インドネシアを含めた世界のどの国でも、テロが国家の治安と社会の調和にとって危険である事に間違いはないだろう。確かに、テロは重大な問題だが、これは国家の危機と社会的不調和の唯一の原因ではない。これに関しては、インドネシアも例外ではない。また、暴力には、テロ以外にも、言語的・非言語的・身体的・象徴的・政治的・文化的などの様々な形がある。この国では、これらの様々な形の暴力が、スハルト大統領の政権期前、最中、そして何より、1998年の同政権失墜後に急増した。スハルト(1921-2008)は、1965年から66年の反共産主義運動と、血生臭いクーデターを指揮して以来、30年以上にわたり、この国を統治・支配したインドネシアの独裁的支配者だ。
そして、テロ以外にも数多く存在する暴力や過激主義の事件もまた、インドネシア近代社会史における暴力と過激主義の一つの形だ。インドネシアの多様な社会における集団間の関係や、社会的調和、平和的共存を脅かす暴力と過激主義の一種には、宗教間、または、宗教内部での不寛容、脅迫、迫害、いじめなどがある。残念ながら、インドネシア政府はテロを真剣に受け止める一方で、宗教的暴力や不寛容の様々な行為や形を顧みない、あるいは、大して注意を払っていない様子だ。これは政府の経済的・構造的・制度的支援の欠如に表れている。これまで、インドネシア政府は、テロリストの行為・プロパガンダ・イデオロギー対策と対処、そして、テロリストの脱過激化や社会復帰のために様々な取り組みやプログラム、活動を実施してきた。それなのに、政府は不寛容への対処には同様の対策を講じていない。当然、テロには適切な処置が間違いなく必要だが、同じことは宗教的不寛容についても言えるだろう。
テロ、そして、テロ対策の全面支援
2002年10月12日、インドネシアはバリ島での爆破事件を経験したが、これはジャワ島とマレーシア出身のイスラム教徒数名によるテロで、島礁国、インドネシアの近代史上、最も壮絶なテロ攻撃だった。インドネシアの観光の島で、神々の島(Pulau Dewata)と呼ばれるバリ島の、クタ地域にある最も賑やかなナイトスポットを2つの強力な爆弾が吹き飛ばした。報道によると、このバリ島爆破事件では、202名が殺害され、300名以上が怪我をしたという。被害者の多くはオーストラリア人で、これにインドネシア人、イギリス人、その他の国籍の人々が続いた。これにより、悲劇はインドネシアの社会史上だけでなく、東南アジアでも最大のテロ攻撃となった。
ただし、暴力はバリ島にとって目新しくはなく、この島の歴史は様々な悲劇的事件で彩られているが(Robinson, 1995)、Pulau Dewataでのテロリストによる爆破事件は初の事だった。このバリ島爆破事件以来、自爆テロを含む数多くの散発的なテロ行為が様々な場所で発生した。それらの場所には、ジャカルタや、ソロ(スラカルタ)、チルボン、スラバヤ、シドアルジョ、ポンティアナック、サマリンダなどがある。インドネシア人テロリストの中には、アルカイダや、イラク・シリアのイスラム国、ジェマ・イスラミアなどの国際的・地域的テロ集団とつながりのある者もいれば、地元を拠点とした(Negara Islam Indonesia /ネガラ・イスラム・インドネシアなどとつながりのある)者も、単独犯もいる(Chernov-Hwang, 2018; Schulze, 2018)。
ここで、バリ島爆破事件が、イスラム教主義者や、その他の過激派集団によるインドネシア社会史上初のテロ攻撃ではなかった事を述べておかねばならない。1945年のインドネシア独立以降、多様な背景や、関心、動機、目的を持った様々な過激派の集団と個人が、銃撃や爆破を伴うテロ攻撃を行ってきた。また、時には、いかなる過激派集団とも関連の無い「単独のテロリスト」(「一匹おおかみ」)がテロ行為を実行する事もあった。このような単独のテロリストがテロを行う理由は、イスラム国家の設立や、不当な統治者の打倒に限らず、ビジネス競争や、復讐など、様々な理由があった。(Solahudin, 2013)。
死者を出したバリ島爆破事件を受け、政府は、2003年に対テロ部隊、Detasemen Khusus 88(デンスス88 /Densus 88、特殊部隊88 とも呼ばれる)を結成した。その後、2010年に、政府はテロ対策機関である国家テロ対策庁(BNPT: Badan Nasional Penanggulangan Terorismem)を設立した。これに加え、政府はテロ行為の禁止と対策に関するいくつかの法令も発令した。
デンスス88は、インドネシア国家警察(Polri)のテロ対策班の精鋭部隊で、テロ関連の犯罪・活動の調査・追跡・取り組みを主眼としている(Wibawana, 2022)。2002年のバリ島テロ攻撃以来、デンスス88の中心課題は、暴力的過激主義、(つまり、テロ)の防止と削減、対策だ。また、BNPTは省庁と類似した地位を持つ独立した政府機関(non-ministerial government institution)で、その長官は大統領の直接管理下に置かれている。
デンスス88の主な戦略が「強硬手段」(テロリストの潜伏場所の攻撃など)である一方、BNPTの主な戦略は「穏便な手段」を用い、脱過激化や過激主義対策に関する研修など、様々なプログラムで国内のテロ防止・削減・根絶を目指す。設立当初より、BNPTと関連機関は、大学や政府機関、企業、社会組織、青少年クラブなどで、テロの危険性やテロ対策の取り組みに関するワークショップや公開講座、セミナーなどを積極的に開催してきた。さらに、BNPTは、元テロリストの起業にいくらか資金を提供し、彼らの就職や社会復帰の支援も行っている。
デンスス88とBNPTの設立に加え、政府は、テロ、及び、テロ対策に関する次のような法令もいくつか発令した。(1)テロ犯罪対策に関する法律代行政令2022年第2号(Perppu No. 2/2002 on Combating Criminal Acts of Terrorism)(2)テロ対策に関する2023年法律第15号(UU No. 15/2023 on Combating Terrorism)(3) 国家の安全を脅かしかねない全ての不審な通信の傍受と監視にあたる国家情報機関とその役割に関する2011年法律第17号(Undang-Undang No. 17/2011 concerning state intelligence and its role in intercepting and conducting surveillance on any kind of suspicious communication it deems potentially endangering and threatening national security)(4)テロ資金供与犯罪の防止と撲滅に関する2013年法律第9号(UU No. 9/2013 on Prevention and Eradication of Terrorism Financing Criminal Acts)(5)2003年法律を改正した、テロ犯罪の撲滅に関する2018年法律第5号(UU No. 5/2018 on Eradication of Criminal Acts of Terrorism)(Al Qurtuby 2022, 248)。つまり、中央政府は、テロを国家と社会の安全に対する脅威と確信し、硬軟織り交ぜたテロ対策の戦略・方法によって、テロとの闘いに真摯に取り組んできた。
宗教的不寛容と、不寛容対策イニシアティブの欠如
先に述べた公共の場での破壊的なテロ攻撃以外に、インドネシアで目に付くのが、国の民族的・宗教的多元性や都市の平和、国家の安全を脅かす宗教的過激主義、反多元主義運動、不寛容行為などの存在だ。また、スハルトの失墜も、多民族・多言語・多文化・多宗教のインドネシアに様々な形の身体的・直接的暴力をもたらした。これには、テロだけでなく、(政治・民族・宗教団体など)様々な当事者による分離主義に基づく暴力や、宗教的不寛容行為、異なる共同体間の暴動、大虐殺、暴力的ジハード主義、自警主義、暴力的宗派主義などがある。
デニーJA財団(The Denny JA Foundation)の報告によると、スハルト新秩序の崩壊後、インドネシアには身体的暴力や不寛容の事件が約2,398件あり、その65%が宗教的背景・動機によるものだった(Kompas, 2020)。中には、何千人もの死傷者を出し、暴力性が非常に高いと分類された事件もある。例えば、中部スラウェシのマルク州や、北マルク州などでのキリスト教徒とイスラム教徒の共同体間の紛争や、カリマンタン島での民族間(例えば、ダヤク族とマドゥラ族の間)の乱闘などだ。その他にも、死傷者数が少ないか、軽度の物的損害のみを伴う、暴力性が低~中程度と分類された事件もある。なお、ヒューマン・ライツ・ウォッチの活動家、アンドリアス・ハルソノ(Andreas Harsono)の推定では、少なくとも9万人が殺害され、その大半が(テロではなく)スハルト政権崩壊後の十年間の暴力的な民族間紛争で死亡したという(Harsono, 2019)。
その場限りで、一時的なものが多いテロ行為に比べ、不寛容行為はより広範囲で定期的に生じている。そして、宗教的不寛容事件の方が、テロよりもはるかに多い。確かに、データは変化するが、公徳研究所(the Public Virtue Research Institute)によると、2000年から2020年にかけ、テロリストによる爆破事件は9件あった[1] (CNN Indonesia, 2021)。当然、他の形をしたテロもあるが、種類はどうあれ、このデータを見れば、信教の自由(Kebebasan Beragama dan Berkeyakinan、略してKBB)の侵害を含む宗教的不寛容行為がテロ行為をはるかに上回っているのが分かる。
例えば、大学以外の著名な研究機関で、ジャカルタに拠点を置くセタラ・インスティテュート(the Setara Institute)によると、2024年だけで、宗教的不寛容と信教の自由を侵害した事件が477件あった。これには、脅迫や迫害、他の宗教が所有する建物の放火や破壊、いじめ、特定の宗教団体が公の場で行う礼拝儀礼の阻止、礼拝所(主に教会)の設立反対などがある。また、このデータからは、前年2023年に329件だった不寛容の事件の増加が読み取れる(Ashfiya 2025)。
さらに、テロの当事者とは対照的に、いじめや脅迫、迫害などの宗教的不寛容の当事者の層は、より幅が広く、国家アクター(政府関係者、保安機構、国会議員など)と非国家アクター(宗教団体・市民団体・一般大衆など)の様々な機関の出身者がいる。また、セタラ・インスティテュートの指摘では、2024年には、宗教的不寛容と信教の自由の侵害の当事者の約39.5%(159件)が政府出身者(国家アクター)で、60.5%(243件)が非政府・非国家アクターの出身者だった。
さらに、宗教的不寛容によって犠牲になるもの(人間も、建物も)は、テロによって犠牲になるものより、はるかに多様で複雑だ。ひとつには、テロリストが特定の場所(教会や警察署、特定の人の集団に属するホテル、特定の国の大使館、西洋を象徴する建物など)や、人(西洋人、警察職員、キリスト教徒など)を狙う場合が多いからだ。これに対し、宗教的不寛容の加害者は(礼拝所、住宅、学校、事務所、建物など)あらゆる場所や、あらゆる信仰を持つ人々(ムスリムも、そうでない人も)も標的とすることができ、異端者とされ、攻撃・破壊が認められるとみなされる可能性がある。
このように、宗教的暴力と不寛容は国中にまん延し、今日のインドネシアの至る所で生じる現象であり、無数の犠牲者と特定の宗教団体に属する多くの貴重な建物の破壊を引き起こしている。それにも関わらず、これに対処する政府機関も部署も存在しない。テロ事件であれば、政府は立法機関や治安部隊と共に、多くのテロ対策部隊や班を設置し、莫大な資金を注いで迅速に対応する。だが、それとは違って、この島礁国の各地での多くの宗教的不寛容や過激主義の事件に対する政府の対応は、今なお、不透明で曖昧だ。
これまで、政府は、宗教的不寛容と社会的調和を乱す犯人たちとの闘いに十分な資金を割り当てて来なかった。それに、政府は不寛容対策の部署も設置していない。いわゆる、FKUB: Forum Kerukunan Umat Beragama、全国宗教間調和協議会(2006年設立)は、地方自治体と地方の宗教指導者たちが内務省と宗教省に共通した規則(Peraturan Bersama Menteri第8号と第9号)に基づいて創設したものだ。だが、FKUBのプログラムのための予算はわずかなものだ。それに、2022年に宗教省のヤクート・チョリル・クーマス(Yaqut Cholil Qoumas)元大臣が試みたものの、テロ事件とは違い、インドネシアの大統領は、FKUBの規模「拡大」に向けた特別法を公布していない。(Andrios 2022)。
おわりに:テロと宗教的不寛容の間で
ここまでに述べた説明と分析を根拠に言うと、宗教的不寛容対策は、テロ対策よりも、あるいは、テロ対策と同等に急を要する。確かに、近年、テロはそれほど起きていないが、それは国家機構による大掛かりな追跡と、テロリストの社会復帰・脱過激化・統合に向けた政府の徹底的な研修やプログラムの結果だ。
残念ながら、信教の自由の侵害など、宗教的不寛容の事件が膨大にあるにもかかわらず、政府は、この問題の解決にはあまり乗り気でないようだ。あるいは、国家の治安や安全、調和に対する、これらの喫緊の厄介な問題対処に向け、政府は部分的で散発的、非組織的な行動しか取っていない。実際、宗教省には、Pusat Kerukunan Umat Beragama(宗教間調和センター、現在の代表は、オーストラリアで教育を受けた学者のM. アディブ・アブドゥショマド(M. Adib Abdushomad))がある。だが、これは宗教省内の小部署に過ぎず、予算もわずかで、権限が不足し、役割にも限りがある。それにもかかわらず、アブドゥショマドは、調和賞(the Harmony Award)や、ポッドキャスト、地方への働きかけなど、宗教間の関係性や平和、寛容に関する独創的なプログラムを創設した。また、同センターは、Si-Rukun(「調和」)というアプリを立ち上げたが、これは宗教に基づく社会的緊張と暴力を回避するための早期警報システムだ。[2]
つまり、今こそ、中央政府がテロと並行して、宗教的不寛容の解決に一層の注意を払うべき時が来ている。そのために、政府は十分な構造的・制度的・法的・経済的支援を提供し、宗教・非宗教(民族など)に基づく不寛容行為に対処して、今後のインドネシアの平和と治安、安全と調和の増進・改善を目指すべきだ。
Sumanto Al Qurtuby
Senior Lecturer in the Graduate Program of the Sociology of Religion, Faculty of Theology, Satya Wacana Christian University.
References –
Al Qurtuby, Sumanto. 2022. Terrorism and Counter-terrorism in Saudi Arabia and Indonesia. London: Palgrave.
Andrios, Benny. 2022. “Menag: Kemenag Usulkan Perpres Pembentukan FKUB Pusat.” https://kemenag.go.id/nasional/menag-kemenag-usulkan-perpres-pembentukan-fkub-pusat-jtlwmw.
Ashfiya, Dilla Agustin Nurul. 2025. “Kasus Intoleransi di Indonesia: Jumlah, Penyebab, Pelaku, dan Contohnya.” GoodStats, 10 July. https://goodstats.id/article/intoleransi-agama-di-indonesia-HdiJw.
Chernov-Hwang, Julie. 2018. Why Terrorists Quit: The Disengagement of Indonesian Jihadists. Ithaca: Cornell University Press.
CNN Indonesia. 2021. “Daftar Kasus Ledakan Bom di Indonesia Dua Dekade Terahir,” 28 March. https://www.cnnindonesia.com/nasional/20210328150157-20-623072/daftar-kasus-ledakan-bom-di-indonesia-2-dekade-terakhir.
Harsono, Andreas. 2019. Race, Islam, and Power: Ethnic and Religious Violence in Post-Suharto Indonesia. Australia: Monash University Publishing.
Kompas. 2020. “Kasus Kekerasan yang Dipicu Masalah Keberagaman di Indonesia.” https://www.kompas.com/skola/read/2020/02/06/190000569/kasus-kekerasan-yang-dipicu-masalah-keberagaman-di-indonesia.
Robinson, Geoffrey. 1995. The Dark Side of Paradise: Political Violence in Bali. Ithaca, NY: Cornell University Press.
Schulze, Kirsten E. 2018. “The Surabaya Bombings and the Evolution of the Jihadi Threat in Indonesia.” CTC Sentinel, July, pp,1-6.
Solahudin. 2013. The Roots of Terrorism in Indonesia: from Darul Islam to Jema’ah Islamiyah. Ithaca, NY: Cornell University Press.
Wibawana, Widhia Arum. 2022. “Apa Itu Densus 88? Pengertian, Sejarah, Tugas, dan Fungsi.” Detik News, 29 October. https://news.detik.com/berita/d-6375591/apa-itu-densus-88-pengertian-sejarah-tugas-dan-fungsi.
Notes –
[1] これらのテロリストによる爆破事件には、次の例がある。バリ島爆破事件1(2002年)、JWマリオット爆破事件(2003年)、バリ島爆破事件2(2005年)、リッツカールトン爆破事件(2009年)、チルボンのマスジッド・アズ・ズィクラ(Masjid Az-Dzikra)爆破事件(2011年)、サリナ(Sarinah)爆破事件(2016年)、スラカルタ市警本部での爆破事件(2016年)、カンプン・メラユ(Kampung Melayu)爆破事件(2017年)、スラバヤ爆破事件(2018年)、シドアルジョ(Sidoarjo)爆破事件(2018年)(Schulze 2018)。
[2] 宗教省宗教間調和センター、M.アディブ・アブドゥショマド代表との2025年9月28日のオンラインでの会話。

