(ミャンマーは現在、世界最大の豆類輸出国の一つである)、この国の農民や貿易業者たちがマーケットシグナルに積極的に反応する事ができる事を示している。豆類の貿易は10年前に自由化されたが、これとは対照的に、その他のほとんどの商品には常に国家干渉の影響が存在する。
貿易に関する規制や制限を撤廃する事は必要であるが、それだけではミャンマーの悪化した農業部門の再生には不十分であろう。 1 ミャンマーの旧軍事政権の下、農村地域は常になおざりにされてきた。その結果、地方のインフラは危機的な状況に置かれ、多くの村落には国営市場(地域の市場にさえ)につながる利用可能な道が存在しない。肥料も多くの場所では入手不可能で、灌漑システムは沈泥に塞がれ、種や農薬、ポンプやその他の器具もほとんど無く、大方の燃料類は大抵が予算的に手の届かぬものとなっている。市場開放はこのような弊害のいくつかを解決するであろう。しかし、短中期的にミャンマーの農業部門に必要なものは、十分な公共支出や投資であり、これらは特に道路や橋、灌漑、発電や流通、また環境・資源の管理システムなどに対するものである。
求められる一層の改革とイニシアティブ
以下に簡潔にまとめたのは、ミャンマーの農業変革に必要ないくつかの対策である。これらは、ミャンマー経済をより広く変革するのに必要な対策と一致し、かつ「国際的ベストプラクティス」と考えられるものとも同義である。現在、この国では多くの機関(世界銀行やアメリカ合衆国国際開発庁(USAID)、様々な国連機関も含む)がこれを推進している。 2
・ミャンマーの輸出許可制の廃止。 目下、これがミャンマーの農民の生産市場を人為的に規制し、その販売オプションを制限して出荷価格を押し下げている。世界市場に向けた生産には、より高品質な米の生産に対するインセンティブの強化という効果もある。このような米の価格は、現在ミャンマーがアフリカやその他の限られた範囲の海外市場へ輸出している砕け米の類に比べると、相当高価なものである。
・いまだに存在する国内の米の取引・販売に対する地理的制約を解除すること。これらの制約は、ミャンマーの農民が生産物を不足地域(価格が高い地域)へ出荷販売する事や、取引の利益を広く享受する事を否定するものである。つまり、これらがミャンマーをいくつもの小さな市場へと分割し、価格を上下させて食糧安保を不安定にしているのだ。ミャンマーの農作物に対するこれらの制約を国内取引において解除する事は、有意義な改革の「手の届く成果」の一つとしては十分なものとなろう。
・ミャンマーの農民に完全な「生産権」を付与する事。何十年もの間、ミャンマーの農民は各地域の条件もかえりみず、特定の作物(主には米)を生産するように仕向けられてきた。これが影響して生産量は減少し、農民の収入が低下する事となった。自分達で自由に「何を、どのように、いつ」生産するかを決める事ができれば、ミャンマーの農民は収穫率の高い作物を生産し、地元の条件に合う作業(例えば、園芸、小規模畜産、漁業などに多様化する)に移行する事が可能となるだろう。ベトナム(ミャンマーに関連する一規範として挙げたに過ぎない)では、このような「生産権」の付与が、ベトナムが世界的に重要な食物生産国として立ち現れる背後にあった唯一最も重要な政策であった。
・市場知識の普及。世界の農業に最大の変化を与えた革新の一つは、携帯電話の利用拡大によって生じ、また、これによって市場情報へのアクセスも可能となった。この変化を容易に見る事のできるアフリカでは、農民やその他の人々が、異なる商業地域の市場価格を比較し、それに合わせて商品を供給できる力に、この変化が単純ながらも強く現れた。ミャンマーの通信分野の改革は現在進行中であるが、その成果はいまだに不明なままである。
・有利な為替レートと輸入政策の実施。「マクロ経済の」要因の一つで、ミャンマーの農民の収入に重大な影響を及ぼし得るものが為替レートである。 3 昨年の喜ばしい動きの中で、ミャンマー政府はミャンマーのチャットを「管理フロート」制に変更したが、堅調な資本移動や資源収益のため、このレートは大きく値上がりした(1米ドルに対して850チャットにまで上がった)。その結果、ミャンマーの農民のあらゆる外貨収入が二通りの方法で減らされる事となった。第一にこの事で、ミャンマーの第一次輸出の価格がさらに値上がりし、他の供給者たち(特にその他の東南アジアで積極的に為替レートを低く保つ国の供給者たち)に対する競争力が弱まってしまった。第二に商品が米ドルで値段を付けられ、支払われるために、輸出収入をひとたび持ち帰れば、農民のチャット収益は減る事になる。無論、一定の為替レートを注意深く管理して定める必要はあるが、少なくとも、幅広い政策を策定する事によって、ミャンマーの競争力を強化するような為替レートを支える事もできるだろう。
また、必要な改革を実施して、ミャンマーの輸入許可制の自由化を図らねばならない。そのような動きは「必然的に」チャットの価値を下げ、同時に、ミャンマーの生産者や消費者たちが、より安価で完成度の高い商品(資本財及び消費財)や生産的資材を利用する機会をさらにもたらす事であろう。
・農業保険の奨励。他の多くの国々では、法外な価格や生産高の減少に(また自然災害に)備え、農業保険制度によって農民の収入が保護されている。 これに関して特に有用なものは、いわゆるインデックス・ベースの保険契約である。これらの制度では、ある特定地域の収穫高が、長期的平均によって定められた値(あるいは、その他の適切な基準)を下回る場合、農民たちに損害賠償が支払われる。このようなタイプの保険制度の実用性としては、シンプルさ(例えば、農場ごとの査定を必要としないこと)や透明性(データは公開され、直接届けられる)がある。このような制度は、アメリカやインド、カナダ、モンゴル、その他の一定の国々で実施されており、世界銀行が特に好む制度でもある。自ずと政策選択は、このような保険に課された保険料に政府がどの程度の助成金を出すかという点になる。このような保険を適用する多くの国は、実に十分な助成金を提供しているのだ(これらの助成金には、世界貿易機構(WTO)加盟国の定めた公約に違反しないという美点がある)。
・当然のこと、ミャンマーの農民たちが直面する最大の出費の一つは、手頃な正規の農村金融が存在しない事に由来する。最大手の複合企業に属する者以外、ほぼ全てのミャンマーの農民たちが十分な量の正規信用を利用できないという事は、小規模貸金業者のみが、大半の人々の唯一の拠り所であるという事を意味している。このような貸金業者が課す金利は高く、ひと月10%が標準である。良心的な金利の信用が不足した結果、ミャンマーの農民の多くは、単にこれを利用せずに済ませ、もはや生産性を高める肥料などの資材も使用しなくなっている。同様に、彼らは作付けや収穫の方法にも出費を最小限に抑えるようなものを採用しているが、これが生産高までをも減少させている。また、未払負債を抱えた農民たちは、次第に債務/不履行の悪循環に陥り、これがしばしば、彼らの土地利用権の喪失や貧困化という結果をもたらしている。
・したがって、ミャンマーに有効な農村金融制度を作り直す事は、第一の優先事項とされるべきであり、手始めには資本の流れを生むための緊急改革がいくつか行われるべきである。その中には、ミャンマーの個人銀行の農民への貸付制限の解除、銀行で適用される金利の上限および下限の解除、銀行が受け取る許容可能担保を拡大し、これに全ての農作物が含まれるようにすること、世界の一流銀行で、商品供給網の太いコネクションを有するものに参入を許可すること、引き続きミャンマーの小規模金融の(慎重な)成長を推進すること、現行のミャンマー農業開発銀行(MADB)の改革、および資本構成の変更などがある。
土地改革
ミャンマーの農業部門の改善にとって、最も頑強な障壁の一つは、全ての農地が正式には国家によって所有されているという事実である。2011年の下旬には、二つの新法案がミャンマーの国会で発表された。表向きには農民たちに住居保有権の保証や取引可能な土地の権利を与えるために考案された農地法案と空閑地、休閑地、および未開墾地に関する法案は、実際のところ、わずかながらも、より多くの土地「接収」の機会を縁故者や巨大アグリビジネスにもたらす事となった。また、農民自身が「何をいつ、どのように」栽培するかを決める権利を否定する規定も依然として含まれたままで、その最も重要な条項は単に(農業・灌漑相の率いる)新たな執行機関に「土地収用」の決定を下すための諸権利を保証しているだけのようである。この「土地収用」は、これまでにも小規模農家から土地を接収するために用いられてきた。
ミャンマーの農民たちに自分の土地に対する有益な権限を与えること、さらにはその住居保有権を保証することが政府の最優先事項とされるべきだ。短期的には、上記の法律を再検討する事が必要となるが、一方で、大規模な農地接収に関しては、短期的猶予のようなものを設ける必要があるだろう。これらの早急な対策に加え、ミャンマーは他国における経験を分析するべきである。変革のシナリオの中での土地所有権の問題全体は、過去20年に渡って多くの国が取り組まなくてはならなかったものであり、その過程で多くの革新的な方法論も現れてきた(保護され、ほぼ普遍的な「マイクロ・プロット」から、慣習的保有権の習わしの様々な認識方法まで)。
結論
ミャンマーの農業部門は国民の大半を抱え、常にこの国のGDPに最大の貢献を果たしてきた部門でもある。長期的に、また、世界の食品価格の将来的な上昇や、近隣諸国のとどまるところを知らぬ需要、非常に豊富な給水といったコンテキストにおいて、ミャンマーの農業はこの国の経済復興を成功へと導く最大の鍵でもある。ミャンマーの現政権の任務は、この可能性を明示する事、そして、その際にアジアにおける平和と繁栄の源泉という、ミャンマーにふさわしい立場を回復する事である。
Department of Economics, Macquarie University
Notes:
- For more details on the current state of Myanmar’s agricultural sector, see Steven Haggblade et al, A Strategic Agricultural Sector and Food Security Diagnostic for Myanmar, Report for USAID, 2013 <http://fsg.afre.msu.edu/Burma/> (accessed May 12, 2013). ↩
- See Haggblade et al (2013) op.cit; and, World Bank (2013), Myanmar – Interim Strategy Note for the Period FY 13-14, 30 October 2012 <http://www-wds.worldbank.org/external/default/WDSContentServer/WDSP/IB/2012/10/12/000386194_20121012024925/Rendered/PDF/724580ISN0IDA00Official0Use0Only090.pdf> (accessed May 20, 2013). ↩
- For more on the damage being wrought by Myanmar’s rising exchange rate, see David Dapice, Myanmar: Negotiating National Building, Ash Center, Harvard Kennedy School, 31 May 2012 <http://www.ash.harvard.edu/extension/ash/docs/nationbuilding.pdf> (accessed May 19, 2013). ↩