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カンボジアのナショナル・インターネット・ゲートウェーとデジタル権威主義の行方

カンボジア憲法では表現の自由が保障されているが、ナショナル・インターネット・ゲートウェー(NIG: National Internet Gateway)の出現により、この国のデジタル領域は完全に権威主義に乗っ取られようとしている。国営のインターネット・ゲートウェーは、国内での自己検閲を一斉に引き起こし、カンボジアの一党制国家確立を支えるものとなるだろう。当初、NIGの運用は2022年初頭に予定され、延期されていたが、この開始が、わずかに残る表現の自由や、政治活動のための市民社会空間を危機にさらしている。 1

カンボジアのインターネット利用者数は、2009年には人口の0.53%だったが、2021年には人口の52.6%(886万人)にまで増加した。 2 2021年時点で、国内でインターネット・サービスを地上ベースとモバイルの両方で提供する通信大手には次の5社がある。それらはViettelSmart Axiata、CamGSM、Xinwei TelecomとSoutheast Asia Telecomだが、いずれも権威主義的傾向のある国(中国、シンガポール、ベトナム)で誕生した企業だ。 3 また、これらの企業は皆、カンボジア政府や政府高官と密接な関係にある。 4これにより、ISP各社と政府高官の協力による、インターネット利用状況の監視や、オンラインコンテンツのブロック、インターネットの「調整(スロットル)」が容易となった。

図1:カンボジアのインターネット事情

デジタル権威主義の法的ツールキット

これまで、インターネット上の反対意見の対処に様々な法律が利用されてきた。目前に迫るNIG導入の目的は、全てのインターネット・トラフィックを政府が管理する単一ゲートウェーの下でまとめる事だ。また、この導入には、カンボジア憲法や刑法、テレコミュニケーション法、共同省令第170号(Inter-Ministerial Prakas No.170)、サイバー犯罪法法案など、様々な現行法が付随する。

アジアセンターの最近の報告書が詳述するように 5、これらの法律条項の多くが国際人権基準や、カンボジアの批准した諸条約に違反している。ここで、これらの法律の極めて重要な特徴を挙げておこう。それらは、「国益」擁護を求める憲法第49条の改正、「人、又は機関の名誉、もしくは評判」を守る刑法の名誉棄損条項、「フェイクニュース」を伝達する罪(第425条)、犯罪実行に向けた一人、あるいは数人での「共謀」罪、または「陰謀」罪、そして、重大犯罪や社会の安全を阻害する行為の扇動(第495条)だ。 6 一方、通信はテレコミュニケーション法(2015) 7の下で監視されており、この法律には次のような定めがある。すなわち、当事者の監視(第70条および第71条)、データ保護の緩和(第97条および第6条)、ラジオ・テレビ・オンライン、および、プライベートメッセージ上での言論の自由の有罪化(第80条)だ。さらに、「カンボジア王国におけるインターネット上のウェブサイトとソーシャルメディアによる発信の統制(Publication Controls of Website and Social Media Processing via Internet in the Kingdom of Cambodia)」に関する共同省令(第170号)(2018)は、情報省と内務省、郵便・電気通信省(MPCT)の連携を緊密にした。この法律により、これらの各省の連携による全ソーシャルメディアの利用状況の監視が可能となった。2020年2月には、この共同省令の法的承認を受けたソーシャルメディア対策委員会(social media task force)が、ソーシャルメディア・サイトを含む国内の全メディアの監視を委託された。 8

この一連の法律を補完するサイバー犯罪法法案は、2012年に最初に提起されてから、2022年の今も審議が続いている。同法案は、サイバー犯罪の防止を目的とし、全てのトラフィック・データを最長180日間保存するよう規定している。これにより、カンボジア王室政府(RGC)による人権団体へのデータ請求が容易となるが、このようなデータの悪用により、諸団体の活動が制限される可能性もある。また、この新法案の下では内部告発者も脅威にさらされている。事実、新型コロナ規制法(The Covid-19 Control Law)(2021年3月)は、一時措置にもかかわらず、批評家の口封じに用いられてきた。この標的となったのは、新型コロナの状況や、政府のパンデミック対応のいわゆる不手際に関する「フェイクニュース」を拡散したとされる批評家だ。

さて、カンボジア権威主義の法的ツールキットの最後の一つが、必要な時にインターネットの全国的な「遮断スイッチ」となるNIGだ。 9 ここで、インターネット上の表現の自由やプライバシー権に大打撃を与える存在、NIGの運営者は、原則として、RCGに代わってデジタル監視に従事する。このNIGの運営者には、関係当局と協力し、国家の歳入や安全、社会秩序、威厳、文化、伝統、習慣に悪影響を与える全てのネットワーク接続の遮断、または切断を実行する(第6条)義務がある。また、彼らにはデータを保存し、当局に定期的な状況報告書を提出し(第14条)、「社会の安全や公共秩序、威厳、文化、伝統や習慣(を守る)」(第12条)義務もある。

NIGが発表される数か月前、一部の地域ではインターネット接続を妨害するため、電気が止められインターネット速度が制限された。さらに、選挙前には民主派寄りの独立系ニュースサイトも、当局によって閉鎖された。また、新型コロナウィルスのパンデミックによって、各種活動や取り組みがオンラインに移行した。すると、アジアセンターには、身元不明の「参加者」によりオンライン会議が妨害された事があると、市民団体(CSOs)から相談が寄せられた。 10

そして、2022年2月、NIGの実施は延期された。実は、カンボジア政府は財政面と技術面で中国と密接な協力関係にある。 11 ニューヨークタイムズの指摘通り、カンボジアが中国の権威主義的インターネット監視モデルを導入した国々に、その名を連ねようとしているのは明白だ。 12 ちなみに、タイやベトナム、そしてシンガポールなどの国はいずれも、このモデルを手本としている。 13 このため、カンボジア人は、インターネット規制を回避しようとVPNに注目するようになったが、今後はそのようなサービスも禁止されるだろう。

デジタル監視と権利の後退

表現の自由は国家憲法に明記され、「市民的および政治的権利に関する国際規約(ICCPR: the International Covenant on Civil and Political Rights)」に対するカンボジアの批准も、表現の自由を支持している。だが、この国の数々の法的措置が監視の厳しいデジタル環境を生み出し、これが反体制派の間で懸念を呼んでいる。実際、脅しやソーシャルメディア操作に直面した評論家や人権活動家は、鳴りを潜めて自己検閲を行い、政治的関与からも身を引き、確実に生き残ろうとしている。

図2:オンライン監視

また、2009年以降、インターネットの自由も低下している。 14 例えば、政府の検閲で報告されたオンラインの違法行為疑惑により、2021年に逮捕、投獄、あるいは逮捕状を発行されたカンボジア人は約39名いた。 15 これに関し、カンボジア・ジャーナリスト協会(The Cambodian Journalists Alliance Association)は、国内でのジャーナリストの弾圧を丹念に記録している。同協会の2021年7月~9月の四半期ごとのモニタリング・レポートによると 16、8人のジャーナリストが法的手段、暴力的脅迫、勾留、あるいは拘禁のいずれかの嫌がらせを受けたという。理由は、彼らが土地の権利問題や新型コロナなど、様々な話題を報道したためだった。また、この報告書によると、情報省は2021年1月から4月の間に、少なくとも7社の報道ライセンスを取り消したという。対象となった企業には、Angkor TodayLive-DailySan PrumPhengvannakStoengchralpostTecchor Youth NewsK01 TV Onlineなどがある。このうち6社は、新型コロナ関連の報道で虚偽情報を拡散し、混乱を招いたとして起訴された。さらに、2021年8月、情報省は報道倫理監視委員会(a Monitoring Committee for Journalism Ethics)を設立し、国内の報道関係者の行動を監視、規制すると発表した。 17

このような反対意見の封じ込めに力を貸すのが民間の監視業者だ。例えば、FinSpyは、カンボジア政府にサービスを販売していた事が発覚した後、2022年3月に操業停止となった。 18 また、ロイター通信の報道から、NSOのプログラム、Pegasusが国内で利用されていた事も明らかとなった。 19 ここで、ソーシャルメディア・サイトの役割も指摘しておく必要がある。なぜなら、定期的な荒らし行為(トロール)や、自動プログラム(ボット)を利用した親政府ナラティブの拡散や、政府批判者や反体制派の信用を損ねる偽情報の拡散が行われているからだ。 20 例えば、フン・セン首相は、フェイスブック(Facebook)を利用して政敵を威嚇し、ヘイトスピーチを拡散している。このように、首相がナラティブをコントロールし、それがデジタル・リテラシーの低い国民に消費される事で、フン・センの統治は容易となる。また、政府がねつ造した「フェイクニュース」は、しばしば、恣意的な逮捕や勾留、拘禁をもたらす。

Figure 3: Social Media Manipulation

結論

このように、カンボジアでデジタル権威主義が高まった結果、次のような事態が発生した。それらは、インターネットの自由の低下、自己検閲の拡大、インターネットへのアクセス拒否、選挙に関するナラティブの統制、反対意見の抑圧、オンライン監視、そしてソーシャルメディア・コンテンツの操作だ。また、フン・セン首相のソーシャルメディアに対する締め付けは、首相が政府寄りのコンテンツを拡散し、政敵の抑え込みや威嚇を行う事も可能にする。 21 だが、サイバー犯罪法法案成立後の近い将来、郵便・電信省がデータ保護法を作成するつもりだという発表が2021年2月にあった事で、一つの希望が生じた。 22

とはいえ、当面はデジタル権威主義が国内でさらに拡大すると考えられる。また、手法が違うにせよ、フン・マネット(Hun Manet)が父親の支配体制をすっかり変えるとも思われない。今後、彼はラオスやミャンマー、ベトナム 23 、シンガポール、中国 24 の支援の下でカンボジアを統治していくだろう。これらは皆、デジタル権威主義の長期化に必要なインフラによってカンボジアを支える国々だ。 25 また、ロシアもこの分野の積極的なプレーヤーで、カンボジアの通信市場には昔から関心を寄せている。 26 最近、ロシアはカンボジア政府と投資協定を結んだが、これにはロシアのELTEXも加わっていた。 27

Robin Ramcharan
Executive Director, Asia Centre

Banner: Siem Reap, Cambodia. A most unlikely looking shop to be offering free WiFi. Gartland, Shutterstock

Notes:

  1. Sebastian Strangio, ‘Cambodia puts controversial National Internet Gateway plan on hold’, The Diplomat, 16 February 2022, https://thediplomat.com/2022/02/cambodia-puts-controversial-national-internet-gateway-plan-on-hold
  2. Simon Kemp, ‘Digital 2021: Cambodia’, DataReportal, 2021, https://datareportal.com/reports/digital-2021-cambodia.
  3. Leveraging Investments in Broadband for National Development: The Case of Cambodia (UN-OHRLLS, 2018), http://unohrlls.org/custom-content/uploads/2019/02/Cambodia-BroadbandCase-Study-UNOHRLLS-2018.pdf. Viettelはベトナム国防省の運営するベトナム企業で、カンボジア国内ではMetfoneの名で操業している。以前はMobitelの名で知られていたCamGSMは、2005年の社名変更後、Cellcardとなった。ViettelとSmart Axiata、そして現地企業のCamGSMは、携帯電話契約の市場シェアのおよそ90%を占める。このうち、Smart Axiataのシェアは60%ほどで、ViettelとCamGSMの各社は26%と11%のシェアを持つ。また、CooTelの名で操業する中国系企業、Xinwei Telecomとシンガポール系企業、Southeast Asia Telecomの各社は、2.67%と0.65%のシェアを占める。
  4. フン・センの娘、フン・マナ(Hun Mana)は、特に通信分野との関わりが深く、Viettel Cambodiaの株式の6%を保有する。また、軍部も同社と関係があり、ティア・バニュ(Tea Bahn)国防相夫人も同社の株式を保有している。ちなみに、フン・マナは、インターネット・プロバイダーで民放ネットワークのBayon Radio and Televisionを運営するDragon Royal Telecomの会長も務める。  See ‘Communications minister defends Saroeun promotion’, Telecompaper, https://www.telecompaper.com/news/communications-minister-defends-saroeun-promotion–933347.
  5. Asia Centre, Internet Freedoms in Cambodia: A Gateway to Control (Bangkok: Asia Centre, 2021).
  6. List of Arrests and Persons in Detention for COVID-19 Related Offenses’, Human Rights Watch, 23 March 2020, https://www.hrw.org/video-photos/interactive/2020/03/23/list-arrests-and-persons-detention-covid-19-related-offenses.
  7. Charles Rollet, ‘Gov’t touts internet record despite telecom law concerns’, Phnom Penh Post, 4 December 2015, https://www.phnompenhpost.com/national/govt-touts-internet-record-despite-telecom-law-concerns.
  8. Asia Centre, Internet Freedoms in Cambodia, 14.
  9. Prak Chan Tul, ‘Cambodia adopts China-style internet gateway amid opposition crackdown’, 17 February 2021, https://www.reuters.com/article/us-cambodia-internet-idUSKBN2AH1CZ.
  10. Asia Centre, Internet Freedoms in Cambodia, 1.
  11. Strangio, ‘Cambodia puts controversial National Internet Gateway plan on hold’; ‘Cambodia internet soon to be like China’, Bangkok Post, 15 January 2022, https://www.bangkokpost.com/tech/2247899/cambodias-internet-may-soon-be-like-chinas-state-controlled.
  12. Charles McDermid, ‘Cambodia’s internet may soon be like China’s: State-Controlled’, New York Times, 22 January 2022, https://www.nytimes.com/2022/01/15/business/cambodia-arrests-internet.html.
  13. ‘Govt mulls internet gateway to fight crime’, Bangkok Post, 20 February 2022, https://www.bangkokpost.com/thailand/general/2266939/govt-mulls-internet-gateway-to-fight-crime
  14. Three cycles of the Universal Periodic Review (2009, 2013, 2018) of the Human Rights Council, the Human Rights Committee of the ICCPR and 8 reports (2009-2019) of the Special Rapporteur on the situation of human rights in Cambodia. See Asia Centre, Internet Freedoms in Cambodia, 3-6.
  15. Cambodia steps up surveillance with new Internet Gateway,” 14 February 2022, Voice of America,
    https://www.voanews.com/a/cambodia-steps-up-surveillance-with-new-internet-gateway-/6440601.html.
  16. CamboJA (2021) Quarterly Monitoring Report Journalism Situation in Cambodia, July – September, Issue No.1, 12, https://www.camboja.net/wp-content/uploads/2021/10/CamboJA-Quarterly-Report-2021_English.pdf.
  17. ‘Cambodia to use “ethics committee” to censor journalists’, 11 August 2021, Reporters Without Borders, https://rsf.org/en/news/cambodia-use-ethics-committee-censor-journalists.
  18. ‘Victory! FinFisher shuts down’, Access Now, 29 March 2022, https://www.accessnow.org/finfisher-shuts-down. Also see Morgan Marquis-Boire et al. ‘You Only Click Twice: FinFisher’s Global Proliferation’, The Citizen Lab, 13 March 2013, https://citizenlab.ca/2013/03/you-only-click-twice-finfishers-global-proliferation-2.
  19. Christopher Bing and Joseph Menn ‘U.S. State Department phones hacked with Israeli company spyware – sources’, Reuters, 4 December 2021,
    https://www.reuters.com/technology/exclusive-us-state-department-phones-hacked-with-israeli-company-spyware-sources-2021-12-03; ‘Massive data leak reveals Israeli NSO Group’s spyware used to target activists, journalists, and political leaders globally’, Amnesty International, 19 July 2021,
    https://www.amnesty.org/en/latest/news/2021/07/the-pegasus-project.
  20. Asia Centre, Internet Freedom in Cambodia, 23.
  21. Samantha Bradshaw, Hannah Bailey & Philip N. Howard, ‘Industrialized Disinformation: 2020 Global Inventory of Organised Social Media Manipulation’, Working Paper, Oxford, UK: Project on Computational Propaganda (2021), https://demtech.oii.ox.ac.uk/wpcontent/uploads/sites/127/2021/01/CyberTroop-Report-2020-v.2.pdf.
  22. DataGuidance, Cambodia: Data Protection Overview, DataGuidance, September 2021, https://www.dataguidance.com/notes/cambodia-data-protection-overview.
  23. ‘Vietnam, Cambodia boost postal, telecoms, ICT cooperation’, Nhan Dan, 15 March 2021 https://en.nhandan.vn/scitech/sci-tech/item/7242102-vietnam-cambodia-boost-postal-telecoms-ict-cooperation.html.
  24. May Kunmakara, ‘China Unicom enters Cambodia’, Phnom Penh Post, 2 December 2019, https://www.phnompenhpost.com/business/china-unicom-enters-cambodia. See also: ‘China, Cambodia to enhance law enforcement cooperation’, Xinhua, 30 September 2021, http://www.lmcchina.org/eng/2021-09/30/content_41690814.html.
  25. Vietnam, Cambodia boost postal, telecoms, ICT cooperation’.
  26. ‘VimpelCom investing $200 mln in Cambodian phones’, Reuters, 21 May 2013, https://www.reuters.com/article/cambodia-russia-telecoms-idUSBKK9283520090521.
  27. Ministry of Economic Development, Russian Federation, ‘Russia and Cambodia approved a list of promising investment projects’, 20 September 2021, https://en.economy.gov.ru/material/news/russia_and_cambodia_approved_a_list_of_promising_investment_projects.html.
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